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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第3章 治療薬 ― 医術の覚え ―
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恋心?


 私は、思わず自室に戻ってきてしまっていた。


 冷静になってみると恥ずかしい。


 みんなに心配掛けてしまっただろうか……


 総司サンが巡察中で良かった。


 あの場に居たら、きっと大変な事になっていただろう。




「斉藤だが……入っても良いか?」


 追いかけてきた斉藤サンが、部屋の前で尋ねる。


「あ……はい! どうぞ」


「少し……外に出ないか?」


「……はい」


 斉藤サンに促され屯所を出た。


 しばらく歩いただろうか。


 斉藤サンは私を気遣いながら歩幅を合わせて歩いてくれているので、歩きやすかった。


 しかし、京の街からどんどん離れていく様だ。


 暗い夜道に少し不安になる。



「もうすぐ着く。……それより、疲れていないか?」



 私の心を見抜いたかのように斉藤サンは声を掛けた。



「大丈夫です」



 と、一言だけ答えた。




「着いた」


 そこは以前、以蔵サンに連れて来られた丘だった。


 斉藤サンが腰を下ろすのを見て、私も隣に腰を下ろした。



「さて。……何があったか話してくれるか?」


「えっと……」



 私が煮え切らない返事をすると、斉藤サンは更に言った。



「前にも話したが……悩みは人に話した方が気持ちが楽になることもある。解決するかどうかは別として……だが」


「……本当に何でもないんです。夕げの席では驚かせてしまってすみませんっ!」



 斉藤サンは溜め息を一つつくと、私の肩を抱き自分に引き寄せると言った。



「……何でも無いような表情では無いんだがな」




 相談すべきか……



 このまま胸に仕舞い込むべきか……




 沈黙が訪れる。




「私……自分の気持ちが良く分からないんです」


 沈黙に耐えきれず口を開いた。


「そうか……それは、副長の事を言っているのか?」


 コクりと頷く。


「先程泣いていたのは……副長と何かあったからなのか?」



「いいえ。でも……昨日の、総司サンの話を聞いてから……私、変なんです。土方サンはモテるから……遊郭に行く必要がない……って。あの一言が妙に耳に残るんです!」



 私は途切れ途切れになりながらも、斎藤サンに説明した。



「今日、買い出しに行った帰りに土方サンと近藤サンに会ったんです。だから、三人で屯所に戻っていたんですけど……」



 必死に言葉を紡いでいたが、夕方の出来事になり話が止まってしまう。



「その時に……何かあったのか?」



 斎藤サンは静かに尋ねた。



「美女に呼び止められて……土方サンが先に帰っていてくれって。とても……その、親しそうで。屯所に戻ってからもずっと、その光景と昨日の総司サンの言葉が頭から離れなくて……」



 私は俯く。




「昨夜も……寝付けなかった。私、とにかく……苦しいんです」




「そうか」



 斉藤サンは私の頭を撫でると



「お前は、本当は自分でも気付いてるんじゃないのか?」



 と尋ねた。



「気付く?」



 私は思わず聞き返す。




「お前が副長を好いている……という事だ」




「そんな事……」



 何故だろうか?




 斎藤サンの問い掛けに、否定も肯定も出来なかった。



 自分でも本当は気付いていたのかもしれない。




 ただ、認めたく無かっただけなのかもしれない。




「でも……副長には女の人なんて……たくさん居る……から」



 涙を堪え、やっとの事で言葉にする。



「副長には特定の恋人は居なかったと記憶しているが……」


「……だって!」



 反論しようとするが、言葉が見付からない。



「確かに……副長は女性に言い寄られる事が多いが、今までそういった女性に真剣になる素振りは無かったな。それどころかあまり、興味が無いようにも思えたな」



 女性に興味が無い?



 それはそれで問題な気がするが……



 困惑の表情を浮かべていると、それを察したのか斉藤サンが慌てて付け加える。



「女性に興味がないと言ったのではない。副長にも好みがある……という話だ。誤解をするな」



 いつも冷静な斉藤サンが慌てる姿に、つい吹き出してしまった。



「やっと……笑ったな」



 斎藤サンは笑顔でそう言うと、最後に一言付け加えた。




「総司の言葉は気にするな」





 斉藤サンに話した事で、気分が少し晴れた様だ。


 屯所に帰り、自室に戻る。


「平助には適当に誤魔化しておこう。今夜は眠れそうか?」


「はい」



 と答えようとした瞬間



 部屋の襖が開く。




「斉藤……お前、何でこんな時間にこんなトコに居るんだ? ……お前ら、今まで何処に行ってやがったんだ?」



 そこには土方サンの姿があった。



 土方サンが怒っている事は、その表情からも一目瞭然だった。



「……別に」



 私が答えると



「お前にゃ聞いてねぇ……俺は斉藤に聞いたんだ!」



 と言い、斉藤に詰め寄る。



「……申し訳ありません」



 斉藤サンは静かに謝るが、その冷静さが火に油を注いだらしい。



「お前は質問の意味を理解していないようだな……俺は、何処に居たかと聞いたんだ」



 更に口調がきつくなる。




 私のせいだ……



 私のせいで、斉藤サンが……



 そう考えると申し訳なさで、居てもたっても居られず、つい口にしてしまった。



「土方サンだって……今まであの女性と遊んで来たんじゃないですか! 私が斉藤サンと出掛けようが、土方サンには関係ないでしょう?」



「何だそりゃあ……」



 土方サンは溜め息をつく。



「ありゃあ……仕事だ!」



「美女と楽しむのが仕事なんて……副長サンはうらやましいですね!」



 覆水、盆にかえらず。



 勢いでそこまで言ってしまい、ハッとする。



「何をどう勘違いしてるか知らねぇが……あれは島原に忍ばせてる間者だ。島原の芸妓として、不逞浪士の輩から情報を掴ませてんだよ!だから仕事だと言ったんだ」



 えーっ!?



 ナニソレ……



「……すまん。そういえば、その説明が不足していたな」


 斉藤サンは申し訳無さそうに小声で囁く。



「で? こんな時間にお前らは何してたんだ?」



「えっと……」



 言えない!



 絶対に言えるわけがない!



 本人を目の前にして……



「こいつが……」


 先に口を開いたのは斉藤サンだった。


「こいつが……元の時代の事を思って泣いていたので……気晴らしに散歩に出かけていました」



 斉藤サンは何とも微妙なフォローを入れた。



 その話を聞いた土方サンは少し考えると、斎藤サンに言う。



「そうか……知らなかったとはいえ、少しきつく言ってしまったな。……悪かった。斉藤……下がって良いぞ」



「失礼します」



 斉藤サンは部屋を後にした。




 残された私と土方サンに、しばしの沈黙が訪れる。



「元の……時代に帰りてぇのか?」



 私は、慌てて首を横に振る。



「隠さねぇで良い。泣くほど……なんだろうが」



「違っ……」



 そう言いかけて口を閉じる。



 本当の事を言わなくて済むように斉藤サンが気遣ってフォローしてくれたのだ。




 それなら……そういう事にしておこう。




「気付いてやれなくて……悪かったな。気晴らしならいつでも付き合ってやるから……遠慮しねぇで言やぁ良い」



 そう告げると、土方サンは自室へと戻って行った。



















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