佐幕と倒幕
「高……杉?」
もう二度と会うことが無いだろうと思っていた男が目の前に居る。
偶然……なのだろうが、何処か運命めいた物を感じずには居られなかった。
「何で、おめぇがこんな所に居やがんだ? お前、とうとう壬生狼に追い出されちまったのか?」
高杉は口角を上げる。
桂サンや久坂サンなど目には入っていない様子で、真っ直ぐ私の前まで歩み寄ると腰を落とした。
「クク……俺がおめぇを水揚げしてやるよ」
私の顎をクイっと上げると、高杉は不敵な笑みで囁いた。
「訳のわからない事を言わないで! 新選組から捨てられても居なけりゃ、遊女でもない!」
私は高杉の手を振り払った。
「壬生……狼?」
状況が飲み込めない久坂サンは、私と高杉を見比べる。
「この娘……新選組なのか?」
久坂サンは桂サンに尋ねた。
「そうだ。以前、高杉が無理矢理彼女を藩邸に拐ってきてしまってな……あの時は色々と大変だった」
高杉の尻拭いに奔走した桂サンは、遠い眼で答えた。
「ほう? 今日は、壬生狼の犬っころ共と来たのか……すると、何か? 鬼の副長サンもお楽しみ中で、おめぇは独りで暇してたって事か」
「土方サンは居ませんっ!」
私は、ふいっと視線を反らした。
「そうかい。そいつぁつまらねぇなぁ……。軽く斬り伏せて、今度こそおめぇを連れて帰ぇろうと思ったが……そりゃあ、またの楽しみにとっておくとするか」
そう言うと、高杉は私の頬に手を当てる。
「こっち側に来たくなったら……いつでも来い」
と言い残し、高杉はあっさりと部屋を後にした。
残された久坂サンは桂サンに話掛けた。
「今日はお開きにすべきです。此処で壬生狼に行き逢うのは……今は避けるべきかと」
「そう……だな。すまんが……桜サン。私たちは今日はこの辺で失礼するとしよう」
桂サンと久坂サンが部屋を去ろうとする。
「待って!!」
私は二人を、不意に呼び止めてしまった。
「桂サン……高杉サンは咳き込む事はない?」
「……何とも言えぬが。それは今話さなければならないのか?」
「この先……いつまた会えるか分からないから」
桂サンは「そうか……」と頷くと、
「久坂……すまぬが先に行って会合を終わらせるよう皆に伝えてくれ」
「わかりました」
久坂サンは部屋を後にした。
「さて……高杉の事か。すまんが手短に頼む」
「はい」
私は短く返事をすると、高杉は労咳で新時代の夜明けを迎える寸前で死ぬ運命であることを説明した。
私の素性を知る桂サンは今更驚かない。
総司サンにしている治療法を要約して伝えた。
久坂サンの事も聞かれたが、蛤御門の戦いで自刃するとはどうしても言い出せず、ただわからないと一言だけ答えた。
桂サンの去り際、
「桂さんは……新しい時代を生きられますよ!」
と告げた。
桂サンは
「ありがとう」
と言うと、今度こそ部屋を後にした。
先の事を教えるなど気が引けたが、私は後悔はしてはいなかった。
私に関わる全ての人を救いたい。
この気持ちに偽りはない。
しかし
函館での戦いまでこの時代に居られるなら……
私は土方サンと最期を共にしようと心に決めていた。
それは、揺らぎの無い私の覚悟であった。




