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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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紀州 ―後編―

 

 

 私と山南サンの話が終わりしばらくすると、湯に行っていたトシ達が戻ってくる。


 まるで諮ったかのように、絶妙なタイミングだ。



「ここの湯は如何でしたか?」


「中々良い湯だった。ここは珍しい事に、男風呂と女風呂に分かれてるんだな」


「そうですねぇ、私もそこがここの湯の良いところだと思います。やはり女性が居ると、些か気が引けてしまいますからね」


「いや……そういう訳じゃねぇさ。ただ、風呂でまで女に寄って来られるのは面倒だからな。その点、ここは煩わしくなくて良かった」



 トシは頭を掻きながら答えた。


 温泉でまで女の人に言い寄られるとは……入浴中に言い寄る女性達にも、トシのモテぶりにも逆に感心する。



「聞いてくださいよ、山南サン! 鉄ったら、風呂で泳ぐんですよ? 本当に躾がなっていなくて困りますよ」


「俺らの他に、客なんて居なかったんだから良いだろ? 誰にも迷惑掛けてねぇし!」


「僕が迷惑してたの! 今度、あんな事をしたら……お仕置きだよ?」


「わっ……悪かったって! もうしねぇよ」


「解れば宜しい!」



 総司サンと鉄クンのやり取りが、何だか微笑ましい。


 二人は本当に兄弟の様だ。


 なんだかんだ言っても、総司サンは鉄クンの面倒をしっかりみている。


 鉄クンも、総司サンを慕っている。



「さて……そろそろ夕餉ですね。実はね、ここの料理もまた格別なのですよ」



 山南サンがそう言うと同時に、部屋へと料理が運ばれてきた。


 流石は海沿いの街。


 海の幸で彩られた料理に、思わず笑みがこぼれた。


 山南サンとトシは、料理を肴にお酒を飲んでいる。


 他愛も無い話に花を咲かせながら、私達は楽しい夕餉の時間を過ごした。







「奴等……寝たのか?」


「うん。総司サンも鉄クンも、もうぐっすりだよ」


「鉄もガキだが、総司もまだまだガキだな。一緒んなって騒いでいやがる」



 山南サンと二人で飲み直していたトシは、笑いながら言った。



「ですが、私は安心しましたよ。沖田クンがああやって、心から笑っている姿を見られましたからね」


「そう……だな。それも、鉄が居るお蔭なのだろうな」


「総司サンって、どんな子だったの?」


「そうですねぇ……私は沖田クンの子供の頃は知りませんので、上手くは言い表せませんが、自分の本当の感情を表に出す事があまり得意で無かった様に感じましたね」


「一言で言うと、何を考えているのか分からねぇヤツだったな。いつも笑っているが……その笑顔が何だか嘘臭ぇ」


「嘘臭いって……」



 私は苦笑いを浮かべる。



「アイツの場合は、境遇も境遇だからな。あんな風に、ひねくれちまうんだろう?」


「境遇ねぇ……」



 確かに、まだ甘えたいような子供の時期に、他人の家で暮らさなければならないとなると、そのストレスは計り知れない程だろう。


 この時代の人達が妙に大人びているのは、幼少期に養子に出されたり、奉公に出される事が多かったからなのだろうか。


 そう考えると、何だか彼らが不憫に思えた。



「そんな難しい顔をしていないで、貴女も一杯如何ですか?」


「あっ……そうですね」


「……やめておけ。お前はことのほか、酒に弱ぇからな。酔いつぶれでもしたら、敵わねぇ」


「おやおや、そういう所は変わって居ないのですね。貴女も新選組に来た事とは、随分と変わった様に思えたのですが……」


「私、変わりましたか?」


「コイツが変わっただぁ? 生憎、何も変わっちゃ居ねぇさ」



 私もトシも、不思議そうな表情を浮かべる。



「そんな事はありませんよ。土方クンは彼女を毎日見ているから、気付かないのでしょう。私からすれば、土方クン……貴方も変わりましたよ?」


「私もトシも、変わった?」


「俺らがどう変わったのか、是非とも教えてもらいたいねぇ」



 その言葉に、山南サンは含み笑いを浮かべた。



「桜サンは、更に美しく成長しましたね。淑やかで聡明で、色香もあり……本当に素敵な女性になりました」


「そ……そんなぁ」


「ほう、随分と褒めるじゃねぇか? だが……コイツは俺のモンだ。アンタには、やれねぇなぁ」



 トシは私をグイっと引き寄せると、山南サンを牽制する。



「フフ……そんなつもりは、ありませんよ。美しく成長したので、土方クンと並んでも何ら遜色もない……と言いたかったのです。まさに、お似合いですね」


「そ……そうか、なら良い。今のは忘れてくれ」



 顔を赤らめながら、山南サンから視線を外すトシに、何だか可愛いと感じてしまう。


 山南サンも私と同じ感情を持ったのか、笑いをこらえていた。



「で? 俺は、どう変わったんだ?」


「そうですねぇ……より、人間らしくなった様に感じましたね」


「人間らしくだぁ? フン……俺ぁ、元より人間だ!」


