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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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紀州 ―中編―

 

 

「此処が山南サンの滞在する宿かぁ……随分と高級そうですね」



 紀州に訪れた私達は、文に書かれていた宿を探し当てた。


 総司サンは宿を目の前にして、嬉しそうな顔をしている。



「山南サンらしいな。女が居る手前、見栄を張ってやがるんだろう? あの人は、やたらと金を貯め込んでいそうだからな」


「土方サンは貯めてないんですかぁ? そんなんじゃ、妻子を食わせていけないと思いますよ?」


「妻子って何だよ!」


「ほら、桜チャンと夫婦になって、子供が生まれて……」


「っ……総司!」


「土方サンが照れてる! いやぁ、やっぱり土方サンは良い顔しますねぇ」



 ケラケラと笑う総司サンの横で、トシは不機嫌そうな表情を浮かべている。



「なぁ……早く中に入ろうぜ?」


「そ……そうだな。鉄の言う通りだ。総司なんぞは置いてきゃあ良い。桜も……行くぞ」


「う……うん」


「あっ! 待って下さいよ。まったく……酷いなぁ」



 私達は、宿に入るなり女将に事情を話し、山南サンの部屋に向かった。







「随分と久しぶりだな……山南サン。変わり無さそうで何よりだ」


「おやおや、土方クンではありませんか。それに、桜サンや沖田クンまで……本当に久しいですねぇ」



 トシも山南サンも、とても嬉しそうだ。


 やはり、旧知の仲なだけある。



「そこの少年は……どなたです?」


「あぁ、これですか? これは市村鉄之助、最近入隊した者ですよ」


「新選組は……かような少年に戦わせる程、人手が無いのでしょうか?」


「嫌ですねぇ、山南サン。鉄はどうしても入隊したいって聞かなくてね……仕方が無いから、僕の小姓として置いてあげているんですよ」


「そうでしたか……沖田クンの小姓なら、安心ですね」



 ふわりと優しく微笑む山南サンに、何だか懐かしさを感じた。


 この癒される様な笑顔が、近い内にまた毎日見られるようになると考えると、やはり嬉しい。


 色々と大変な時期だからこそ、癒し要員は重要だ。



「長旅で疲れたでしょう。今宵は、ゆっくりと羽を伸ばして下さいね。夕餉には、地酒を用意して頂きましょう」


「ありがとうございます。あの……温泉は……」


「そうでしたね。ここにいらしたなら、湯も楽しみの一つですよね。桜サンは、明里と行ってくると良い」


「はい!」



 私は笑顔を浮かべると、立ち上がった。



「あっ。そうだ……鉄クンも一緒に、お風呂行く?」


「お……俺!?」



 私は何気なく、鉄クンを誘う。



「お……お前! 何て事を言ってやがる」


「えっ? どうしてトシが怒るの?」


「どうしてって……コイツは男だぞ?」


「そうかもしれないけど、まだ幼いもの……何も問題なんてないよ。それに、ここも混浴なんでしょう?」



 トシの制止も聞かず、私は鉄クンに手を伸ばした。


 鉄クンはその手を反射的に取る。



「鉄……お前は、こっちだよ」



 立ち上がろうとする鉄クンを、総司サンが笑顔で抱えた。



「そ……総司! 何しやがんだよ!」


「お前……いい加減にしなよ? こんな時ばかり子供ぶりやがって。お前は、僕や土方サンと入るんだ!」


「っ……総司は、俺が羨ましいんだろう? だから怒ってるんだ」


「怒ってない!」


「怒ってる!」



 鉄クンは、総司サンに抱えられたまま睨み合っている。



「フフ……試衛館では皆の弟分だった沖田クンが、今や誰かの面倒を見る側になるなんてね。月日が経つのは、本当に早いですね」


「まったくだ……総司も、ちったぁ成長したって事かねぇ」



 山南サンとトシは、笑みを浮かべた。


 その後、私と明里サンは共に温泉へと向かった。


 ここの温泉は、どうやら混浴では無かったらしい。


 海が見える絶景の温泉で、解放感を満喫する。


 明里サンはおとなしい人なのか、私と言葉を買わす事はほとんど無かった。






「ただ今戻りました」


「湯はどうでしたか?」


「景色も良くて、本当に良い温泉でした。……あれ? トシたちは?」


「三人とも、湯に行きましたよ。それより、少しだけ話しませんか?」


「あ……はい。是非」



 山南サンの言葉に、明里サンは静かに部屋を出て行った。



「あの、明里サンは……」


「明里の事は、お気になさらないで下さい。彼女は本当に気の利く方でしてね……気を遣って退室したのでしょう」


「そうですか……本当に、山南サンにお似合いの方ですね」


「ありがとうございます」



 照れ臭そうにはにかむ山南サンの姿に、思わず顔が緩む。



「話というのはね、まずは礼を言いたかったのです。貴女のお蔭で、私は新選組について考える時間が持てました」


「考える……とは?」


「そうですねぇ。私があのまま新選組に居たとしたら……きっと、試衛館から共に過ごしてきた仲間を嫌いになってしまっていたでしょう」


「……っ」


「土方クンだけでなく、局長や……もしかしたら、沖田クンまでもを嫌いになってしまっていたかもしれません」



 山南サンは窓の外を眺める。



「屯所を離れてから、色々と考えました。土方クンや局長の事。新選組を離れるべきか、戻るべきか……そして、私は結論を出したのです」


「結……論」


「土方クンのしてきた事は、純粋に新選組や局長を想っての事なのでしょう。彼が私達を蔑ろにしたと感じていましたが、試衛館での事を思い出したのですよ」


「どういう意味ですか?」


「土方クンはね……私達を欺ける程、器用な男ではないという事ですよ。彼が私利私欲の為に、私達を利用したりする人間ではない。私は怒り任せに、そんな単純な事すら……忘れていました。彼はきっと、ただ単に必死だったのでしょう。局長や新選組を守る為に……」



 山南サンは、私に真剣な表情を向ける。



「変わってしまったのは土方クンではなく、私の方でした。彼は今も昔も、局長の事しか考えていない。そんな事は分かりきっていたのに……私は彼を一方的に疑ってしまった」


「山南……サン」


「私は彼を支えなければならない立場であった筈なのに……何とも情けない話です」




 私は思わず、悲しそうな顔をする山南サンの手を取った。



「山南サン……戻って来て下さい。今、新選組は大変な時期に直面しています。私も今は、日々を新選組以外の所で過ごして居ます。山南サンがトシを支えて下さるなら……きっと……」


「大変な時期とは、どういう意味ですか?」



 山南サンは、不思議そうな顔をしている。


 そんな山南サンに、新選組のその後を全て話した。


 今、大変な事と言うのはやはり、伊東サンや御陵衛士……そして、平助クンの事だ。



「そう……でしたか。私が不在の間、色々な事があったのですね。貴女にも、苦労を掛けてしまいましたね」


「苦労なんて……そんな」


「私の結論を最後まで聞いて頂けますか?」



 私は、返事の代わりにコクりと頷いた。



「私はね……新選組に戻ろうと思います。私に出来る事など、たいした事ではないでしょう。ですが……今度こそ、土方クンや局長を支えられる人間になりたい」


「山南……サン」


「やはり、新選組は……私にとっても、家族のような物ですからね」


「私も……家族と思っても良いですか?」


「勿論ですよ。貴女も、大切な家族ですね」



 私達は、顔を見合わせ微笑んだ。













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