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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第6章 葵
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冬の訪れ


 秋も終わりを迎え、京も徐々に冬めいてきた。


 この時期に井戸水を使うのは、堪える。


 私は、冷水で真っ赤になった手を擦り合わせ、息を吹き掛け温める。


 もとの時代では、冬になればお湯を使うのが当たり前で、寒い日にはエアコンを自由に付けて寒さを凌いでいた。


 自分が如何に恵まれた時代で育ったのか……改めて感じる。


 こう寒さが増してくると、体調を崩す隊士が多く、医務室も病室も慌ただしかった。


 寒いからといって隊務を投げ出すわけには行かない。




「京の冬は寒いなぁ……」




 しみじみと呟いた。




「寒いなら、僕が暖めてあげようか?」



 総司サンは襖を開けると、そう言った。


「……遠慮しておきます」


「土方サンに怒られるから?」


 総司サンは意地の悪い笑顔で尋ねた。


「違いますー!」


 頬を膨らまし答える。


 いつの間にか私のすぐ横に居た総司サンに、頬をつねられた。


「……妬けるなぁ」


「いたた……。痛いですよぉ」


 総司サンは大きく笑った。


「変な顔~」


「もう……酷いなぁ」


「あっ! そうだ……約束覚えてる?」


「……約束?」


「酷いなぁ……餡蜜食べに行くって言ってたじゃない」


 今度は総司サンが頬を膨らました。


「餡蜜食べに行くって言っておいて……約束した晩に、長州なんかに捕まるしさ。酷いよねぇ」

 

 そういえばそうだった……


 何となくバタバタしていたので、すっかり忘れていた。


 総司サンも最近は調子が良い様で、徐々に快方に向かっている様に見えた。



「そうですねぇ……じゃあ、昼餉の後に行きましょうか?」


「やった! 今度こそ……約束破らないでね?」


「わかってます」




 午後からの外出を楽しみに隊務をこなす。




「桜チャン、そろそろ行ける?」


「はい。大丈夫ですよ」


 屯所を出ようと、歩き出す。


 本来なら、誰か他の隊士を連れていかなければならないが、生憎今日は誰も捕まらず……仕方なく二人で行こうとした時、たまたま土方サンに会った。


 予想通り、土方サンが一緒に行くと言って聞かなかった。


 仕方がないので今日のところは、三人揃って屯所を出る。




「総司~。甘味ばかり食べていると体に良くねぇぞ?」


「無理矢理付いてきた人は余計な事を言わないで下さい!!」


「……なっ!?」


「まぁまぁ……二人とも、今日は仲良くしましょうよ?」


 総司サンも土方サンも、同じくらい不機嫌な表情を丸出しにしている。



「ほら。着いたよ!!」


 総司サンは私の手を取り甘味屋へと入る。


「ちょ……待てよ! ……チッ。面白くねぇ」


 取り残された土方サンも後を追った。


「沖田はん! お久し振りどす!!」


 甘味屋の娘が笑顔で出迎える。


「久しぶり~」


「あら? こちらの方は初めてどすなぁ?」


「あぁ。こっちは土方サン。新選組の副長だよ」


「そうでしたか……これは失礼しはりました。この甘味屋の店主の娘で…葵と申します」


「……ああ。総司がいつも世話になってる」


「いややわぁ。世話になってるだなんて……」


 葵サンは頬を赤らめた。


「年の頃といい、総司にちょうど良いんじゃねぇのか? 何よりべっぴんさんだしなぁ……」


「そんな……うちなんて総司サンに勿体無いどすえ」


 葵は満更でも無さそうな表情をしている。


 私は、土方サンが他の女性を褒めた事が少し面白くなく土方サンの袖の裾を軽く引っ張る。



「……土方サン」


「……何だ? お前、妬いてやがんのか?」


「別に妬いてなんかないですよ~」



 私は頬を膨らます。



 葵サンはそれを見て、私が恋敵でないと察したのか以前に総司サンと訪れた時とは、うって変わって愛想良く話しかける。


「あんさん、前も来てくれはりましたなぁ? あんさんも新選組の隊士はんどすか?」


「隊士というか……」


 返答に困る私の代わりに土方サンが答える。


「こいつは、剣はやらねぇが代わりに医術の覚えがあるんだよ。れっきとした新選組の隊士だ」


「それは格好ええどすなぁ。そや。お友達にならへんか? うちと年が近いやろ?」


 葵サンは可愛らしい笑顔で私の手を握る。



「えっと……桜です。よろしく!」



 この時代で初めて友達ができ、とても嬉しかった。



「良かったな」



 土方サンはそう言うと、私の頭を撫でた。



「桜チャンは、ほんに羨ましいわぁ。こんな素敵な殿方が居てはるんやもん」



 その一言に総司サンは不機嫌な表情を浮かべると


「いつもの餡蜜持ってきて!」


 とぶっきらぼうに言い、奥の席に着いた。


「あ。私は抹茶餡蜜で! 土方サンは何にします?」


「俺も同じで良い」


「かしこまりました」


 そう言うと、葵チャンは嬉しそうな表情で小走りで店の裏へと入っていった。





 席に着くなり、総司サンは膨れっ面で


「土方サン……余計な事をしないで貰えますか?」


「……何がだ?」


「あの子と僕をくっつけようとしてるのが見え見えなんですよ!」


「……土方サン。そうなんですか?」


「……んな事ぁねぇよ。だが……総司には似合うと思うがなぁ?」


 土方サンは不敵な笑みを浮かべ総司サンを見る。



「……土方サンなんか、もう二度と連れて来ませんからね!」



 また険悪な雰囲気になってしまった。



「お待たせしました」



 葵チャンが餡蜜を持って来る。



 この微妙な雰囲気のせいだろうか……今日の餡蜜は味がよくわからなかった。




 帰り道も総司サンは終始、膨れっ面をしていた。






 屯所に戻り、土方の部屋に行く。


「土方サン…何で、葵サンと総司サンをくっつけようとしたんですか?」


 何気なく聞いてみる。


「そんなの決まってるだろ?」


「?」


「あいつが他の女とくっつきゃ、お前にちょっかい出さなくなるだろうと思ったんだよ!」


「土方サン……もしかして、妬いてるんですかぁ?」


 土方は不機嫌そうな顔をすると


「フンッ……妬いてなんかねぇよ。」


 と呟いた。






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