日課
長州藩邸より無事帰還してからというもの…私の日常はすっかり落ち着きを取り戻していた。
日中は
医務室で備品の整理や急患の対応。
そして朝昼晩と定刻に病や怪我で臥せている隊士の看護を行いつつ
その合間に、頻繁に総司サンを見舞う。
夕餉後より、教科書やノートを手に取り勉強を始める。
かなりハードな生活だが、私は確かな遣り甲斐を感じていた。
当面の目標は、総司サンの結核の完治だ。
最近では、自分の教科書や参考書だけでなく、この時代の医学書も読むようになっていた。
しかし、この時代の書物は何とも読みづらい……。
達筆……というか、何というか。
なので……この時代の医学書を読み初めてからと言うもの、夜は土方サンの部屋にお邪魔して、読めない文字は教えてもらっていた。
「土方サン。入っても良いですか?」
「……ああ」
「お邪魔します」
書き物をしている土方サンの隣が私の定位置だ。
「書類の整理……大変ですね。」
「まぁな。お前こそ毎晩、医学書を持って……ご苦労なこった。」
「これが私の選んだ道ですから!」
私は、笑顔で答える。
「お前は強いな」
「強い?」
「こんな知らない所でも、地に足つけて平然と生きている」
土方サンは書き物をしていた手を一旦止めると、私の頭にポンッと手をのせた。
「……知らない所じゃないですよぉ。此処に来る前から、皆さんの事は知ってましたよ?」
「……そうだったな」
「それに……今は土方サンも居ますからね!」
土方サンは、その言葉につい微笑んだ。
「そうか」
話が途切れると、私は黙々と医学書を読み必要な部分はノートに書き留める。
学校では、ただテストや資格試験の為にのみ勉強をしていた。
しかし、今は違う。
私の知識が、仲間の命を救う事ができるのだ。
一度、勉強の意義を見出だすと今まで嫌だった科目でも、学ぶ意欲が湧き出る。
知識を吸収したいと……心からそう思えるのだ。
「……おい」
書き物を終えた土方サンが声を掛ける。
「お前……まだ寝ないのか?」
気付けば、とうに丑三つ時を過ぎていた。
「んー。もうちょっと……」
私の気の無い返事に、土方サンは深い溜め息を一つだけつくと、
「俺は先に休む……部屋に戻る時は灯りを消して行ってくれ」
と言い、床に入る。
私が書物に熱中している時は、何を言っても聞こえていないと解っているのだろう。
「……い」
「う……ん?」
「おい! 起きろ!」
突然の呼び掛けに、私は飛び起きた。
「何でお前がここで寝ている?」
「あっ、あれ?? 私……寝ちゃったんだ。ごめんなさい」
「まったく……寒さで目が覚めてみれば、お前という奴は……俺を布団から追い出して、一人で布団を占領しやがって」
いつの間にか寝てしまった私は、あろうことか土方サンを布団から追い出し、布団を一人で独占してしまっていたようだ。
「あはは……どうりで寒くなかった訳だ!」
「寒くなかった……じゃねぇよ! 俺が風邪引いちまう所だったじゃねぇか!」
土方サンは、クスクスと笑う私の頬をつねる。
「痛いですよぉ……土方さぁん」
「……うるせぇ」
「さてと……それじゃあ、私は部屋に戻りますよ~。お邪魔しました」
立ち上がろうとした瞬間
土方サンに手を強く引かれ、私は布団によろめいた。
「痛ぁ……もう! 何するんですかぁ」
頬を膨らます。
そんな私を、土方サンは真剣な表情で見据えると
「今日は……もう部屋には戻らなくて良い。……このまま此処に居ろ」
と耳元で囁き、そっと口付けた。




