本心
私は、泣きながら部屋を飛び出すと、廊下で桂サンにぶつかってしまった。
「何か……あった……のか?」
ぶつかった私を抱き止めると、桂サンは尋ねた。
「何でも……ない……です」
「何でもない表情ではないではないか!」
桂サンは、私の手を取り自室へと入る。
涙を流す私が落ち着くまでの間、桂サンは私を優しく包み込むと、背中を擦ってくれていた。
「……話が、できそうか?」
そのままの体勢で静かに尋ねる。
コクりと頷いた事を確認すると、桂サンは
「高杉が……何かしたのか?」
と質問を投げ掛ける。
事の顛末を辿々しいながらも話すと、桂サンは深く溜め息をついた。
「そうか……怖い思いをさせてしまったな。すまなかった」
此処に来てから何度も謝る桂サンに、返事の代わりに首を横に振った。
「それにしても……あの高杉が手を止めるとはなぁ。余程貴女を気に入ったようだ」
「……?」
その言葉の意味が分からず、桂サンを見上げる。
「普段の高杉なら……。女が泣いた位では、その手を止める事はない……という事だ。解るか?」
桂サンは私の涙を拭うと、続けた。
「あいつは器用な様に見えるが……本当は、とても不器用な男だからなぁ」
その言葉に私の中で、高杉を叩いてしまった事への罪悪感が生まれた。
「私……高杉サンを……叩いてしまいました」
その言葉に桂サンは笑い出す。
「本当に気の強い娘だ! それよりも、高杉を叩いておいて斬られないとは……貴女は相当、高杉に気に入られたのだな?」
「私……謝らなきゃ」
私がそう言うと、桂サンは真剣な表情で言った。
「その必要はない! 奴には良い薬になっただろう。……貴女は、帰りなさい」
桂サンの意外な一言に驚く。
「高杉は……大丈夫だから心配せずとも良い。しかし、奴を嫌わんでやってくれ。何処かで……何かの縁で会った時は、普通に接してやってくれまいか?」
桂サンは苦し気な表情で言った。
私は、コクりと頷く。
「私……二人に逢えて良かったです!」
そう告げると、足早に藩邸を後にした。
深夜という事もあり、辺りは真っ暗だった。
桂サンは、屯所までの帰り道に誰か護衛を付ける事を提案してくれたが、万が一途中で隊士と会えば死闘は避けられないと思い、丁重にお断りした。
やっぱり、頼めば良かったかも……
あまりの暗さに、後悔した瞬間
こちらへ向かってくる足音が一つ、徐々に近付いて来るのが聞こえた。
どうしよう!?
戸惑っている間にも、足音はどんどん近付いてくる。
私は、藩邸に一度戻ろうと踵を返す。
「お前……何でこんな所に居るんだ?」
聞き覚えのある懐かしい声に思わず振り返る。
「土……方さ……ん?」
そう呟くと、私は気付けば土方サンの腕の中に居た。
土方サンに、苦しい程に抱き締められる。
「どう……して。お前は……いつも、俺の……言う事が守れねぇ……んだよ?」
土方サンは声を震わせ呟く。
「ごめん……なさい」
安堵からか、私の目からは涙が溢れていた。
「俺が……どれだけ後悔したか……分かるか?」
「私も……たくさん後悔しました。もっと……素直になれば良かった……って」
「本っ当に……お前は……馬鹿だ。長州の野郎に捕まる……なんて」
「土方サンだって! 独りで……長州藩邸に乗り込もうとするなんて……馬鹿です」
私達はそこまで言うと、顔を見合わせ笑い合う。
そして
土方サンは、そっと口付けた。
後ろから追いかけて来ていた幹部たちは、二人の雰囲気に出て行くに行けず、声を掛けずに屯所へと戻った……と言うのは余談。
「帰ぇるぞ!」
「はいっ!」
二人は並んで歩き出す。
その手は固く結ばれていた。
「そういやぁ……お前、どうやって高杉から逃げてきた?」
「それはですねぇ……桂さんが、こっそり逃がしてくれました」
「そうか……」
土方サンは少し考えてから口を開く。
「その……高杉には……。何も……されなかったか?」
「土方サンてば! 何を想像してるんですかっ!?」
突然の問いに、私は顔を紅潮させる。
「……いや。その……まぁ……普通は気になるだろう?」
「どうして?」
「……知らねぇよ」
「理由を言ってくれないなら、教えませんっ!」
私は意地悪く言った。
「………………好いている…………から……だ」
「聞こえなかったです~」
「お前……斬られてぇのか?」
「やれるもんなら、やってみやがれです!」
私達は屯所に着く。
後ろを振り返ると、私は土方サンに言った。
「何もありませんでしたよ! 意外にも! 泣いたらですねぇ……高杉が手を離してくれたので、寸での所で何とか……ね!!」
「寸で……って、おい! 詳しく聞かせろ! 事と次第によっちゃあ高杉を斬る!!」
後ろで一人、熱くなっている土方サンに近付くと呼び掛ける。
「土方サン……」
「何だ?」
振り向き様に、今度は私から口付けた。
「……大好きです」
その夜、無事に戻った私に近藤サンは泣いて喜んだ。
土方サンは、近藤サンにこってりと絞られたらしい。
こうして、私たちの激動の1日は終わりを迎えた。