「それは当たり前ですが……以前の貴方でしたら、この様に感情を露になどさせはしなかったでしょう? 女性を利用価値の有無でしか見ていない所もありましたしね」


「……っ」


「私は……そんな貴方が、大嫌いでした」



 山南サンは、深い溜め息をつく。



「ですが、今の貴方には……好感が持てます」


「アンタがそんな事を口にするなんざ、珍しいな。もう酔いが回ったのか?」


「フフ……そうかも、しれませんね。貴方が私を嫌っている事など分かっていますよ。ですが……」


「嫌ってなんか……ねぇさ。そりゃあ、山南サンの勘違いだ。俺ぁ、アンタの様に学がねぇ。だから、アンタの事は尊敬していたつもりだったのだがな?」


「そう……ですか。私はてっきり……」


「新選組も、山南サンの居た頃とは全く違う。かなりの大所帯になっちまった……だから」



 トシは杯を静かに置くと、山南サンの前で正座し頭を下げた。


 あまりに突然で意外な出来事に、私も山南サンも目を丸くさせる。



「頼む……新選組に戻って来ちゃくんねぇか? 俺と共に、近藤サンを支えてやって欲しい」


「ひ……土方クン」


「世の流れは、瞬く間に変わって行っちまっている。学のねぇ俺らには……アンタの頭脳が必要だ」


「頭を上げてください。新選組の副長ともあろう方が、そう簡単に頭を下げる物ではありませんよ?」


「俺の安い頭ぁ一つで、新選組や近藤サンの為になるならば……いくらでも、下げてやるさ」


「そういう所は、変わって居ないのですね」



 山南サンは、クスクスと笑う。



「言ったでしょう? 今の貴方は、好感が持てると……私はね、決めたのですよ」


「何をだ?」


「新選組に戻って、貴方を支えて行こうと……ね? 貴方は不器用ですからね」


「っ……そうか」


「組織に鬼は必要ですが、仏も必要でしょう?」


「俺が鬼で、アンタが仏か……悪かぁねぇ」



 二人は長年のわだかまりが解けたようで、今までに見た事の無いような表情をしていた。


 それはいつもの作り笑いではなく、本当に穏やかな表情だった。



「一つだけ……許可して頂きたい事があります」


「何だ?」


「明里を……めとろうと思っています」


「そうか……好きにすりゃあ良いさ。左之は屯所の側に家を借りて、そこから通って来ている。山南サンも、そうすりゃあ良い」



 トシの言葉に、山南サンはホッと胸を撫で下ろす。



「山南サン……おめでとうございます!」


「この年になって祝言を上げるなど……何だか気恥ずかしい気もしますね。ですが……ありがとう」



 照れ臭そうに言う山南サンの表情が、とても印象的だった。


 その後、しばらく二人はお酒を酌み交わし、深夜になってやっと部屋へと戻った。







「トシ……良かったね!」


「何がだ?」


「山南サンと、ちゃんと話ができて……色々な誤解が解けて」


「そう……だな。全部、お前のお蔭だな」



 そう言うや否や、トシは私を抱きしめる。



「あの時……山南サンに脱走されて、切腹させていたら……俺は、生涯悔やみ続けただろうよ」


「そうだね」


「山南サンも……試衛館からの仲間だからな……」


「そう……だね」



 上手い言葉が見付からず、ただ同意の言葉のみ呟く。


 懐から感じる温もりが、本当に心地良い。



「そう言やぁ……」


「な、何!?」


「いや、何でもない」



 言い掛けて止められてしまうと、余計に気になるのが人の性だ。


 言わないなら、はじめから口にしないで欲しいものだ。



「ねぇ……何を言いかけたの?」


「いや、本当に何でもねぇんだ……気にしねぇでくれ」


「気になるよ……気になりすぎて、眠れなくなっちゃいそうだもん」


「そんなに……気になるのか?」


「っ……うん」



 私はトシを見上げ、小さく頷いた。


 その瞬間、私の身体がふわりと宙に浮く。



「えっ!? 何?」


「言葉の続きを……知りたいのだろう?」



 不敵な笑みを浮かべるトシを見て、何となくその考えを察する。



「えっと……やっぱり良いよ! 今日は止めておく。ほら、隣の部屋には総司サン達も居るし……起こしちゃったら……」


「分かっているなら話は早い。起こさねぇようにすりゃあ良いさ」


「なっ!? そんなの、無理だってば……」


「何故だ?」


「そっ……そんなのは、自分で考えて!」



 顔を真っ赤にさせながら視線を外す私を見て、トシは大笑いする。



「こりゃあ、まだまだ……だな」


「どういう意味?」


「こんな反応をしている様じゃ、色香があるたぁ言えねぇな。山南サンの目も、案外節穴だって事だ」


「ひ……酷い」



 トシはひとしきり笑うと、私の頭を撫でる。



「残念だが……続きは、屯所に戻ってからだ。鉄はともかく、総司に見られたら面倒だからな」


「なっ!?」


「今度は……ガキ共は置いて来るとしよう」



 そう言ったトシは、私に軽く口付けると、そそくさと自分の布団に戻って行った。



 何だか振り回されてばかりいるような気がする……これが、年の差というものなのだろうか。



 その夜は、私はしばらくの間、寝付けずに居た。









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