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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第29章 陶酔
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平助の想い

 

 

 トシを見送った私は、平助君に向き直る。


 相談に乗ると言っても……何をどう話せば良いのだろうか。


 この先の事……伊東さんや平助君の行く末を話すのも、内容が内容なだけに気が引ける。



 新選組に戻らなければ、死ぬよ。



 なんて、ハッキリ言う勇気は無い。


 でも……


 これは、天が私にくれた絶好の機会だ。


 今この瞬間を逃してしまえば、きっとこうやって平助君とゆっくり話す機会は無いかもしれない。


 私は拳をギュッと握り締め、ゆっくりと口を開いた。



「あのね……」


「あのさ……」



 やってしまった。


 本日、二度目だ。


 トシに引き続き、平助君とまで言葉がかぶってしまうとは……私は、何ともタイミングが悪い。



「何だよ……先に話せよ」


「えっと……平助君が先に話して」



 重苦しい雰囲気の中、私たちはしきりに譲り合う。


 しばらく譲り合いを続けた後、平助君は小さく溜息をつき、話し始めた。



「お前……案外、頑固だよな。益々、土方さんに似てきたな。……まぁ、良いや。譲り合ってたら、朝になっちまいそうだからな……俺から言うよ」


「う、うん……お願いします」


「桜は……さ。お前は、どう……思ってんだ? その……さっき、土方さんが言った事」



 途切れ途切れに話す平助君の様子に、先程のトシの言葉で動揺しているのが見て取れる。


 私は言葉を選びながら、慎重に答えた。



「そう……だね。私も……新選組のみんなが大事だし、家族のように思っているよ。勿論その中には、平助君も斎藤さん達も入ってる。その気持ちは、トシと同じかな? これまで伊東さんと一緒に行動してきて、伊東さんが好感の持てる人だって事も分かった。けど……本音を言えば、私も……平助君達には新選組に戻ってきて欲しいって思ってる」


「戻る……か」


「みんなそれぞれの思想や理念があるから、今まで通り伊東さんも新選組に戻るっていうのは、きっと無理なんだろうとは思うけど……だからといって、いがみ合う姿は……見たくないな。やっぱり、みんなが仲良く居続けて欲しいって思っちゃうんだよね。これって……そんなに、無理な事なのかな?」


「……っ」



 平助君は唇を噛み締め、何だか苦しそうな表情を浮かべている。


 その表情が、何故か気になった。


 平助君はきっと、大好きな二人の中で揺れ動いているのだろう。


 新選組も近藤さんも好きだけど、御陵衛士も伊東さんも好き……だからこそ、心を痛めているのだろう。


 私はそう思っていた。


 もう一押し……もう一押しだけしてみよう。



「伊東さんも近藤さんも、良い人だから……大好きな二人の間で挟まれて、戸惑うのは分かるよ。平助君が、伊東さんに付いて行かなくちゃいけない立場だったとはいえ……結果的に、近藤さんを裏切っちゃったんじゃないかって、気にしているんだよね? でもね……みんな、そんな事は気にしないよ? 試衛館の時からずっと……近藤さんや、皆の事を……変わらず大好きだって、思っているんでしょう? だったら……」


「お前……何も分かっちゃいねぇな」


「えっ!?」



 話の途中で、平助君は私の言葉を遮るように呟いた。


 何も……分かっていない?


 どういう……意味?



「この際だから、ハッキリ言う。俺は……新選組に戻るつもりは無い」


「分かってる。トシだって、今すぐに答えを出さなくても良いって言ってたじゃない。だから、少し考えてみて……」


「そんな事は十分考えた上なんだよ。その上で、新選組を離れたんだ!」


「それは立場上、仕方がなかったんでしょう? 伊東さんは師で……長い付き合いだから……」


「違う!」



 突然声を荒げた平助君に、私はビクッと肩を震わせる。



「わ……悪ぃ。お前は、知らねぇんだから……仕方ねぇよな。お前が来たのは、俺らが京に出て来てから暫く経った後……だもんな。怒鳴っちまって……悪かった」



 私が無言で首を横に振ると、それを見た平助君はフッと笑った。



「どっから話せば良いのか……分かんねぇなぁ……俺と伊東さんの話からするのが良いか。長くなるが……聞いてくれるか?」



 平助君の言葉に、私はコクりと頷いた。



「お前の言う通り、俺と伊東さんは長い付き合いだ。それは、間違っちゃいねぇさ。けどな……伊東さんを新選組に引き入れたのは……この俺だ。こっからは、俺の本音だ。土方さん達には黙っていてくれると約束できるなら……話す。桜……お前にだから、俺は話すんだ。俺は、お前を信用してる。だから……」


「分かった……トシ達には話さないって約束する。だから……全部、話してくれる?」



 平助君は、私を信用していると言ってくれている。


 それならば、私はその約束を守ろう。


 平助君の本音とは……一体、何なのだろうか?


