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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第29章 陶酔
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祝いの宴

 

 

 夕餉時になり、隊の皆が続々と屋外に集まって来た。


 新選組も大所帯となった為、外で宴を開くというのだ。


 豪華な食事と隊士達の喜ばし気な表情……それとは相反して、隅の方で訝しげな表情を浮かべる者も居た。


 それは勿論、ここの僧達だ。


 新選組の者は何ら気にもしていない様子であったが、見られていると思うだけで何だか居心地が悪い。


 僧達に声を掛けようか迷っていると、彼らはそそくさと屋内に入って行ってしまった。






「なぁに心気臭ぇ顔してんだよ。今日は祝いの宴だぜ? もっと嬉しそうな顔しねぇと、土方サンが悲しむぞ?」



 原田サンは背後から私に声を掛けると、私の頭の上にポンと手を乗せた。



「そうは言っても……ですねぇ、やっぱりこんな所で宴だなんて……気が引けます。寺院の皆さん……気分を害されている様でしたので」


「嬢ちゃんは、相変わらず心配性だなぁ。だが……今日は特別だ。あちらさんも、きっと分かってくれるさ」


「……だと良いんですけどねぇ」









 宴が始まり半刻もすれば皆は大いに盛り上がり、唯一の常識人であるはずの山南サンですら、他の皆と共にドンチャン騒ぎを繰り広げていた。


 私はと言うと、苦情やお叱りを受けるのではないかとヒヤヒヤしながら、その様子を眺めていた。



「俺ぁそろそろ部屋に戻るわ。悪ぃが後は頼む」


「えっ? もう休むの?」



 トシの言葉に耳を疑う。


 何人か部屋へと戻った者も居たが、まだまだ宴が終わりそうな様子もない。


 確かにトシもかなり飲んでいたが、まだ飲めそうな気がするだけに、不思議でならなかった。



「酔いが回ったんだよ。祝いの酒は格別だからな……つい、飲み過ぎちまったみてぇだ」


「じゃ……じゃあ、私も戻る!」


「いや……お前は来なくて良い。この調子だから、部屋に戻れねぇ程に飲む奴等が多いはずだ。お前は酔い潰れた馬鹿どもを介抱してやってくれ」


「うん……分かった」



 トシを見送りながらも、私は何だか違和感を感じていた。



 酔いが回ったというのは、多分……嘘だ。



 何となくそう感じた。


 トシが部屋に戻るのか気になった私は、宴の場をそっと抜けると、トシのあとを付けた。








 部屋に戻ると言っていたトシは、炊事場に向かう。


 何をするのかと思いきや、瓶から汲んだ水を一杯飲み干していた。


 その姿を見るに、酔いが回ったというのは本当なのだろうか……と、感じる。


 そのまま部屋へと入って行ったトシを見て、私は少し安心した。


 やっぱり、私の勘は外れ……か。


 宴の席に戻ろうとした時、部屋の襖が開いた。


 咄嗟に私は陰に隠れる。


 部屋から出て来たトシは着替えたようで、先程の着流しとは異なり、外出する時の様な出で立ちだ。



 こんな時間に、一体何処へ?



 疑惑と不安がつのる。


 そうこうしている内に、トシは屯所の看板が掛かっている正門ではなく、裏門から出て行った。







 足音に気を付け一定の間隔を保ちながら、私は必死にトシの背中を追った。



 一体、何処に行くのだろうか?



 島原や祇園の類いとは別の方角へ向かっている。






 しばらく歩くと、トシは一軒の店の前で歩みを止めた。


 ここは……小料理屋?


 私は一度も行った事の無い店だ。


 誰かと会うのだろうか?


 気にはなるものの、さすがに店の中まで入ってしまうと、私の存在がトシにバレてしまう。


 仕方なく屯所へと戻ろうと振り返った瞬間、背後に居た人物に、私は思わず声を上げてしまった。



「へっ……平助クン!?」


「さ……桜!? 何だ、お前も来たのかよ」


「私も来たって……どういう事?」


「そりゃ、俺の台詞だ。土方サンに指定された時刻にその場所に来てみりゃあ、お前が居たんだからな」 


「トシに……呼ばれた?」



 どうやら、平助クンはトシに呼ばれたらしい。


 どうしてトシが、平助クンを呼び出したのだろうか?


 ますます、訳が分からない。


 私は首を傾げた。



「先日、珍しく土方サンから文が届いたんだよ。よく分かんねぇけどさ……俺に話があるらしい」


「そう……なんだ」



 平助クンも訳が分からないようで、訝しげな表情を浮かべている。



「桜! ……何でお前が此処に居やがる!?」



 トシの低い声に、私はゆっくりと振り返った。


 私の目に移ったトシは、あからさまに不機嫌そうだ。



 怒られる……



 そう思った瞬間、ギュッと目蓋を閉じた。



「お前……俺を付けて来ていたのか。俺も信用されてねぇモンだな」



 トシの悲しそうな声色に、私はゆっくりと目蓋を明ける。



「まぁ……俺もお前に嘘を吐いちまったのは悪かったな。付いてきちまったモンは、仕方ねぇよな……」


「えっ!?」



 てっきり思い切り怒られると思っていた私は、その意外な言葉に戸惑う。



「悪ぃな、平助。という訳だ……コイツも……良いか?」



 トシは申し訳なさそうに、平助クンに訪ねた。



「俺は別に構いませんよ。もとより、何の話かすら分かりませんしね」


「まぁ……話は中ですりゃあ良い」 



 その後、二言三言の言葉を交わすと、私とトシと平助クンの三人は、店の中へと入って行った。

 

 

 

 

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