表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第4章 長州 ― 藩邸での出来事 ―
28/181

高杉と桂


 「高杉に……何か酷い事はされなかったか?」


 桂サンは心配そうに尋ねる。


「いえ……大丈夫です」


 平助クンの姿が一瞬チラついたが、私は敢えて何も言わなかった。


「さて……。まずは、その着物をどうにかせねば……な。私に付いてくると良い」


 そう言うと、私は桂サンの後を追うようにして藩邸に入って行った。


 

 途中、桂サンは出会った女中に



「この者に風呂を貸してやってくれ。それと……何か上等な着物を見繕ってやって欲しい。……高杉の客だからな……とにかく、丁重に頼む」



 と言うと、私をその女中に任せた。



「こちらへどうぞ」



 女中に促されるまま浴室に入る。


 湯船に浸かりながら、ふと考えた。




 平助クンは無事だったかなぁ?



 土方サンはどうしているだろうか?



 総司サンはちゃんとお薬を飲んでくれてるかな?



 私は新選組に帰れるのだろうか?



 これから……どうなってしまうのだろうか?




 長州に連れて行かれてしまったら……土方サンとはきっと、二度と会えないだろう。




 京都から山口県なんて……遠すぎるよ。




 こんな事になるなら、あの夜誤魔化したりせずに、土方サンに素直に想いを告げるべきだった……




 後悔と不安で胸がいっぱいになる。




 浴室から出ると、女中が待機していた。



「お着物をお持ち致しました」



 事務的にテキパキと私の着付けを終える。



「あの……こういった事はよくあるんですか?」



 私は女中に尋ねる。


「こういった事?」


「えっと……あの人、いえ……高杉が私みたいのを連れて来る事……です」



 女中はニッコリ微笑む。



「ええ……あの方はしょっちゅう女性を拾ってきはりますなぁ。日常茶飯時やさかい……うちらはもう慣れはりました」



「そう……ですか」



 やっぱりあの人はロクな人じゃない!



 そう確信した。



「あんさんは、無理矢理連れて来られたかは知りまへんけどなぁ……逃げよう等とは思わん方がええですよ。……あの方は、気性が激しいさかい。女かて斬り捨てられかねまへん。あの方が飽きるまで……ただ辛抱する事です」



 私の表情を見て心中を察したのか、女中はそう付け加えた。





「さぁさ。こちらへどうぞ」



 私は、高杉の部屋に通される。



「よぉ……。あの犬っころの血は……よく洗い流して来たか?」



 高杉のその言葉に、私は無言で睨み付ける。



「良い目だ……と言いたい所だがなぁ。そう睨むな。折角の上等な着物が台無しじゃねぇか」



 キセルを吹かし、余裕の表情を浮かべている。




「高杉ーっっ!」


「またおめぇか……桂。一体何の用だぁ?」



 高杉はやる気の無い声で尋ねた。



「何だ? じゃない! 今度こそ、きちんと説明してもらうぞ!」



 高杉の様子に苛立ちを隠せない桂サンは、捲し立てた。



「説明も何もねぇよ……。気に入った女が居たから連れてきた……ただそれだけだ」


 高杉は悪びれもせずに言った。


「まぁ……途中で歯向かってきた壬生狼の犬っころが居たからなぁ……一匹程、斬り捨てたがなぁ。それにしても、こいつが賢い女だったからな……あの仔犬も命拾いしただろうよ」



