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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第3章 治療薬 ― 医術の覚え ―
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紅葉狩り

 

 

 なんだかんだでやる事も多く、一日みっちり働いた今日のご褒美は



 紅葉狩り



 という名目の宴会



 屯所の庭の紅葉の木の周りに敷物を敷きご馳走や酒を運ぶなど、女中たちはとにかく忙しそうに宴の準備を整えていた。


 既に隊士たちは揃っている。


 土方さんや総司さんは隊務があるようで、少し遅れるらしい。


 キョロキョロと辺りを見回していると幹部達の居る席へと手招きで呼ばれ、私もともに腰を下ろした。


 暫くすると、近藤さんと雛菊さんが訪れる。


 近藤さんが乾杯の音頭をとり、盛大な宴が始まった。


 今日は……禁酒しよう。


 私は、心の中でそう呟く。


 雛菊さんは近藤さんの隣に座り、何やら楽しそうに談笑している。



 そんな二人の姿を横目に、私はぼんやりと考えを巡らせた。


 こんなに美人な雛菊さんが居ても、近藤さんは遊郭に行くんだもんなぁ。


 ……男の人って、よくわかんないや。


 何だか気が滅入ってしまった私は、深い溜め息をつく。



「おい、嬢ちゃん。そんなおっかない顔して溜め息なんかついて……悩み事か? お兄さんが一つ相談にのってやろうか?」



 酒瓶を片手に原田さんが私に声をかける。



「そうだぞ! 悩みがあるなら俺達に話してみなさい!」



 永倉さんはそう言うと、私の肩を抱いた。



「左之さんや、新ぱっつぁんに話しても何も解決しねぇや」



 ご馳走を頬張りながら、平助君が割って入る。



「解決するかどうかは置いておいて、悩みがあるなら人に話してしまった方が心が落ち着くこともある」



 斉藤さんは杯を煽りながら言った。



「悩み……ではないですが。素朴な疑問? ですかねぇ」


「おう! 何だ何だ? 何でも言ってみろ!」



 三人がやけに興味を示すので、私は思いきって聞いてみた。



「えっと……男の人ってどうして遊郭に行くんですか? ……好きな人が居ても、平気で行けるのは何故ですか?」



 そんな私の問い掛けに、永倉さんと原田さんは顔を見合わせると即答する。



「そこに遊郭があるからだっ!」



 いや……


 それ答えになってないし!


 私は思わず、心の中で小さく突っ込みを入れた。



「今の嬢ちゃんでも有りっちゃ有りだが……もう少し発育が良くなると尚良し! あと5年もすりゃあ最高だろうなぁ……」


「は……発育!?」



 今、原田さんにさりげなく失礼な事を言われたような……



「俺は嬢ちゃんは有りだな! まぁ……でも……下手打つと、土方さんが怖ぇからなぁ」


「な……何で土方さんが出てくるんですか!」



 名目上……だが、土方さんの小姓だからだろうか?


 永倉さんも土方さんが怖いのか……



「左之さんも新ぱっつぁんも、ホント節操ねぇなぁ」



 平助君はおもむろに私の手を取る。



「俺は一途だぜ! 桜が行くなって言うなら、島原も祇園も絶対に行かない。俺は約束は守る男だからな」


「えっと……」



 平助君の突然の言葉に、私はどう返答すべきか迷っていた。



「平助……桜が困っている」



 斉藤さんは平助君を私から離す。



「なんだよ。ハジメはノリが悪ぃなぁ……冗談に決まってんだろうが」



 平助君は、頭を掻きながら呟く。



「おーい、平助。嬢ちゃんに手ぇ出すと、土方さんに斬られるぞー」



 永倉さんと原田さんはからかうように言った。


 ここでまともな解答が得られるのは、きっと斉藤さんだけだろう。


 斉藤さんの隣に座り直すと、再度同じ質問を投げ掛けてみた。


「そうだな……俺は接待や隊の会合でしか行かないから、通う男の気持ちはよく分からないが……好いた女には格好をつけたいのが男だから、だろうか?」


「……仰っている意味がよくわからないです。そもそも、好きな人に格好をつけたいから他の女性のところに行くという理由は何ですか?」


「俺が思うに……好いた女には格好の良いところだけ見せたい……だから遊郭などで息抜きをするのだろう、ということだ」



 斉藤さんの言葉の意味を理解しようと少し考える。



「でも……好きな人が他の女性とそういう事をするのは……私は……嫌だな」



 斉藤さんはフッと笑うと、私の頭をそっと撫でた。



「心配しなくても、副長はめったに行かないぞ? 俺や総司のように、接待や会合の時に利用するくらいのものだ。あの人は、行っても酒を飲む位で……目的が済むとすぐに帰っている」


