日だまり
桜が長州藩邸から戻って、数日が経った。
あの夜
俺とあいつは、確かに気持ちが通じたはず……
なのに
あいつの態度は今までと何ら変わらねぇ。
むしろ避けられてるんじゃねぇかって程よそよそしい。
「…………おい」
「あっ! 土方サン。どうしました?」
「お前……今暇か?」
「……ごめんなさい。これから総司サンの様子を見に行かなきゃなんです。急ぎの用でしたか?」
「……いや、良い。」
桜は軽く会釈をすると、パタパタと廊下を駆けて行った。
昼は隊務
夜になれば朝方まで書物と睨めっこ
あいつは、そんな毎日を送っていた。
そもそも、あいつ……ちゃんと寝てやがんのか?
総司はというと……何かにつけて、あいつを独占しようとしている。
俺とあいつの関係を分かってやっているのだろう。
「……チッ。面白くねぇ……」
非番だというのに、特にやる事もなく時間をもて余す。
「散歩でもしてくるか……」
思い付きで屯所を出たものの、特に行く所も無い。
「土方はん!!」
一人の女が駆け寄ってくる。
「おう……お前か。この前は悪かったな。その、あの情報だが……役に立った」
「土方はんの為ならあれ位……。それより、土方はんが無事に長州藩邸から戻られて……うち、安心しはりました。そや、この間のお礼……してくれはりますのやろ?」
「……ああ。何が良いんだ?」
「いややわぁ……いつものでええどすえ?」
女は少し恥じらうと、俺の手を握った。
「……悪ぃ」
反射的に、女から手をふりほどく。
「何があきまへんの? ……今まではずっと、それでやってきたやないの?」
「……悪ぃな。アヤメ……俺ぁ、そういうのは止めたんだ」
アヤメはポロポロ涙を流すと、俺に詰め寄った。
「……あの小娘のせいどすか?」
「……ああ。きっと、そうなんだろうな」
「うちは……それでもええどす。土方はんの一番になれんくてもええ! ただの捨て駒でもええ! せやから……うちを、捨てんといて?」
アヤメは、俺にすがり懇願する。
しかし
アヤメが涙を流す姿にも、懇願する姿にも……不思議と何の感情も沸かなかった。
「悪ぃ……報酬ならいくらでもやる。だから、俺の事は……もう忘れろ」
そう言い残すと、俺はアヤメに背を向け歩き出した。
アヤメはその場に崩れ落ちたが、俺は決して振り返らなかった。
面倒な女に会っちまった。
今までは、アヤメだけに限らず言い寄る女どもを上手く手懐け、間者として島原に送り込むなどして利用してきた。
あいつが現れてからというものの……
そういう女では不思議と興が乗らなくなってしまった自分が居た。
屯所に帰ぇるか。
訳の分からない苛立ちを抱えたまま、俺は屯所に戻る事にした。
屯所に戻ると、自然と桜を探す。
……特に理由は無いのだが、ただ何となくだ。
「フフッ……こんな所に居やがったのか」
桜は書物を持ちながら、俺の部屋の前の縁側でスヤスヤと眠っていた。
「あっ……土方さ……ん?」
桜は、気だるそうに瞼を明けると、弱々しく笑顔を見せる。
「お前……ちゃんと寝てんのか? 毎晩、遅くまで灯りが付いているだろう?」
「ちゃんと寝てますよ? ……でも、色々と調べものをしていると、ついつい寝るのが遅くなっちゃうんですよねぇ」
俺は柱を背もたれにし、桜の隣に座る。
「……少し休め」
そう言うと、自分の膝に桜の頭を沈め、小さく溜め息をついた。
「土方……さん」
「何だ?」
「ほら……お日様が気持ち良い……です……よ」
桜はそう言ったかと思うと、もう既に寝息をたてていた。
「……そうだな」
クスリと笑うと、桜の頭を撫でた。
しれば迷い
しなければ迷わぬ
恋の道
近藤サンと山南サンが俺を探しに来る。
「おーい。トシ~!」
近くまで来ると、二人は俺達の姿を見て微笑んだ。
「こんな所で二人して昼寝とは……仲が良くて羨ましいですね」
「まったくだ。手なんか繋ぎやがって……。仕方がない、今日はこのまま……そっとしといてやるか」
「土方クンのこんな姿、滅多に見られませんからねぇ……今日は貴重なものが見られました」




