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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第6章 葵
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葵と桜


 今日から3日間、私は非番だ。


 土方サンが、何処かに行くか?と言ってくれたが、それは明日にまわしてもらった。


 何故なら今日は約束があったからだ。


 この前の餡蜜屋の娘、葵チャンと会う約束をしていた。


 土方サンはどうにも心配性なようで、付いていくと言ったが……女同士のお出掛けに男を連れていくなど無粋だと思った。


 総司サンでも連れていけば、葵チャンも喜ぶのだろうが……


 土方サンと総司サンを一緒に連れていくとなると、前回みたいな事になるのは明白で……確実に私の体力が持たないと思ったので、それもやめた。





「よし! 準備万端!!」


 何時もより気合いを入れて身支度を整えた。


「そんなにめかし込んで……やけに楽しそうじゃねぇか?」


 いつの間にか背後に居た土方サンは不機嫌そうな顔で言った。


「土方サン!? ……いつから居たんですか?」


「ずっと居たが? お前が気が付かなかっただけだろう?」


 土方サンは私の方へ歩いてくると私の頬に手を当て、まじまじと見つめる。


「な……何ですか?」


 無言の圧力に耐えられない。


 そう思った瞬間


 土方サンは、フッと笑うと、


「……早く帰って来いよ」


 と言い、軽く口付けた。


「わかってます。土方サンも良い子にお留守番していて下さいね!」


「クク……言うじゃねぇか」


「では、行ってきます」


「おう……行ってこい」


 私は屯所を出て、葵チャンの甘味屋へと向かう。





 甘味屋に着くと、葵チャンはすでに店の前の長椅子で待っていた。


「葵チャン! 待った?」


「桜はん。全然待っていませんえ」


 相変わらず……葵チャンは可愛らしい。


 何て言うかこう……小柄で守ってあげたくなるようなタイプで、確実に男の人にモテそうな雰囲気を醸し出していた。



 私たちは歩き出す。



 途中、簪のお店や帯留めのお店に寄った。


 様々な店を巡り、既に足が棒になりそうだ。



 そろそろ昼時



 葵チャンのお勧めの、知る人ぞ知る……という定食屋に寄った。


 人気の無い裏路地にひっそりと、その定食屋はあった。






 席に着くと、食べたいものを注文した。


「葵チャンってさぁ……本当可愛いよね? 女の子らしくて羨ましいなぁ」


「いややわぁ。桜はんこそ、整った綺麗な顔をしてはって、美人やなぁと思うてはりましたんや」


 葵チャンは頬を赤らめて言う。


 その仕草がまた可愛らしい。



「あんなぁ。桜はんはもう気付いてはるやろうけど…うち、沖田はんをお慕いしてますんや」


「知ってる」


「初めて会った時……うち、愛想が悪かったやろ?それをずっと謝りたくてなぁ」



 葵チャンは、すまなそうに俯く。



「良いよ、良いよ。好きな人が別の女の人と楽しそうにしてるのは……私だって見たくないもん」



 土方サンとあやめサンの事を思い出し、少し辛そうな表情で言った。



「桜はんは、土方はんをお慕いしてはるんやろ? あんな役者みたいな色男はんに添い遂げられるなんて……なんや羨ましいなぁ」


 葵チャンは私の表情が曇ったのを見て、何か感じ取ったのか土方サンの話を出してきた。


「そう……だね」


「色男がモテるのは自然の摂理どすえ。モテない男などつまらないだけやと思うけどなぁ」


 コクりと頷いた。


「でもさ……他の女の人と親しそうにしてるのは嫌だなぁ」


「桜はんは、やきもち妬きどすなぁ」


「なっ!?」


「土方はんはなぁ……うちはあの日初めて会ったけどなぁ、京でも浮き名を流してはりましたから名前くらいは知っとりました」


「浮き名を流してた……?」


 意味の解らない言葉に首を捻る。


「色々な女の人と関係があった……ちゅう意味や。けどなぁ……ある日突然、その関係を断ちはられたっちゅう噂どす」


「?」


「うちの店はなぁ……娘さんがぎょうさん来はるから、色恋話は情報が早いんや。土方はんが女性との関係を断ちはったのは、あんさんが原因やろ?」


 葵チャンは笑顔で言った。


「そう……なんだ。知らなかった」



 土方サンが浮き名を流して居た事については少し胸が痛かったが、それは過去の事。



 あくまで噂なので、他の女の人と縁を切ってくれた……という事が本当かどうかは分からないが、少し嬉しかった。


「今度はうちの番や。なぁ……桜はん。沖田はんとの事……協力してくれはりますか?」


 葵チャンは、泣きそうな顔で懇願する。



「勿論っ!!」



 私が笑顔で答えると、葵チャンはホッとしたかの様で可愛らしい顔で笑った。


 葵チャンと仲良くなれた事が嬉しく、彼女に私の秘密を話そうかと思った。


「あのね。葵チャン……驚かないで聞いて欲しいんだけど……」






 その時


 定食屋に二人組の男が入ってきた。


「おんやぁ? 今日は混んじょるなぁ……座るところが無いきに」


 男たちは、私達の席の前で立ち止まる。


「お嬢さん方……すまんが、相席してもらっても良いがか?」


 返事をしようと見上げた瞬間、私は固まってしまった。






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