「お……お前、何という事を!?」



 高杉の適当な説明に、桂サンは激昂した。



「お前という奴は……あれ程騒ぎを起こすなと言ったのに……。よりによって新選組を斬り伏せただと? お前は……あの時の事を、もう忘れてしまったのか!?」



 桂サンの最後の一言に、高杉は強く反応した。



 高杉はあからさまに不機嫌な表情をする。




「桂ぁ……俺におめぇを斬らせるなよ!?」




 そう言うと、高杉は私の手首を掴み引き寄せる。



「……出ていけ!!」



 高杉は、桂サンに冷たく言い放った。





「出ていくのは構わん! だが……この娘は私が連れて行こう!!」



 桂サンは、高杉から私を無理矢理引き剥がすと部屋を後にした。




 桂サンの自室だろうか……とある一室に通される。


 座るよう促され、腰を下ろした。



「まずは……高杉がすまない事をした」



 桂サンは私に深々と頭を下げた。



「それで……。まずは名前だな。私は桂小五郎だ」


「私は……蓮見桜と言います」



 まずは、お互いに名乗り合った。



「そうか。ところで、高杉とはどういった関係なのだろうか?」


「関係なんて……。この前、島原の近くで会ったのが初めてで、今日が二回目です。……何故私が連れ去られたのかなんて、私にも分かりません」



「……それは本当に申し訳ないことをした。それより……貴女は新選組なのか?」



「えっと……」



 私は、返答に困る。



「いや……。高杉が新選組の隊士を斬り伏せたと言っていたもので……新選組の女中かと思ったのだ」


「……女中とは違いますが、新選組にお世話になっています」



 桂サンは少し困った表情をしていた。



「女中ではないという事は……誰かの愛妾か何かなのか?」



「愛……妾?」



 聞き慣れない言葉に私は戸惑う。



「つまりは、誰かの妾かという事だ」



 妾とはつまり、愛人の事だ。



 私は驚きつつも、強く否定した。



「違いますっ! 私は新選組で隊士の看護を仕事にしていただけです!」



「看……護?」



 初めて聞く言葉に、今度は桂サンが聞き返す。



「えっと……そっか、この時代の人には伝わりませんよね。看護って言うのは、私の時代の言葉で、病人や怪我人の世話をする人の事です」



 そこまで言って、私はハッと気付く。



 新選組では、幹部や山崎サンなどの一部の隊士は私の素性を知っていたので、隠す必要はなかった。


 だから、つい普段のように話してしまったのだ。



「この時代? ……私の時代?」



 桂サンが首を捻る。




「面白ぇなぁ……」




 その声に振り返ると、いつから居たのだろう……高杉の姿があった。


 

 高杉は、そのまま私に近づくと顎を掴む。



「壬生狼の犬っころ共は、こんな面白ぇ女を匿っていた訳か。ククッ……今頃、お前を血眼で捜してるだろうよ?」



 品定めするような目で私を見る。



「高杉っ!」



 桂サンが制止すると、高杉は私の横にドカッと腰を下ろした。




「おめぇ……この時代の人間じゃねぇんだろ?」



「……そんな事はありません」



「嘘吐くんじゃねぇよ。……おめぇの事は調べさせたんだ。……蓮見桜。少し前に壬生狼の屯所に現れた。おめぇは先の世から来た。今まで壬生狼に匿われて暮らしてたんだろ?」



「そんな事は……」



「うちの間者も中々有能なもんでなぁ……島原に忍ばせれば、こんな情報すぐに掴めらぁよ」



 高杉の表情に、私は何も言えずにただ俯く。





「それは……本当……なのか?」


 桂サンは声を震わせた。


「それで……この、日の本の未来は……どうなるのだ?徳川の世は続くのか?それとも……」


 興奮した桂サンは私の手を取り、詰め寄る。



「桂ぁ……汚ぇ手で触んじゃねぇよ!!」



 その瞬間、高杉は桂サンの手を叩いた。



「私の居た時代は……貴方達が作った世の中……です」



 その言葉を聞き、桂サンは更に質問を重ねる。



「そうか、そうか。それで? どの様な世になっているんだ?」



「とても平和で……争いもなく……武士も居ない。皆が十分な教育を受ける事が出来る。とても平等な世の中です」


「桂サンも高杉サンも……歴史上の偉人てして、後世に名が受け継がれています」





 それを聞き、桂サンは満足そうな表情を浮かべた。



「おい。もう良いだろ?」



 一言、そう言うと高杉は私を抱え、部屋に戻った。





 乱暴に下ろされるかと思ったが、意外にも普通に下ろされた事に少し驚いた。


 高杉は私に近付く。


「おめぇは先が見えているのに……何故、壬生狼に居る? 俺達が新しい世を作った……という事は、壬生狼の犬どもは消えるって事だろ?」


 と尋ねた。




「……それは」




 土方サンが居るから。



 とは言えず、口ごもる。




 高杉は表情で悟ったのか



「壬生狼の犬に飼い慣らされてやがんのか?」



 そう言い、私を床に押し倒すと更に尋ねた。



「相手は……今日斬った仔犬か? それとも……」



「ち……違っ」



「そいつを斬れば……おめぇがあそこに居る道理は無くなるよなぁ?」



 手首を掴む力が強まる。



 この人……危ない。



 本能でそう直感し避けようとするが、力では敵わず、私にはどうする事も出来なかった。




「そろそろ、壬生狼の犬どもを狩るのも良いだろう。今日の仔犬程度の奴なら……すぐに仕留められる」




 その言葉に、私は高杉を睨み付ける。




「土方サンは……あんたなんかに斬られないっ!」




 つい、頭に来て叫んでしまった。




 ハッと気付くが時、既に遅し。




「ハッ……そうか。あの有名な、鬼の副長様に飼い慣らされてやがんのか」




 高杉は、不敵な笑みを浮かべた。



「相手にとって不足なし……と言いたい所だが、まずはこっち……だな」



 組み敷いた私を、高杉は上から見下ろす。




「さて……おめぇがこんな所でこんな状況だと知ったら……鬼の副長様は、一体どんな表情をするんだろうな? さぞ面白ぇ表情するんだろうよ」



 

 その言葉に背筋が凍りつく。




 恐怖で声が出ない。




 気付けば涙が溢れていた。






「……興が冷めた」






 しばらく、私のその表情を眺めていた高杉は、突然私からパッと手を離した。










 私は起き上がると、高杉の頬を思いっきり叩く。



「最っ低!」



 私は、泣きながら部屋を出た。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