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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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冬の宴―総司編―


 労咳……


 桜チャンにそう言われた時


 あぁ、僕は死ぬんだ


 としみじみ感じた。


 自分でも薄々感ずいていたが、まさか死病にかかるとは……




 芹沢サンをはじめ、今まで何人の人を斬ってきたかわからない。



 病で死ぬなど……



 武士らしく刃に倒れて死ぬ事すら叶わない自分の運命を呪う反面、斬ってきた大勢の人達の恨みの念なのだろうかと、妙に納得している自分もいた。



 死ぬことが怖いのではない。



 近藤サン達と闘うことができず、みんなの記憶から忘れ去られてしまう事が怖いのだ。



 あの日舞い降りた天女が、僕の運命を変える存在だなんて思ってもいなかった。



 桜チャンの薬は不味いけど、このところ何だか調子が良い。



 年明けまで隊務にも参加できず安静に……って言うのが納得出来ないけどさ。





「あーあ。つまんないなぁ」


「総司サン。それ今日で何回目ですか?」


 僕の呟きに桜チャンが尋ねた。


「だってさぁ……みんなは隊務に出たり、遊びに行ったりするでしょう? でも。僕は一日中、布団の中なんだよ?そりゃあ、愚痴りたくもなるよ」


 桜チャンは少し考えて言った。


「確かにそれは辛いですよね……。でも、今は堪えて病を治すことに専念してほしいです。近藤サンやみんなにとって、総司サンは大切な人ですから」


「桜チャンにとっても僕は大切な人?」


「もちろんです!」


 桜チャンは可愛らしい笑顔で言った。



 君がそんな顔をするから、愛しいと感じる反面、意地悪したくなるんだよ……



「ふぅん。……土方サンよりも?」



 桜チャンは困った様な笑顔で答える。


「どちらが大切かなんて比べられませんよ」


 僕はクスリと笑った。




 そう。




 その顔が好きなんだ。





 その困った様な笑顔を見たいから、つい意地悪してしまう。






 桜チャンが去り、僕はまた独りきりになる。


「少し寝よう……かな」


 布団に潜った。




 どれ位時間が経っただろう。


 目を覚ますと、庭から桜チャンの笑い声が聞こえてきた。



 一緒に居るのは……土方サン?



 自分の欲しいモノを、目の前で奪って行った土方サンに対して、今まで感じた事のない黒い感情が沸き上がる。



 僕は、その感情をどうして良いか分からず、もて余す。



 仕方がないので、気晴らしにもう一度寝ようと布団を被った。



 その時



「総司サン! 入っても良いですか?」



 桜チャンの声がする。



 その声は届いて居たが、僕はわざと返事をしなかった。



「あれ? 寝てるのかなぁ……。」



「寝てるのかもしれねぇな。どうする?」



 桜チャンと土方サン……か。



 早く諦めてどっか行けば良いのに……



「総司! 邪魔するぜっ!」



 意に反して、襖が勢いよく開いた。



「ちょ……ちょっと! 永倉サン!! お休みの所悪いですよ」


「大丈夫だって!」



 永倉サンの声に反射的に飛び起きた。




 僕は咄嗟に襖の方を見る。



 桜チャンや土方サン、永倉サンだけではない。



 何故か、幹部連中が勢揃いしていた。



「皆さんお揃いで……どうしたんですか?」



 僕はわざとらしく首をかしげ、皆に尋ねた。



「総司! いいからこっち来いよ!」



 永倉サンは僕の手を引くと、屯所の中庭に連れていった。





「何……これ?」





 中庭には宴の席が用意されていた。



 ただし



 普段の宴と違っていたのは、そこに並べられている料理は見たことが無い物ばかりで、しかも甘ったるい香りが漂っていた。



「総司、喜べ! 嬢チャンがお前の為に特別な宴を用意してくれたんだ!」


 左之サンは僕の肩に両手を置くと、そう言った。



「特別な……宴?」



 不意に桜チャンを見る。


「総司サン……つまらないって言った時、寂しそうな表情をしてたから。総司サンの好きな甘い物で宴を開いたら、少しは気が紛れるかなぁって」


 桜チャンは照れ臭そうな表情で言った。


「これは全て桜サンの手作りだそうですよ」


 山南サンが付け足した。



「いえ……餡蜜は葵チャンにお願いしましたし、他のお菓子も女中の皆さんに手伝って頂きましたから全て私一人で……という訳ではありません。それに、餡蜜以外は私の時代のお菓子なので、お口に合うかわかりませんが……」


 


「さて。それでは早速頂こうか。総司、お前もそんな所に突っ立ってないで座りなさい」



 近藤サンに促され、僕は席に付いた。



 目の前にあった黄色い食べ物を手に取る。



 甘い良い香りがする。



「ねぇ、これは何?」


「それはプリンです。鶏の卵を使っているので、栄養があって良いんですよ」


「ぷり……ん?」



 見たことも聞いたことも無い食べ物に、僕は困惑する。



 食べようか迷っていると



「はい。どうぞ!」



 と桜チャンがプリンを乗せた匙を僕の口元に差し出した。




 恐る恐る口にする。



「あ……美味しい!」



「良かったぁ。他にも、クッキーやゼリーにケーキ……色々あるので食べてみて下さいね?」


「ありがとう……」



 意外にも、プリンという食べ物が美味しかったので他にも色々と食べてみた。



 どれもこの世の物とは思えない美味しさだ。



「総司……」



 土方サンが、珍しく僕に声を掛けてきた。



「何ですか?土方サン」


「ウマイか?」


「ええ。どれも美味しくて、食べ過ぎちゃいます」


「そうか……そりゃあ良かった」



 土方サンはフッと笑うと、お菓子を頬張る僕をしばらく眺めていた。




 お菓子を思う存分食べ満足した頃、宴はお開きとなった。



 僕は、部屋に戻ろうと庭を歩く。



「総司サン!」



 後ろから桜チャンが追ってきた。

 


「少しは気晴らしになりましたか?」



 桜チャンは心配そうに尋ねた。



「うん。久々に楽しかったよ!ありがとう」


「良かった……。実は今日のお菓子の材料集め、幹部の皆さんが手分けしてやって下さったんですよ。中々手に入りにくい物もあったので、苦労した様ですが……皆さん、総司サンの笑顔が見たいからって言って必死にかき集めて下さいました」


「そうなんだ……」


 


 病から隊務に参加できず……足手まといの僕は、みんなから忘れ去られた存在だと思っていた。




 だから、みんなのその気持ちが素直に嬉しかった。



「土方サンなんてね……どうしても総司サンを喜ばせたいからって、何十件ものお店を駆け回ったんだそうですよ。意外ですよね?」


 

「そう……なんだ。」



 桜チャンの言葉に、土方サンに対して負の感情を抱いていた自分が急に恥ずかしくなった。



 そういえば、あの人は昔っから何かと面倒をみてくれていたっけ……



 子供の頃、近藤サンの道場を飛び出した僕を、その度に見付けてくれ、慰めてくれたのはいつも土方サンだった。



 冷たい様で居て、実は心配性で世話好きで……



 その優しさを、僕はどうして忘れていたのだろう。



 いつも自分を犠牲にして新選組や仲間の為に生きてきたあの人が、桜チャンという大切なモノを見付け、今やっと自分の人生を生きようとしている。



 そう思うと



 不本意ではあるが、二人の仲を認めてあげようという気持ちが芽生える。



「ねぇ……」



「何ですか?」



「土方サンに……お礼、言っておいて」



「……わかりました」







 年明けまで、あと少し……


 



 僕はクスリと笑うと、空を仰いだ。




 



























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