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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第3章 治療薬 ― 医術の覚え ―
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長州


 今日も朝から隊務をこなす。


 山崎サンが戻るのは夜になるらしい。


 午前中、すべき事は全て終わらせ、午後からは買い出しに行こうと決めていた。


 さすがは新選組、日々の鍛練でさえも怪我人が多く、備品の在庫がすぐに無くなってしまう。


 買い出しは女中に頼めば良いと、土方サンには言われていたが、やはり自分で使うものは自分で選びたい。


 今日は土方サンも近藤サンと出掛けている。


 総司サンは巡察の様だ。


 門番の隊士に、買い出しに行くと告げると、土方サンに怒られるからと必死に止められた。


 門番の隊士は困っていたが、土方サンが戻る前に帰るからと、軽くかわして屯所を出た。


 一週間もあれば持ち前の適応力で、ある程度の道は覚えていた。



 あれと、これと、それと……



 必要な物を買い込んでいると、すっかり日は傾きかけており、私は帰り道を急ぐ。


 土方サンが戻る前に帰らなきゃ!


 門番の人が土方サンに怒られちゃう。



 島原の花街の前を通りかかる。



 既に遊女たちが見世に並んでいるようで、人の数も多い。


 人混みを避けて近道をしようとした時、ふと誰かに呼び止められた。



「おい!」



 反射的に振り返ると、着流しにキセルをくわえた姿の男が立っていた。


 知り合いでは無かったので、私に声を掛けているとは思わず、歩き出そうとしたが、私はいつの間にか着物の襟を掴まれていた。



「お前を呼んだのが聞こえなかったのか?」



 そう言うと、男はキセルをふかす。



「……人違いです」



 咄嗟に訳の分からない受け答えをしてしまった。


「人違いじゃねぇよ。俺ぁ……お前を呼んだんだ」


「私……貴方なんて知りません」


「クク……そりゃそうさな。お前とは初対面だからなぁ」



 何故呼び止められたのか全くわからない。



「……お前、俺の女になれや」



 初対面の人間に、突然意味がわからない事を言われ、私は驚きのあまり声が出ない。



「お前の事が気に入った。俺ぁ……気に入った物はすぐに手に入れないと気が済まないタチでなぁ……」



「無理です! 離して下さい!」



「何が不満だ?」



 この人どうかしてる!



 不満なんて有りすぎですよ……



 初対面で、何も知らない人の女になるとでも?



「……離して下さい!」



 睨みながら先程よりも強く言い放つ。



「思った通りの良い目だ……」



 そう言うと、男は私の顎を掴む。




「嫌だって言ってるでしょう?」



 目をそらさずに拒否した。



 どうやってこの男から離れようかと思ったその時



「高杉っ! こんな所に居たのか! ん? ……何だ、その娘は」



 一人の男が走って来た。



 高……杉?



 もしかして



 高杉晋作!?



 何をした人なのか良くわかんないけど……結核で死ぬ人だぁ!



 えーっ!?



 驚きのあまり、私の思考回路は停止する。



「もうじき、会合が始まる。今日の会合は別段大切なものだから遅れるなと言ったはずだが?」



 高杉サンは男を一瞥すると



「チッ。桂ぁ……おめぇのせいで興が削がれちまった」



 と呟き、私から手を離した。



「お前とはまた会うことになるだろうよ。……不思議とそんな気がする」



 そう言うと、花街へと消えていった。


 高杉サンにとり残された桂サンは私を気遣う。



「連れの者が済まない事をした」



 と、一言謝ると高杉を追いかけて行った。



 高杉晋作と桂小五郎



 歴史に名高い人物の二人に、同時に逢った事への驚きから、しばらくその場から離れられなかった。






「おい……お前、こんな所で何してやがんだ?」


 聞き覚えのある声に振り返る。


 そこには、あからさまに不機嫌そうな土方サンと、いつも通りの笑顔の近藤サンが立っていた。


「あの……備品の買い出しをしていました」


 そう言うと、土方サンは眉間にシワを寄せて言った。


「買い出しなんざ女中に頼めと言ったはずだが? ……どうしてお前はいつも、言い付けを守れねぇんだ!」


 明らかに怒っている。


「……すみません」


 小さく謝ると、近藤サンが優しく諭す。


「トシはなぁ……桜サンの事が心配で仕方がないんだよ。だから、あまり心配掛けるような事は控えてやってくれると嬉しいんだが……」


「……別に、心配なんざしちゃいねぇ!!」


 土方サンは訝しげな表情で呟いた。


「トシは素直じゃないなぁ」


 近藤サンは笑って言った。



「さて。屯所に戻ろうか?」


「はいっ!」



 三人で並び、屯所へと歩き始めた。



 しばらく行くと、不意に女性に声を掛けられた。



「土方はんっ!」



 女の私が見ても、うっとりする様な美女だ。


 土方サンは、美女の前で立ち止まる。


「近藤サン……悪ぃが、桜を連れて先に帰っていてくれ。俺ぁ用を済ませてから戻るわ。今夜はちょっとばかし遅くなるかもな」


 と告げた。



「そうか。では、先に戻るとしよう。行こうか、桜サン」



 私と近藤サンは、土方サンに言われた通り先に戻る事にした。




 土方サンと親しげに話す女性の姿に胸が痛む。




 帰り道、ふと近藤サンが私に話しかける。



「気になるかい?」



「……何の事ですか?」



 わざと、とぼけた。



「トシの事さ」



「……いえ。ただ、あんな方とお付き合いなさるとは、さすがは土方サンだなぁと思いました。とても……その、美人な方でしたので……」



 自分で言った言葉だが、チクリと胸にトゲが刺さる。



「ハハ……二人は似た者同士だなぁ」



 近藤サンは笑いながら言った。



「似た者同士? ……意味がよくわかりません」



 私は、俯きながら尋ねた。



「素直で無い所がそっくりだ!」



 近藤サンは、私の頭にポンっと手を乗せると、



「どういう関係なのか気になるなら……本人に聞くのが一番」



 と、付け加えた。



「そんな事できる訳がない!」



 などと反論することもできず……モヤモヤした気持ちのまま屯所に着いてしまった。






 屯所に帰るとすぐに、医務室に戻り備品の整理を行っていた。



 昨日の総司サンの言葉通りの事を、実際に目の当たりにしまったためか気分沈む。



 やっぱりモテるんだよね。



 ……しかも、あんなに綺麗な人。



 土方サンの隣に居ても、全く見劣りしなかったなぁ……。



 あの二人



 お似合い……だな。





 夕餉の時刻になっても、土方サンは戻らなかった。



 ぽかんと空いたその席を見ると、胸が締め付けられる。




「おっ! お前食わねぇの? んじゃ、もーらいっ!」


 食事にも手を付けず、上の空だった私のお膳から平助クンがおかずを横取りする。



「こら! 平助!」



 斉藤サンが平助クンの手を叩く。



「……悪ぃ」



 平助クンが謝り、その直後慌てる。



「お……おい! 何で泣いてんだよっ! 魚の煮付け……そんなに好きだったのか? ……ほんっと悪ぃ! もう絶対にしねぇから!」



「えっ……?」



 自分でも涙が出ている事に気付かなかった。



 それほど上の空だったのだろう。



「……っ。ち、違うの! 平助クンのせいじゃないのっっ!」



 微妙な空気に、居てもたっても居られず



「ごめんなさいっ!!」



 と言うと、私は部屋を飛び出した。



 平助クンが追いかけようとしたが



「いい。……俺が行こう」



 斉藤サンが平助クンを制止し、席を立った。


































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