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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第2章 新生活 ―非現実的な日常―
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白と黒

 

 

「総司さん……桜です。あの……入っても良いですか?」



 部屋の前にたった私は、おそるおそる尋ねるが返答が無い。


 皆は、総司さんが部屋に居ると言っていたのに……



 まさか……



 部屋で倒れているのだろうか?


 悪い方へと考え出してしまうと、ますます心配になる。



「総司さん! 大丈夫ですか? 入りますよ!?」



 そう言うや否や、私は襖を勢い良く開ける。


 中を確認するも、総司さんは部屋には居なかった。


 総司さんが倒れていない事が分かり、ほっと胸を撫で下ろす。



「なぁんだ……居ないのか……」



 また後で出直して来ようと思ったその時の事だった。



「誰が開けて良いって言ったの?」



 背後から低く冷たい声が聞こえた。


 突然後ろから声がした為、私は驚きのあまり反射的に部屋の中へと入ってしまう。


 総司さんは鋭い目付きで私を一瞥すると、再び尋ねた。



「ねぇ……誰が入って良いって言ったの? 勝手に人の部屋に入るなんて……君は随分と悪い子だね」


「そ……総司……さん?」



 いつもと違う総司さんの雰囲気と態度に、私の身体は強張る。


 総司さんはそのままの表情で、ゆっくりと私に近付いて来た。


 その張り詰めた空気に、私は思わず後ずさりしてしまう。



「総司……さん? どうしたんです……か? 勝手に入ってしまった事は……謝ります」



 総司さんは、怒っているのだろうか?


 だとしても、私は何か怒らせるような事をしただろうか?


 私はただ単に、部屋の襖を開けてしまっただけだ。


 それは、そんなに悪いことなのだろうか?


 気付けば背後は壁で、これ以上後ろには下がれない。


 横に避けようとした瞬間……


 総司さんに手首を掴まれる。



「総司……さん?」



 総司さんに呼び掛けるが……反応が無い。


 総司さんは能面のように冷たい表情で、私を見下ろしている。


 掴まれた力は強く、振りほどこうとするがびくともしない。


 暫しの沈黙の後、総司さんは口を開いた。



「ねぇ、僕の事……怖いと思っているんでしょう?」



 怖いだなんて……否定したいのに鋭い視線で見据えられ、思う様に上手く口を動かせない。


 返事の無い私に苛立ったのか、総司さんは更に力を強める。



「……痛っ」



 痛みに顔を歪ませるが、総司さんはそんな事にはお構い無しといった様子で更に尋ねる。



「ねぇ……答えなよ。本当は怖いと思っているんでしょう?」



 総司さんはどこか苦しそうに顔を歪ませた。


 その表情に、何故だか胸が締め付けられる。



「……い、怖く……ない!」



 私は声を振り絞った。



「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! そんな嘘なんて……要らないんだよ」



 総司さんは泣きそうな顔を隠すかの様に、私を強く抱き締めると同じ言葉を子供の様に何度も繰り返す。



「僕が愛でるものは、みんな僕から離れていくんだ……。みんな僕を怖がって……去っていく。ねぇ……君も……そう……なんでしょう? みんなと……同じなんだろう?」



 総司さんは、消え入りそうな声でどこか苦しそうに言った。



「昨日の……あんな姿。人を斬る姿なんて……君だけには……見せたくなかった……のに」



 泣いているのだろうか?


 表情は見えないが、総司さんは声を震わせている。



「あんな……姿を見たら……誰だって……僕を嫌いになるに決まってる! 恐ろしいって……鬼だって……」



 総司さんが私を抱き締める力が更に強まっていく。


 それは、声すら出せない程だった。



「君に……嫌われたくなかっ……たんだよ。僕は君を楽しませたかった……だけ……なのに……どうして……」



 総司さんの言葉にたまらなくなった私は、その声を遮るように口を開く。



「嫌ってなんかない! 確かに、初めて人が斬られるのを見て怖かったけど……総司さんは私を守ってくれたんです! だから……私は、総司さんの事、嫌ったりなんてしてません! 大丈夫ですから……私のことをもっと……信用してください。近藤さん達だって、総司さんから離れていかないではないですか。私だって……それと一緒です!」



 私は総司さんの背中を擦りながら、静かに告げた。



「……餡蜜、また食べに連れて行ってくれますよね? 一度きりにしてしまうのは勿体無い程、美味しかったんですから。甘いものなんて、総司さんとでなければ食べられませんからね」



 その言葉に総司さんは、私を少し離し尋ねる。



「本当……に?」


「本当です」



 総司さんは再び、私を抱き締めると安堵の表情を浮かべる。



「……良かった」



 その笑顔は、すっかりいつもの総司さんの表情に戻っていた。



「あ……ごめん」



 総司さんはようやく落ち着いたのか、一言だけ謝るとそっと私を離した。


 総司さんがいつもの笑顔に戻り、私はとにかく安心する。


 普段の、無邪気で優しい総司さん。


 昨日や先程のように、感情がないかのような冷酷な表情をする総司さん。


 全くの別人のようだ。


 白い総司さんと黒い総司さん。


 一体どちらが本物なのだろう……


 その後、総司さんとはいつもの様に他愛もない話をした。


 平助君達に、島原は素晴らしい……と散々自慢されたので、私も行きたかった……と言うと、総司さんは困ったような表情を浮かべていた。



「僕は島原の女なんかより、断然君の方が良いけどね」



 総司さんはいつも、本音だか冗談だか解らぬ事を平然と言う。



「もぅ……からかわないで下さい!」



 口を尖らせると、私たちは顔を見合わせて笑った。

























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