 私は小さくため息をついた。



「俺は……さ。伊東さんに何度も会って、新選組への加盟を誘ったんだ。伊東さんは初めは乗り気じゃなくてさ。それでも、俺の頼みだからって言って、最終的には納得してくれたんだ。俺がどうして、こんなにも伊東さんに拘ったか……分かるか?」


「それは……やっぱり長い付き合いだし、気の知れた仲間だから……かな。それに、伊東さんは剣の腕もたつし……」



 私の答えに、平助君はゆっくりと首を横に振る。


 この答えは違うのだろうか?


 戸惑う私を見て、平助君は小さく笑った。



「皆はそう思っているだろうが……そりゃあ、建前だ。本音はさ……変えようと思ったからなんだよ」


「変えるって……何を?」



 私の問いに、平助君の表情は一瞬にして曇る。


 言いにくい事……なのだろうか?


 平助君は小さい溜め息を一つつくと、ゆっくりと口を開いた。



「新選組を……だよ」



 その意外な答えに、私は息を飲む。


 新選組を変えるとは、一体どういう意味だろうか?


 平助君は新選組に対して、何か不満でもあるのだろうか?


 私は、平助君の次なる言葉を待った。



「俺は……裏切り者だ。それは、俺が一番良く分かってる」


「裏切り者って……そんな……」


「何も言わねぇでくれ。それは、間違っちゃいねぇんだからな。近藤さんの事は嫌いじゃねぇ。恩義も感じている。……けどな、もう……付いて行けねぇんだよ。新選組は……俺が思い描くモノとはかけ離れちまった。俺の思想とは……何もかもが、違ぇんだよ」


「……思想」



 その後も平助君の話は続いたが、意外過ぎる言葉の数々に、私の心は漫ろだった。


 裏切り者だと自嘲したその言葉が、あまりにも当てはまりすぎている。


 謀反めいたその考えと行動に、平助君を説得する術など無いと……私は無力なのだと……そう悟り、唇を噛み締めた。






 平助君と別れ屯所に戻る頃には、既に辺りは明るくなりかけていた。


 部屋の前にたどり着くと、灯りが灯っている事に気づく。


 トシは……まだ、起きているのだろうか?


 私の帰りを待っていてくれる優しさは嬉しいが……平助君の本音を知ってしまった今、トシの前でどんな顔をすれば良いか分からない。


 部屋の前で立ち尽くしていると、突然襖が開いた。



「いつまでも、そんな所に居ると身体に障るぞ」



 私はトシに手を引かれ、部屋に入る。



「たいして寝られやしねぇが……少し寝ておけ」



 布団に引き込まれた私は、少し顔を上げ尋ねた。



「何も……聞かないの?」


「何か聞いて欲しいのか?」


「っ……そういう訳じゃないけど……」


「何も聞いて欲しくない……という顔をしてるからな。俺ぁ、何も聞かねぇさ。お前が聞いて欲しい話があるなら聞いてやるが……どうする?」


「……今日は、止めとく」



 私は無意識に、トシから視線を反らした。



「良いから、早く寝ろ」



 トシの懐に顔を埋めながらも、私は今夜の出来事を考えていた。


 平助君を新選組に戻すのは……不可能だ。


 悔しくも、そう痛感させられた。


 無力な自分が、本当に嫌になる。



 また、何も出来ないのだろうか?



 また、見殺しにするのだろうか?



 私は歴史の流れを知っているのに…………久坂さんや所さんの時のように、平助君達が死に逝くのを、ただただ傍観しているだけなのだろうか?



 頬を伝う涙をトシには悟られないよう、私は声を押し殺して泣いた。





 

 


 

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