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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第6章 葵
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土佐の男


「以……蔵……サン?」


 話し掛けてきた男の……その背後に立つ男に目を奪われる。


「なんじゃ。おんしら……知り合いじゃったか?」


「ん? おまんは……あん時の?」



 以蔵サンも私を覚えていたようで、その場に呆然と立ち尽くす。



「知り合いじゃったら話は早い! わしゃぁ、腹が減って死にそうぜよ~」


「こちらにどうぞ」



 葵チャンは二人に座るよう促した。





 以蔵サンと私は微妙な雰囲気だった。



「この前はすまんかったな……」


「大丈。」


「その指輪……ずっと付けちょったがか?」


「うん……いつか以蔵サンに会ったら、返そうと思って大事にしてた」


「そりゃあ、おまんにくれた物じゃき……返さんでええ」


 以蔵は少し照れ臭そうに言った。





「おっ? こりゃあ……わしが以蔵にくれた指輪じゃなかが? 以蔵がおなごに渡すちや……まっこと驚きじゃ」


「坂本サン……そんなんじゃないきに!」




 んっ!?



 坂本?




 土佐弁?

 




 まさか、まさかの……今度こそ……





「坂本龍馬!?」





 驚きのあまり、立ち上がって叫んでしまう。



 龍馬サンは咄嗟に、慌てて私の口を塞ぐと



「しーっ! わしが有名なんは分かるが……この名を新選組なぞに聞かれたら厄介じゃ。今は才谷……才谷梅太郎ち呼びとおせ!」



 と言った。





 ……私、その新選組なんだけど。





 と思いつつも、コクりと頷くと席に着いた。



「桜チャン……知り合いなの?」



 龍馬サンが新選組に見付かるとまずい……と言ったからか、葵チャンは心配そうに尋ねた。



「知り合い、と言うか。坂……梅サンとは初対面だけど、以蔵サンとは前に一度会ったことがあるよ。会った……と言うより、巻き込まれたって感じだけど」


「……そう」


 葵チャンはあまり納得の行かないような表情をしている。


「まぁええ。袖振り合うも何とやら……と言うじゃろ? 此処で会ったのも何かの縁じゃ。お嬢さんは名は何と言うがか?」


「葵……どす」


「ええ名前じゃ。可愛らしい顔に良く似合うきに」


 葵チャンは頬を赤らめた。




 以蔵は相変わらず無口だったが、龍馬サンは以蔵とは対照的に明るい人だったので、話も盛り上がった。




 幕末で1・2を争う程大人気な坂本龍馬が目の前に居る。




 本当に不思議な一時だった。




 気付くと夕暮れが近付いている。



「あっっ! 早く帰らないと、土方サンに怒られちゃう!」



 私はスクっと立ち上がると



「龍……えっと梅サン、以蔵サン。ごめんなさい……私、そろそろ帰ります。また会えたら嬉しいです!!」



 と言い残し席を離れた。



「うちも帰りやす」



 と葵チャンも慌てて私を追いかけた。




 残された龍馬サンと以蔵サンは、訝しげな表情をしている。



「あんお嬢さん……土方とか言ったがか?」



 以蔵サンはコクりと頷く。



「わしの記憶が正しけりゃ……土方っちゅうんは新選組の鬼副長じゃあなかったがか?」



「あいつ……新選組じゃろか?」



「以蔵……悪いことは言わん。あん娘は止めとく方がええ」



 以蔵サンは複雑そうな表情を浮かべると、ただただ俯いた。






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