朝焼け
ふと目を覚ます。
まだ辺りは薄暗い。
体が……だるいなぁ……。
隣でまだ眠る土方サンを起こさないように、そうっと布団から出ると障子を開けた。
まさに日の出が昇る瞬間で、朝焼けが眩しい。
わぁ。綺麗……。
この時代に来てからと言うものの、何かと忙しく、こんな風にゆったりと過ごしたのは初めてだった。
「ん、お前……もう目が覚めたのか?」
朝日の明るさで目を覚ましたのだろうか。
土方サンは気だるそうに瞼を開くと、呟いた。
「身体……大丈夫か?」
「……何とか」
昨夜の事を思いだし、私はつい頬を紅潮させた。
「なぁに顔を赤らめてやがんだ」
「朝焼けのせいですっ!」
その姿に、土方サンは笑った。
「土方サンのせいで身体中痛いんですからねっ!」
「そりゃ悪かったな」
土方サンは悪びれもなく言った。
「なぁんて……俺も、身体中痛ぇや……」
土方サンは布団から起き上がると、私の後ろに立ち抱き締めた。
「京に来てから、こんな風にゆったりと過ごしたのは……初めてだ」
「……私もです」
「朝焼け……綺麗だな」
「そうですね」
これから起こるだろう歴史の流れや、新選組の行く末を考えると、自然と涙が溢れた。
「何泣いてやがんだ!?」
「……今がとっても幸せだからです」
「変な奴」
この人とずっと一緒に居たい。
この人を失いたくはない。
しかし……
それは叶わぬ夢。
私は、いつか不意に現代に戻されてしまうかもしれない。
そうでなくても……
土方さんの最期は五稜郭での戦いだ。
病死で無い以上、総司サンの様に延命する事は叶わないかもしれない。
私は……土方サンの最期を看とる事ができるのだろうか?
土方サンは、何時までも泣き止まない私の涙を着物の袖で拭う。
「叶うことならば、お前とは……ずっと一緒に居てぇなぁ」
私は振り返ると、土方サンの胸に顔をうずめた。
「ずっと……ずっと一緒に居ます!」
「……そうだな」
土方サンは困った様な笑顔で呟いた。
朝餉を摂ると、名残惜しい気持ちをそっと胸に仕舞い込み、屯所へと戻った。
「近藤サン、今戻ったぜ」
近藤サンに隊士達への土産のお菓子を渡す。
「桜サン。足の具合はどうかね?」
「お気遣い頂きありがとうございました。まだ少し痛みますが……歩ける程に回復しました」
「それは良かった。あまり無理せず、辛い時はトシにすぐに言ってくれ」
近藤サンは土方サンを見ると笑顔で言った。
「……何で俺なんだよ」
「当たり前だろうが! 自分の女すら守れないで、京の治安が守れるか!」
「て、てめぇの女って何だよ!?」
柄にもなく土方サンは慌てる。
「トシ……お前達の事は分かってるぞ? じゃなければ、嫁入り前の娘と二人きりで宿なぞに行かせるものか!」
「…………」
返す言葉も無いようで……土方サンは眉間にシワを寄せると近藤サンから視線を反らした。
「トシは素直じゃないからなぁ。こんな男だが、大事な仲間だ。桜サン! これからもよろしく頼む!」
そう言うと近藤サンは私に頭を下げた。
「おいおい……止めろよ近藤サン!」
二人のやり取りに微笑むと、私は明るく返事をした。
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします。それでは、私は隊務に戻りますので……失礼します。」
近藤サンの部屋を出ると、早速医務室に向かった。
当て布の消毒やら、包帯づくりやら……やる事は山積みだろう。
「おーい。嬢ちゃん!」
原田サンと永倉サンに呼び止められる。
二人はニヤついた顔で近づいてきた。
「その……何だ? 昨日は、土方サンと二人きりで宿に行ってきたらしいなぁ?」
「あ……お土産がありますので、後で召し上がって下さいね?」
嫌な予感がした私は、そう言い立ち去ろうとしたが……原田サンに手首を掴まれ引き留められる。
「まぁまぁ……。ちょっとくれぇ話をしたって良いじゃねぇか?」
「何か用ですか?」
原田サンは、私の耳元に近づくとこっそりと尋ねた。
「で? 土方サンはあっちの方はどうなんだ?」
その言葉に、全身が一気に紅潮する。
「い……意味が分かりません!!」
私は、わざととぼけた。
「またまたぁ。鬼の副長サンは……夜は意外と優しかったりすんのかよ?」
原田サンたちは、私の反応が余程面白いのか、更にからかう。
原田サンの手を振りほどこうとした瞬間
「お前ら……何やってやがんだ!」
土方サンが鬼の形相で怒鳴った。
「げっ! 土方サン!」
土方サンは原田サンから私を引き剥がすと
「さっさと隊務に戻りやがれ!」
と二人を散らす。
「まったく……お前は。俺以外の奴にからかわれてんじゃねぇよ!!」
と深い溜め息をついた土方サンは、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
私が困った時にいつも助けてくれる。
そんな土方サンを……私は、心底愛しいと思った。




