平助の想い
トシを見送った私は、平助君に向き直る。
相談に乗ると言っても……何をどう話せば良いのだろうか。
この先の事……伊東さんや平助君の行く末を話すのも、内容が内容なだけに気が引ける。
新選組に戻らなければ、死ぬよ。
なんて、ハッキリ言う勇気は無い。
でも……
これは、天が私にくれた絶好の機会だ。
今この瞬間を逃してしまえば、きっとこうやって平助君とゆっくり話す機会は無いかもしれない。
私は拳をギュッと握り締め、ゆっくりと口を開いた。
「あのね……」
「あのさ……」
やってしまった。
本日、二度目だ。
トシに引き続き、平助君とまで言葉がかぶってしまうとは……私は、何ともタイミングが悪い。
「何だよ……先に話せよ」
「えっと……平助君が先に話して」
重苦しい雰囲気の中、私たちはしきりに譲り合う。
しばらく譲り合いを続けた後、平助君は小さく溜息をつき、話し始めた。
「お前……案外、頑固だよな。益々、土方さんに似てきたな。……まぁ、良いや。譲り合ってたら、朝になっちまいそうだからな……俺から言うよ」
「う、うん……お願いします」
「桜は……さ。お前は、どう……思ってんだ? その……さっき、土方さんが言った事」
途切れ途切れに話す平助君の様子に、先程のトシの言葉で動揺しているのが見て取れる。
私は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「そう……だね。私も……新選組のみんなが大事だし、家族のように思っているよ。勿論その中には、平助君も斎藤さん達も入ってる。その気持ちは、トシと同じかな? これまで伊東さんと一緒に行動してきて、伊東さんが好感の持てる人だって事も分かった。けど……本音を言えば、私も……平助君達には新選組に戻ってきて欲しいって思ってる」
「戻る……か」
「みんなそれぞれの思想や理念があるから、今まで通り伊東さんも新選組に戻るっていうのは、きっと無理なんだろうとは思うけど……だからといって、いがみ合う姿は……見たくないな。やっぱり、みんなが仲良く居続けて欲しいって思っちゃうんだよね。これって……そんなに、無理な事なのかな?」
「……っ」
平助君は唇を噛み締め、何だか苦しそうな表情を浮かべている。
その表情が、何故か気になった。
平助君はきっと、大好きな二人の中で揺れ動いているのだろう。
新選組も近藤さんも好きだけど、御陵衛士も伊東さんも好き……だからこそ、心を痛めているのだろう。
私はそう思っていた。
もう一押し……もう一押しだけしてみよう。
「伊東さんも近藤さんも、良い人だから……大好きな二人の間で挟まれて、戸惑うのは分かるよ。平助君が、伊東さんに付いて行かなくちゃいけない立場だったとはいえ……結果的に、近藤さんを裏切っちゃったんじゃないかって、気にしているんだよね? でもね……みんな、そんな事は気にしないよ? 試衛館の時からずっと……近藤さんや、皆の事を……変わらず大好きだって、思っているんでしょう? だったら……」
「お前……何も分かっちゃいねぇな」
「えっ!?」
話の途中で、平助君は私の言葉を遮るように呟いた。
何も……分かっていない?
どういう……意味?
「この際だから、ハッキリ言う。俺は……新選組に戻るつもりは無い」
「分かってる。トシだって、今すぐに答えを出さなくても良いって言ってたじゃない。だから、少し考えてみて……」
「そんな事は十分考えた上なんだよ。その上で、新選組を離れたんだ!」
「それは立場上、仕方がなかったんでしょう? 伊東さんは師で……長い付き合いだから……」
「違う!」
突然声を荒げた平助君に、私はビクッと肩を震わせる。
「わ……悪ぃ。お前は、知らねぇんだから……仕方ねぇよな。お前が来たのは、俺らが京に出て来てから暫く経った後……だもんな。怒鳴っちまって……悪かった」
私が無言で首を横に振ると、それを見た平助君はフッと笑った。
「どっから話せば良いのか……分かんねぇなぁ……俺と伊東さんの話からするのが良いか。長くなるが……聞いてくれるか?」
平助君の言葉に、私はコクりと頷いた。
「お前の言う通り、俺と伊東さんは長い付き合いだ。それは、間違っちゃいねぇさ。けどな……伊東さんを新選組に引き入れたのは……この俺だ。こっからは、俺の本音だ。土方さん達には黙っていてくれると約束できるなら……話す。桜……お前にだから、俺は話すんだ。俺は、お前を信用してる。だから……」
「分かった……トシ達には話さないって約束する。だから……全部、話してくれる?」
平助君は、私を信用していると言ってくれている。
それならば、私はその約束を守ろう。
平助君の本音とは……一体、何なのだろうか?
