祝いの宴
夕餉時になり、隊の皆が続々と屋外に集まって来た。
新選組も大所帯となった為、外で宴を開くというのだ。
豪華な食事と隊士達の喜ばし気な表情……それとは相反して、隅の方で訝しげな表情を浮かべる者も居た。
それは勿論、ここの僧達だ。
新選組の者は何ら気にもしていない様子であったが、見られていると思うだけで何だか居心地が悪い。
僧達に声を掛けようか迷っていると、彼らはそそくさと屋内に入って行ってしまった。
「なぁに心気臭ぇ顔してんだよ。今日は祝いの宴だぜ? もっと嬉しそうな顔しねぇと、土方サンが悲しむぞ?」
原田サンは背後から私に声を掛けると、私の頭の上にポンと手を乗せた。
「そうは言っても……ですねぇ、やっぱりこんな所で宴だなんて……気が引けます。寺院の皆さん……気分を害されている様でしたので」
「嬢ちゃんは、相変わらず心配性だなぁ。だが……今日は特別だ。あちらさんも、きっと分かってくれるさ」
「……だと良いんですけどねぇ」
宴が始まり半刻もすれば皆は大いに盛り上がり、唯一の常識人であるはずの山南サンですら、他の皆と共にドンチャン騒ぎを繰り広げていた。
私はと言うと、苦情やお叱りを受けるのではないかとヒヤヒヤしながら、その様子を眺めていた。
「俺ぁそろそろ部屋に戻るわ。悪ぃが後は頼む」
「えっ? もう休むの?」
トシの言葉に耳を疑う。
何人か部屋へと戻った者も居たが、まだまだ宴が終わりそうな様子もない。
確かにトシもかなり飲んでいたが、まだ飲めそうな気がするだけに、不思議でならなかった。
「酔いが回ったんだよ。祝いの酒は格別だからな……つい、飲み過ぎちまったみてぇだ」
「じゃ……じゃあ、私も戻る!」
「いや……お前は来なくて良い。この調子だから、部屋に戻れねぇ程に飲む奴等が多いはずだ。お前は酔い潰れた馬鹿どもを介抱してやってくれ」
「うん……分かった」
トシを見送りながらも、私は何だか違和感を感じていた。
酔いが回ったというのは、多分……嘘だ。
何となくそう感じた。
トシが部屋に戻るのか気になった私は、宴の場をそっと抜けると、トシのあとを付けた。
部屋に戻ると言っていたトシは、炊事場に向かう。
何をするのかと思いきや、瓶から汲んだ水を一杯飲み干していた。
その姿を見るに、酔いが回ったというのは本当なのだろうか……と、感じる。
そのまま部屋へと入って行ったトシを見て、私は少し安心した。
やっぱり、私の勘は外れ……か。
宴の席に戻ろうとした時、部屋の襖が開いた。
咄嗟に私は陰に隠れる。
部屋から出て来たトシは着替えたようで、先程の着流しとは異なり、外出する時の様な出で立ちだ。
こんな時間に、一体何処へ?
疑惑と不安がつのる。
そうこうしている内に、トシは屯所の看板が掛かっている正門ではなく、裏門から出て行った。
足音に気を付け一定の間隔を保ちながら、私は必死にトシの背中を追った。
一体、何処に行くのだろうか?
島原や祇園の類いとは別の方角へ向かっている。
しばらく歩くと、トシは一軒の店の前で歩みを止めた。
ここは……小料理屋?
私は一度も行った事の無い店だ。
誰かと会うのだろうか?
気にはなるものの、さすがに店の中まで入ってしまうと、私の存在がトシにバレてしまう。
仕方なく屯所へと戻ろうと振り返った瞬間、背後に居た人物に、私は思わず声を上げてしまった。
「へっ……平助クン!?」
「さ……桜!? 何だ、お前も来たのかよ」
「私も来たって……どういう事?」
「そりゃ、俺の台詞だ。土方サンに指定された時刻にその場所に来てみりゃあ、お前が居たんだからな」
「トシに……呼ばれた?」
どうやら、平助クンはトシに呼ばれたらしい。
どうしてトシが、平助クンを呼び出したのだろうか?
ますます、訳が分からない。
私は首を傾げた。
「先日、珍しく土方サンから文が届いたんだよ。よく分かんねぇけどさ……俺に話があるらしい」
「そう……なんだ」
平助クンも訳が分からないようで、訝しげな表情を浮かべている。
「桜! ……何でお前が此処に居やがる!?」
トシの低い声に、私はゆっくりと振り返った。
私の目に移ったトシは、あからさまに不機嫌そうだ。
怒られる……
そう思った瞬間、ギュッと目蓋を閉じた。
「お前……俺を付けて来ていたのか。俺も信用されてねぇモンだな」
トシの悲しそうな声色に、私はゆっくりと目蓋を明ける。
「まぁ……俺もお前に嘘を吐いちまったのは悪かったな。付いてきちまったモンは、仕方ねぇよな……」
「えっ!?」
てっきり思い切り怒られると思っていた私は、その意外な言葉に戸惑う。
「悪ぃな、平助。という訳だ……コイツも……良いか?」
トシは申し訳なさそうに、平助クンに訪ねた。
「俺は別に構いませんよ。もとより、何の話かすら分かりませんしね」
「まぁ……話は中ですりゃあ良い」
その後、二言三言の言葉を交わすと、私とトシと平助クンの三人は、店の中へと入って行った。




