表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第4章 長州 ― 藩邸での出来事 ―
30/181

本心


 私は、泣きながら部屋を飛び出すと、廊下で桂サンにぶつかってしまった。



「何か……あった……のか?」



 ぶつかった私を抱き止めると、桂サンは尋ねた。


「何でも……ない……です」



「何でもない表情ではないではないか!」



 桂サンは、私の手を取り自室へと入る。




 涙を流す私が落ち着くまでの間、桂サンは私を優しく包み込むと、背中を擦ってくれていた。



「……話が、できそうか?」



 そのままの体勢で静かに尋ねる。


 コクりと頷いた事を確認すると、桂サンは



「高杉が……何かしたのか?」



 と質問を投げ掛ける。



 事の顛末を辿々しいながらも話すと、桂サンは深く溜め息をついた。



「そうか……怖い思いをさせてしまったな。すまなかった」



 此処に来てから何度も謝る桂サンに、返事の代わりに首を横に振った。



「それにしても……あの高杉が手を止めるとはなぁ。余程貴女を気に入ったようだ」



「……?」



 その言葉の意味が分からず、桂サンを見上げる。



「普段の高杉なら……。女が泣いた位では、その手を止める事はない……という事だ。解るか?」



 桂サンは私の涙を拭うと、続けた。



「あいつは器用な様に見えるが……本当は、とても不器用な男だからなぁ」



 その言葉に私の中で、高杉を叩いてしまった事への罪悪感が生まれた。



「私……高杉サンを……叩いてしまいました」



 その言葉に桂サンは笑い出す。



「本当に気の強い娘だ! それよりも、高杉を叩いておいて斬られないとは……貴女は相当、高杉に気に入られたのだな?」



「私……謝らなきゃ」



 私がそう言うと、桂サンは真剣な表情で言った。



「その必要はない! 奴には良い薬になっただろう。……貴女は、帰りなさい」



 桂サンの意外な一言に驚く。



「高杉は……大丈夫だから心配せずとも良い。しかし、奴を嫌わんでやってくれ。何処かで……何かの縁で会った時は、普通に接してやってくれまいか?」



 桂サンは苦し気な表情で言った。



 私は、コクりと頷く。



「私……二人に逢えて良かったです!」



 そう告げると、足早に藩邸を後にした。






 深夜という事もあり、辺りは真っ暗だった。



 桂サンは、屯所までの帰り道に誰か護衛を付ける事を提案してくれたが、万が一途中で隊士と会えば死闘は避けられないと思い、丁重にお断りした。




 やっぱり、頼めば良かったかも……




 あまりの暗さに、後悔した瞬間




 こちらへ向かってくる足音が一つ、徐々に近付いて来るのが聞こえた。



 どうしよう!?



 戸惑っている間にも、足音はどんどん近付いてくる。



 私は、藩邸に一度戻ろうと踵を返す。





「お前……何でこんな所に居るんだ?」





 聞き覚えのある懐かしい声に思わず振り返る。



「土……方さ……ん?」



 そう呟くと、私は気付けば土方サンの腕の中に居た。



 土方サンに、苦しい程に抱き締められる。




「どう……して。お前は……いつも、俺の……言う事が守れねぇ……んだよ?」




 土方サンは声を震わせ呟く。



「ごめん……なさい」



 安堵からか、私の目からは涙が溢れていた。




「俺が……どれだけ後悔したか……分かるか?」




「私も……たくさん後悔しました。もっと……素直になれば良かった……って」




「本っ当に……お前は……馬鹿だ。長州の野郎に捕まる……なんて」



「土方サンだって! 独りで……長州藩邸に乗り込もうとするなんて……馬鹿です」




 私達はそこまで言うと、顔を見合わせ笑い合う。




 そして



 土方サンは、そっと口付けた。






 

 後ろから追いかけて来ていた幹部たちは、二人の雰囲気に出て行くに行けず、声を掛けずに屯所へと戻った……と言うのは余談。







「帰ぇるぞ!」



「はいっ!」



 二人は並んで歩き出す。



 その手は固く結ばれていた。




「そういやぁ……お前、どうやって高杉から逃げてきた?」



「それはですねぇ……桂さんが、こっそり逃がしてくれました」



「そうか……」



 土方サンは少し考えてから口を開く。



「その……高杉には……。何も……されなかったか?」


「土方サンてば! 何を想像してるんですかっ!?」



 突然の問いに、私は顔を紅潮させる。



「……いや。その……まぁ……普通は気になるだろう?」



「どうして?」



「……知らねぇよ」



「理由を言ってくれないなら、教えませんっ!」



 私は意地悪く言った。






「………………好いている…………から……だ」







「聞こえなかったです~」


「お前……斬られてぇのか?」


「やれるもんなら、やってみやがれです!」



 私達は屯所に着く。




 後ろを振り返ると、私は土方サンに言った。




「何もありませんでしたよ! 意外にも! 泣いたらですねぇ……高杉が手を離してくれたので、寸での所で何とか……ね!!」




「寸で……って、おい! 詳しく聞かせろ! 事と次第によっちゃあ高杉を斬る!!」




 後ろで一人、熱くなっている土方サンに近付くと呼び掛ける。



「土方サン……」



「何だ?」



 振り向き様に、今度は私から口付けた。






「……大好きです」







 その夜、無事に戻った私に近藤サンは泣いて喜んだ。





 土方サンは、近藤サンにこってりと絞られたらしい。





 こうして、私たちの激動の1日は終わりを迎えた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