土佐の男
「以……蔵……サン?」
話し掛けてきた男の……その背後に立つ男に目を奪われる。
「なんじゃ。おんしら……知り合いじゃったか?」
「ん? おまんは……あん時の?」
以蔵サンも私を覚えていたようで、その場に呆然と立ち尽くす。
「知り合いじゃったら話は早い! わしゃぁ、腹が減って死にそうぜよ~」
「こちらにどうぞ」
葵チャンは二人に座るよう促した。
以蔵サンと私は微妙な雰囲気だった。
「この前はすまんかったな……」
「大丈。」
「その指輪……ずっと付けちょったがか?」
「うん……いつか以蔵サンに会ったら、返そうと思って大事にしてた」
「そりゃあ、おまんにくれた物じゃき……返さんでええ」
以蔵は少し照れ臭そうに言った。
「おっ? こりゃあ……わしが以蔵にくれた指輪じゃなかが? 以蔵がおなごに渡すちや……まっこと驚きじゃ」
「坂本サン……そんなんじゃないきに!」
んっ!?
坂本?
土佐弁?
まさか、まさかの……今度こそ……
「坂本龍馬!?」
驚きのあまり、立ち上がって叫んでしまう。
龍馬サンは咄嗟に、慌てて私の口を塞ぐと
「しーっ! わしが有名なんは分かるが……この名を新選組なぞに聞かれたら厄介じゃ。今は才谷……才谷梅太郎ち呼びとおせ!」
と言った。
……私、その新選組なんだけど。
と思いつつも、コクりと頷くと席に着いた。
「桜チャン……知り合いなの?」
龍馬サンが新選組に見付かるとまずい……と言ったからか、葵チャンは心配そうに尋ねた。
「知り合い、と言うか。坂……梅サンとは初対面だけど、以蔵サンとは前に一度会ったことがあるよ。会った……と言うより、巻き込まれたって感じだけど」
「……そう」
葵チャンはあまり納得の行かないような表情をしている。
「まぁええ。袖振り合うも何とやら……と言うじゃろ? 此処で会ったのも何かの縁じゃ。お嬢さんは名は何と言うがか?」
「葵……どす」
「ええ名前じゃ。可愛らしい顔に良く似合うきに」
葵チャンは頬を赤らめた。
以蔵は相変わらず無口だったが、龍馬サンは以蔵とは対照的に明るい人だったので、話も盛り上がった。
幕末で1・2を争う程大人気な坂本龍馬が目の前に居る。
本当に不思議な一時だった。
気付くと夕暮れが近付いている。
「あっっ! 早く帰らないと、土方サンに怒られちゃう!」
私はスクっと立ち上がると
「龍……えっと梅サン、以蔵サン。ごめんなさい……私、そろそろ帰ります。また会えたら嬉しいです!!」
と言い残し席を離れた。
「うちも帰りやす」
と葵チャンも慌てて私を追いかけた。
残された龍馬サンと以蔵サンは、訝しげな表情をしている。
「あんお嬢さん……土方とか言ったがか?」
以蔵サンはコクりと頷く。
「わしの記憶が正しけりゃ……土方っちゅうんは新選組の鬼副長じゃあなかったがか?」
「あいつ……新選組じゃろか?」
「以蔵……悪いことは言わん。あん娘は止めとく方がええ」
以蔵サンは複雑そうな表情を浮かべると、ただただ俯いた。




