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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第1章 夢現 ―京という街 ―
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突き付けられた現実



「では、まずはお嬢さんの名前を聞こうかな?」



 張り詰めた空気の中、近藤さんは尋ねた。



「桜……蓮見桜(はすみさくら)です」



「ほう? 桜さん……と言うのか。ところで桜さんは、庭で倒れている前の事で何か覚えていることは無いかな?」



 近藤さんの言葉に、私は少し考える。



「覚えていること……あっ、学……校。そう、今日は入学式だったんです! その後、授業も終わって……いつものように、学校の桜の木の下で……バイトの時間まで、小説でも読もうと思った時に目眩がして……あっ! 教科書!」



 私は荷物の存在を、不意に思い出す。


 総司サンか誰かが運んでくれたであろう私の2つの荷物の内、まずは大きい方の鞄の中身を確認する。



「……全部ある。良かった」



 荷物の無事を確認した私は、安堵の溜息を漏らした。



「うーん、貴女の話には理解できない言葉が多く出てくるなぁ。これは、私が不勉強なせいかもしれんが……山南君は、彼女の言葉がわかるかね?」



 近藤さんは山南さんに、こっそりと耳打ちした。



「……いえ、私にも理解ができません。何と言って良いやら……彼女の言葉は、お国言葉と言うよりも……その用語自体の意味が理解できない、という方が適当なのかもしれませんね」


「そうか。それに……よく見てみると、見た事もない様な装いと持ち物だなぁ」



 二人は私を眺め、首を捻る。


 そんな二人に私は、先程から気になっていた事を思い切って尋ねた。



「あの……今は、その……何年ですか?」


「何年とは……元号の事かな? 今は文久3年の神無月だが?」


「そう……ですか」



 まさか。とは思ったが、この状況……どう考えてもこの結論しかない。


 文久という年号、それから……


 近藤


 土方


 沖田


 山南


 このあまりにも有名な苗字。


 彼らはきっと……新選組……なのだろう。


 私は、読み掛けの歴史小説を思い出す。




 文久3年10月


 筆頭局長であった芹沢鴨は、粛正され既にこの世には居ない。


 壬生浪士組から、新選組へと名が変わった頃だ。



 つまり。



 私は……



 『タイムスリップしてしまった』ということなのだろう。



 タイムスリップだなんて、馬鹿げた発想なのかもしれない。


 だが……それ以外に、この状況を説明する代替案が無い。



 動乱の幕末へタイムスリップ。



 もう、その言葉だけで目眩がしそうだ。




 徐々に頭を整理し置かれている状況を理解した私は、震える拳を握りしめ口を開く。




「ようやく状況が理解できました。恐らく……私は、この時代の人間ではありません」


「この時代の人間でないとは? ……一体どういう事だね?」



 近藤サンは、訝しげな表情で尋ねた。



「今が文久3年で……仮に皆さんが新選組だと言うのであれば、私が住む時代は150年以上先の未来です。つまり、私は本来此処に居るべき人間ではない……という事です」


「未……来? いくら何でもそれは……」


「ですから! 私は皆さんの事を知っています。この先、皆さんやこの日本という国が、どの様な道を進んで行くのかも含めて……全てを」



 皆は黙って私の話に耳を傾ける。


 その表情は様々で、ほとんどの者が険しい表情をしていた。


 信じられる訳が無い……か。


 自分ですら信じられないような状況を、他人がすぐに信じられる訳が無い。


 そう思い、深い溜息を一つつく。



「私が何故ここに居るのかも、何の為にここに来たのかも、今はまだ……私自身、分かりません。ですが……必ず、何らか理由がある筈です!」



 不穏な雰囲気の中、やっとの思いでそこまで言葉を紡いだ。




「フンッ」




 鼻で笑った土方さんは、私に言う。



「なぁにが未来だぁ? んな話、信じられるわけねぇだろうが! 作り話としちゃあ、面白ぇ話だが……んな事ぁ、現実にはあり得ねぇよ」



 当然の反応だ。



 やっぱり……信じられるわけないよね。


 私だって信じられないもの。


 ……どうしよう。




 その時、総司さんが私に助け船を出す。




「土方さんは、本当に無粋で嫌でさぁ。要は、彼女が未来から来たことが解れば良いんですよね?」



 そう言った総司さんは、ニカッと笑う。



「そんなのは簡単でーぃ!」



 総司さんは、私と土方さんを交互に見やった。



「彼女の荷物を調べれば良いんですよ。未来の人間なら、この世じゃありえない物を、わんさか持ってるはずでしょ?」



 私を安心させるかのように隣に座った総司さんは、私の肩を抱くと優しく微笑んだ。



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