「な……なな、何でそこで土方さんが出てくるんですか!」


「ん? 違ったか? てっきり副長のことで思い悩んでいるのかと思ったのだが」



 私の反応を見て、斉藤さんは更に笑う。



「……俺には、互いに好いている様に見えるがな」


「ないです、ないです!」



 私が慌てて全力で否定すると、斉藤さんは笑いをこらえながら付け足した。



「副長は本当に真面目な人だ。お前なら……きっと気も合う思う」



 返す言葉に困っていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。



「おい、何の話だ?」


「ひ……ひひ、土方さん!?」


「何だ? その、化け物でも見たような面は?」



 不機嫌そうな土方さんは、眉間にくっきりと深いシワを寄せる。



「な……何でもないです!」



 そのやり取りを見ていた斉藤さんは笑いを必死にこらえているようだ。



「もう……僕抜きで先に盛り上がっちゃうなんて、みんな酷いや」



 総司さんは頬を膨らませながら、私と土方さんの間に割り込む。


 そんな総司さんに土方さんは訝しげな表情を見せた。



「ねぇねぇ! 何の話をしてたの?」


「えっとぉ……他愛もない話です!」


「えー!? 隠すなんて酷い! ハジメくんと内緒話とか……桜ちゃんってば、怪しい!」



 そんな総司さんの様子を見て、斉藤さんは面倒くさそうに口を開く。



「……遊郭の話だ。好いた女が居るのに、男は何故遊郭に行くのか? という桜の問いかけに対して、皆で話をしていた」


「なっ! ……お前は何て話をしてんだよ」



 土方さんは溜め息をつくと、杯を一気に飲み干した。



「ねぇ……それで、みんなは何て言ってたの?」



 総司さんが、興味深そうに尋ねる。



「原田さんや永倉さんは『そこに遊郭があるからだ!』と豪語していました。平助君は、相手の女性が行かないでと言えば絶対に行かないそうです」


「ふぅん、その回答はあの人達らしいや。そうだ……土方さんもこの質問に答えてみて下さいよ! どうして男はそこに行くのか? 僕はあの化粧臭さがどうにも馴染めなくて、妓楼は好きになれないんですよねぇ。だから、僕もその答えが知りたいな」


「……フンッ。知るか!」



 土方さんは私たちに背を向け酒を煽る。



「そっかぁ……土方さんは天性のモテ性ですもんね。わざわざそんな所で買わなくても済んじまいますもんねぇ。だから会合が終わるといつもすぐに帰っちゃうんですね? あぁ羨ましいなぁ」



 総司さんは嫌味たっぷりに言った。



 そうか。



 ……遊郭に行かなくても、別に構わない人もいるんだよね。



 総司さんの言葉にまた、チクリと胸が痛む。



「うるせぇよ! 総司、そういうお前こそどうなんだよ? 化粧臭いのが嫌だとか言いつついつもすぐに帰るが、お前こそそういう理由なんじゃねぇのか?」



 その一言に総司さんは突然私に抱き付くと、土方さんを牽制するかの様に言い放つ。



「そんなのは決まってますよ。僕には桜ちゃんが居るから、遊郭も町娘も全くもって必要無し、ですぜ!」



 まったく、この人は……一体どこまで本気なのだろうか?


 いつもいつも、平気でそういう事を言う総司さんの本心が全く読めない。


 土方さんは総司さんと私を一瞥すると、返事することなく杯に口を付けた。


 そんな土方さんの反応に、何故だか私の胸は締め付けられる様だった。



「おやおや、沖田君? いくら楽しい宴とはいえ、安易に女性に触れるのは頂けませんねぇ。節度を持って行動して頂きませんと、他の者に示しがつきませんよ?」



 あとから現れた山南さんが笑顔でたしなめる。


 山南さんの言葉に、納得のいかない顔をしつつも総司さんは私から離れた。


 

「おーい、総司! こっちに来い!」



 近藤さんが大声で総司さんを呼んでいる。


 総司さんが去ったお蔭でこの場が静かになり、私は少しだけホッとした。


 それでも今尚、胸はチクチク痛んでいる。



「すみません……宴の最中ですが、気分が優れませんので……お先に失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」



 これ以上此処に居たくはないと感じ、私はそっと山南さんに申し出た。



「気分が優れないとは、それは心配ですねぇ……こちらは結構ですから、早く部屋に戻りなさい。くれぐれも無理はなさらず、今夜はゆっくり休んでくださいね」



 優しい山南さんは私の体調を気にかけてくれ、自室へと戻ることを許可してくれた。


 許可が出たので早速部屋に戻ろうと立ち上がる。


 ずっと座っていたせいか足が痺れていた様で、私はその場でよろめいてしまった。


 咄嗟に土方さんに抱き止められる。



「何やってんだ! そんなに具合が悪ぃなら我慢してねぇで早く言え!」



 土方さんはそう言うと、私を横抱きにする。



「悪ぃけど俺ぁ先に抜ける。……後は適当にやってくれ」



 そう告げた土方さんと私は、宴の席を離れた。






「土方さんっ! 私は大丈夫ですから! あの……もう下ろしてください!」



 必死に無事を主張する。



「うるせぇ……良いからおとなしくしてやがれ! ぶっ倒れでもされたら、こっちが困るんだ!」



 土方さんはピシャリと言い、そのままの状態で私の部屋に向かう。


 途中で出くわした女中に布団を敷かせ、そこに私を寝かせると、土方さんはすぐ真横に腰を下ろした。



「具合が悪ぃなら早く言えよ……本当にお前って奴は……」



 土方さんは深く溜め息をついた。


 具合が悪いんじゃないんだけどなぁ……とも言えず、私はただただ素直に謝るしかできなかった。



「まぁ良い、今日はゆっくり休んで早く良くなれ。山崎も不在の今は、お前に何かあってもなにもしてやれねぇからなぁ……とにかく休んで、明日も具合が悪ぃようならそん時は山崎に診てもらえ」



 そう言い残し、土方さんは部屋を後にした。



 斉藤さんの言葉と、総司さんの言葉



 2つが交差する。



 総司さんの言葉を思い出す度、胸が締め付けられるのは何故だろう。



 土方さんは……私にしてくれている様に、無意識にみんなに優しくするんだろうな。


 

 ……だから、遊郭に行かなくても良い程モテるんだ。



 この日は中々寝付けず……随分と長い間、胸が苦しかった。











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