薬
この時代に来てから1週間程経っただろうか。
たった一週間なのに、思い起こせば本当に色々な事があった。
一番の出来事はやはり……
初めて人を斬られる所を見てしまった事。
これには流石に相当堪え……平和な現代とは違う事を痛感した。
そして、あれから……土方さんの計らいで私の希望通りに医務室が整備され、病気の隊士を隔離できるようになった。
医務室の両脇の部屋が病室となり、さながら小さな病院のようだ。
ここで、病気や怪我で臥せている隊士の看病を行いつつ、医学を学ぶ事が私の仕事となっていた。
「嬢ちゃん、居るかぁ?」
「あれ……皆さんお揃いで、どうしました?」
原田さんと永倉さんが、平助君を連れて来た。
「突然悪ぃな……実は、さっきの稽古で平助の奴が怪我しちまってよ。すまねぇが、ちっと手当てしてやってくんねぇか?」
その言葉に平助君に視線を移すと、彼はその左腕に裂傷を負っていた。
「……いってて。まったく、左之さん馬鹿力だからなぁ。怪我って言っても、いつもはこんなヘマはしねぇんだぜ? 言っておくが、今日はたまたまだからな!」
どうやら平助君は、原田さんと手合わせした際に強く弾かれ、その弾みで壁板の木で腕を切ってしまったらしい。
見たところ、出血は既に無く傷は深くはないようで縫合も要らないような程度だった。
患部をよく洗い流し、煮沸消毒済みの布を当て、手作りの包帯を巻く。
「はい……出来ました」
「おっ! 早ぇなぁ……手間ぁ取らせちまってすまなかったな」
処置が済んだ平助君は、肩を回しながらお礼を言う。
「いやぁ、やっぱ女の子にやってもらう方が良いねぇ。山崎が相手だと、色気も華もねぇからなぁ。あぁ……俺も嬢ちゃんに手当てしてもらいてぇなぁ」
「何言ってんだよ! 左之さんは腹ぁ切っても不死身なんだから、手当てなんて要らねぇだろうが?」
三人は、それもそうか……と豪快に笑うと医務室を後にした。
一瞬の出来事であったが、まるで嵐が訪れたかのように賑やかだった。
そんな嵐が去ったあとは、再び静寂がやってくる。
一人になると、教科書とにらめっこを始めた。
結核の薬……
イソニアジド、リファンピシン等がどうやって作られるのか……私には皆目検討も付かない。
分かっているのは、ストレプトマイシンは放線菌から作られるという事だけだ。
その菌は土壌に居る。
しかし此処には顕微鏡も無いのに、それをどうやって見付けたら良いのだろうか……
ましてやその菌から薬を作り出すなんて、今の私にはどう考えても不可能な話だ。
頭を悩ませながら、ノートを1ページまた1ページと捲る。
とあるページで、私の手が止まる。
これは、結核菌の講義の部分だ。
放線菌と書かれた隣に「ミミズ」の絵が描いてある。
この講義の記憶を必死に辿る……
「あっ!」
結核の薬の原料は放線菌。
放線菌は土壌に居る。
土壌に住むミミズは放線菌を多く含んでいる。
「民間療法は迷信が多いですが、中々侮れないんですよ」
そういえば……講師の医師が、結核の分野での余談として話していた。
「結核の薬がまだ無い頃、民間療法としてミミズを煎じて飲んだり、天日干しして粉末にして飲んだりしていたそうです。すると、しばらく服用していた者は結核の症状がなくなった……つまり、ミミズが結核菌に効いたという事です。何故効くかは、その当時は分からなかったでしょうが……とにかく、効いたのは事実です。今考えると、エビデンスに基づいた療法かもしれませんが……きっと、昔の人々は色々な物を試したのでしょうね。その中で、効果のある物をたまたま見つけたわけだ。そう考えると、民間療法というのも中々素晴らしいですよね?」
この講師は余談が多かったが、それもまた楽しみの一つであった。
そんな余談がまさに今役立つとは……講義はやはり真剣に聴くに越したことはない。
「同様に、ペニシリンの原料も青カビです。こちらも昔は、正月の餅に生えた青カビを、熱冷ましとして服用していたそうです。まぁ……青カビの場合は、病原性の高い他の菌も多く生息しているので、私はお勧めはしませんが」
こんな大切な事を、どうして今まで忘れて居たのだろう。
ミミズ……
これで治療した際に、抗結核薬のような副作用はでないのだろうか?
放線菌を直接取り入れるような事をして、本当に大丈夫なのだろうか?
どうしてもっと講師に質問しなかったのだろう。
してもどうにもならないが、後悔の念が渦巻く。
しかし
今はこれしか手立ては無い。
早く始めれば、6月の池田屋事件には完治するかもしれない。
そうと決まれば……まずは、山崎さんを探そうと思い部屋を出た。