私は小さくため息をついた。
「俺は……さ。伊東さんに何度も会って、新選組への加盟を誘ったんだ。伊東さんは初めは乗り気じゃなくてさ。それでも、俺の頼みだからって言って、最終的には納得してくれたんだ。俺がどうして、こんなにも伊東さんに拘ったか……分かるか?」
「それは……やっぱり長い付き合いだし、気の知れた仲間だから……かな。それに、伊東さんは剣の腕もたつし……」
私の答えに、平助君はゆっくりと首を横に振る。
この答えは違うのだろうか?
戸惑う私を見て、平助君は小さく笑った。
「皆はそう思っているだろうが……そりゃあ、建前だ。本音はさ……変えようと思ったからなんだよ」
「変えるって……何を?」
私の問いに、平助君の表情は一瞬にして曇る。
言いにくい事……なのだろうか?
平助君は小さい溜め息を一つつくと、ゆっくりと口を開いた。
「新選組を……だよ」
その意外な答えに、私は息を飲む。
新選組を変えるとは、一体どういう意味だろうか?
平助君は新選組に対して、何か不満でもあるのだろうか?
私は、平助君の次なる言葉を待った。
「俺は……裏切り者だ。それは、俺が一番良く分かってる」
「裏切り者って……そんな……」
「何も言わねぇでくれ。それは、間違っちゃいねぇんだからな。近藤さんの事は嫌いじゃねぇ。恩義も感じている。……けどな、もう……付いて行けねぇんだよ。新選組は……俺が思い描くモノとはかけ離れちまった。俺の思想とは……何もかもが、違ぇんだよ」
「……思想」
その後も平助君の話は続いたが、意外過ぎる言葉の数々に、私の心は漫ろだった。
裏切り者だと自嘲したその言葉が、あまりにも当てはまりすぎている。
謀反めいたその考えと行動に、平助君を説得する術など無いと……私は無力なのだと……そう悟り、唇を噛み締めた。
平助君と別れ屯所に戻る頃には、既に辺りは明るくなりかけていた。
部屋の前にたどり着くと、灯りが灯っている事に気づく。
トシは……まだ、起きているのだろうか?
私の帰りを待っていてくれる優しさは嬉しいが……平助君の本音を知ってしまった今、トシの前でどんな顔をすれば良いか分からない。
部屋の前で立ち尽くしていると、突然襖が開いた。
「いつまでも、そんな所に居ると身体に障るぞ」
私はトシに手を引かれ、部屋に入る。
「たいして寝られやしねぇが……少し寝ておけ」
布団に引き込まれた私は、少し顔を上げ尋ねた。
「何も……聞かないの?」
「何か聞いて欲しいのか?」
「っ……そういう訳じゃないけど……」
「何も聞いて欲しくない……という顔をしてるからな。俺ぁ、何も聞かねぇさ。お前が聞いて欲しい話があるなら聞いてやるが……どうする?」
「……今日は、止めとく」
私は無意識に、トシから視線を反らした。
「良いから、早く寝ろ」
トシの懐に顔を埋めながらも、私は今夜の出来事を考えていた。
平助君を新選組に戻すのは……不可能だ。
悔しくも、そう痛感させられた。
無力な自分が、本当に嫌になる。
また、何も出来ないのだろうか?
また、見殺しにするのだろうか?
私は歴史の流れを知っているのに…………久坂さんや所さんの時のように、平助君達が死に逝くのを、ただただ傍観しているだけなのだろうか?
頬を伝う涙をトシには悟られないよう、私は声を押し殺して泣いた。




