鬼の撹乱
今朝はいつもより早く目が覚めた。
隣で眠る土方サンを起こさぬよう、そっと布団から出ると、誰にも見付からないかドキドキしながら自室へ戻った。
昨夜の事はそっと胸に仕舞い込み、身支度を整える。
いつも通り医務室へと向かうと、テキパキと仕事をこなす。
朝餉の時刻になり、食卓につくがそこに土方サンの姿は無かった。
「あっれ~? 土方サンまだ来てねぇの?」
朝稽古を終えた平助クンたちは、食卓につくなりそう言った。
「嬢ちゃん。土方サンはどうした?」
「えっ!? な……何で私に聞くんですか? 知りませんよぉ!」
原田サンの突然の質問に、あからさまに動揺してしまった。
「だって……なぁ?」
原田サンと永倉サンは、顔を見合わせて笑う。
「えっ? 何? 何?」
平助クンは興味深そうに、原田サンたちの反応に食い付くが
「お前にはまだ早ぇよ。なぁ……しんぱっつぁん?」
「平助には教えられねぇなぁ」
と笑いながら私を見る。
「もう! 何なんですか! ……私、土方サンを呼んできます!」
二人の視線に耐えきれず、頬を膨らまし私は広間を飛び出した。
「……あまり、からかうもんじゃありませんよ」
斎藤サンは二人をたしなめる。
「だって……なぁ。あの土方サンが……だぜ? こんな面白いネタは他にはねぇよ」
「だよなぁ。隊の風紀が乱れるから、桜には手を出すな! なぁんて言ってた本人が……だもんなぁ?」
原田サンと永倉サンは、他愛ない話に花を咲かせる。
「しかも、あの人!! あんな面ぁして、嬢ちゃんに本気みてぇだぜ? 島原の馴染みの芸妓から聞いたんだがな……あの人に袖にされて、見世で泣いてた女が居たとか!」
「まったく羨ましいねぇ……。あんだけモテといて、本気の女が出来たら即切り捨てかぁ? 副長ともなると、やる事がすげえや!」
二人は、周りなどお構い無しで、徐々に話し声も大きくなっていった。
「なんの話ですかぁ?」
「げっ! 総司!?」
そんな中、突然総司サンが現れたので二人は驚いた。
「ねぇ……楽しそうに何の話をしてたんですか?」
「いや……何でもねぇよ? なぁ、しんぱっつぁん!」
「そうだ! ……他愛もない話だ!!」
黒い笑顔の総司サンに、二人は必死に誤魔化す。
「……総司。目が据わっているぞ」
斎藤サンは総司サンに言う。
「だって……僕、不機嫌だもん」
総司サンは隠さずに、そう言い切った。
「それに……僕はまだ諦めてはいないからね?」
「……そうか」
広間内を微妙な雰囲気が流れる。
「お早うございます」
遅れて、山南サンが席に着く。
「あれ? 土方クンはどうしました?」
普段なら早くから来ている土方サンがまだ居ないことに気付き、山南サンは皆に尋ねる。
「土方サンなら今、桜が呼びに行ってます」
「そうですか……昨晩は遅くまで部屋に灯りが灯っていましたからねぇ。寝坊でもしたのでしょうか? ……珍しい事もあるものですね」
山南サンの何気ない一言に、原田サンと永倉サンは強く反応した。
「副長も年には勝てねぇんだな!」
「プクク……止めろよ、左之~」
二人はヒソヒソ話をする。
部屋を飛び出した私は、土方サンの部屋に向かっていた。
「まったく! 原田サンと永倉サンのあの態度は何なんですか!」
からかわれた恥ずかしさに頬が紅潮する。
土方サンの部屋の前で、深呼吸を一つすると声を掛けた。
「土方サン……朝げの時刻ですよ~。皆さんがお待ちです」
返事が無い。
「開けますよ~。」
そうっと襖を開けると、土方サンはまだ眠っていた。
布団の脇に腰を下ろすと
「土方さぁん……起きて下さい!!」
と肩を揺らす。
「ん……何だ? お前か」
「何だ? じゃないですよ。……朝餉の時刻になったので呼びに来たんです!!」
「!?」
土方サンは慌てて飛び起きる。
その瞬間
土方サンは、ふらついたかと思うと布団に倒れ込んだ。
「土方サンっ!」
「悪ぃ。……少し目眩がした」
汗をかき息の荒い土方サンの首元に手を当てる。
「凄い熱……」
「こんなん……たいした事ねぇよ」
そう言い立ち上がろうとする土方サンを制止し、布団に横にさせた。
「今日は絶対安静です! ……とにかく。私は皆さんに伝えてきますから、おとなしくしていて下さいね?」
私はいつもにもなく、強く言った。
「……すぐ戻れよ?」
「すぐに戻ります!」
笑顔でそう告げると、急いで食堂に戻った。
「おう。嬢ちゃん。土方サンはどうした?」
「それが……体調を崩された様なので、自室で休んで頂いています。高熱もありますので、今日は安静にしていて貰おうと思います」
「土方サンが……高熱だって!?」
「鬼の撹乱だ!!」
皆は驚きを隠せないような表情をしていた。
「桜サン。それでは今日は、土方クンの看病に当たって下さい。他の隊士の事は、今日は山崎クンに頼みましょう」
「ありがとうございます!!」
山南サンにお礼を言うと、部屋をあとにした。
「いいなぁ……土方サン」
平助クンが呟く。
「ホント羨ましいぜ。俺も嬢ちゃんみてぇな可愛い娘に看病されてぇなぁ。額の熱だけでなく下の熱も……なんつってなぁ?」
「左之サン……最っ低~!!」
平助クンは白々しく言った。
「そもそも……左之は病気になんかなんねぇだろ?」
永倉サンがすかさず突っ込みを入れる。
「言えてる! 左之サンは腹切っても死なねぇもんな!?」
平助クンの言葉に皆笑った。




