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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第28章 御陵衛士
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交渉

 


 

「いやぁ……まっこと申し訳なか。前の会合が中々抜けられんかったがじゃ」



 部屋でしばらく待っていると、中岡サンがやって来た。



「お忙しいところ、本当に申し訳ありませんでした。さぁさ、こちらへどうぞ」



 伊東サンは中岡サンの姿を見るなり、立ち上がる。


 いつもの様に、丁寧な対応で彼を招き入れた。



「ん?」



 中岡サンは部屋に入るなり、私に目を留める。



「お……おまんは確か……」


「お久し振りです。その節は、本当にお世話になりました」


「ほうか、ほうか……生きちょったか! おりょうの身代わりに、奉行所に捕まったち聞いたき……わしゃ、てっきり」


「龍馬サンからは伺っていませんでしたか? 私、おりょうサンに文を出したのですが……」


「薩摩の一件以来、龍馬とは会っちょらんくてのう」


「そうでしたか……では、伊東サンとのお話が終わりましたら、少しだけお時間を頂けますか?」


「ほいたら話が終わるまで、ちくっと待っとおせ」



 私は、コクりと頷いた。


 中岡サンは腰を下ろすと、伊東サンと向き合う。



「伊東サンち言うたがかえ? おまんは、新選組じゃそうじゃのぅ? 幕府のモンが、わしらに何ぞ用があるねや?」


「お言葉ですが……私は新選組ではありませんよ。勿論、彼女もです」


「どういう事じゃ? おまんの事は知らんが……桜サンは新選組じゃち聞いたき」


「私達はね……新選組を離脱したのです」


「どういて!?」


「思想が異なるから……ですよ」



 伊東サンの言葉に、中岡サンは眉をひそめる。



「新選組は会津……いえ、幕府に依存しきっています。しかし、徳川の世はそう長くは続かないでしょう。それに……」


「それに?」


「私は水戸学を学んで以来、今まで変わらず勤皇こそ最善と考えています。残念ながら、新選組を変えることは叶いませんでしたが……私は天子様の為にこそ、この身を尽くしたいのです」


「ほうか……けんど新選組じゃったおまんの話を、すぐに信じる事は出来んがじゃ。わしらは今や追われる身、これが罠とも限らんきに」



 中岡サンは、難しい顔をしている。



「そんな事は分かっています。ですから、すぐに信じて頂けなくても構いません。私の行動を見て、判断して頂きたいのです」


「……おんしの狙いは何じゃ?」


「狙い……ですか? そうですねぇ……勤皇の同志として認めて頂く事。それと……坂本龍馬サンとお話させて頂く機会を得る事でしょうかね」


「龍馬じゃと? 龍馬に会うてどうするがじゃ?」


「坂本龍馬サンといえば、中岡サンと共に薩摩と長州を取り成し結びつけた方。私にも学ぶべき事が多いと感じているからですよ」


「どういて、ほがぁな事をおんしが知っちょる?」


「多少は、調べさせて頂きましたからね」


「言うちゃあ悪ぃが……おんしは何を考えちゅうのか読めん男じゃ」


「おやおや……それは、心外ですねぇ」



 伊東サンは、残念そうな表情を浮かべると、溜息を一つついた。



「正直言うて……おんしの事は、今はまだ信用こたわん。けんど、桜サンの顔に免じて……龍馬にゃ伝えておいてやるき。きっと……龍馬もおりょうも、桜サンに逢いたがっちゅうろうからな」


「わ……私、ですか?」


「ほうじゃ。何も知らん奴の事は信じられんでも、おまんの事は信用するきに。なんせ、しばらく行動を共にしよったからな。おんしが、わしらぁを罠にかけるようにゃ思えんがじゃ」


「そう……ですか」



 私は、小さく微笑んだ。



「ほいたら、この話はこの辺で終わりにしとおせ。わしゃあ桜サンの話が聞きたいがやき、彼女をちっくと借りていきゆうよ?」


「ええ、構いませんよ。それでしたら、私は部屋の外でお待ちして居ります。どうぞ、ごゆっくり……」



 伊東サンは中岡サンに笑顔を向け、部屋を後にした。



 部屋に残された私は、中岡サンにこれまでの事を全て話した。


 おりょうサンと別れてからの事。


 新選組に戻った後、伊東サンの御陵衛士に加盟した事。


 そして……


 今後の事。



 私が龍馬サンや中岡サンを救いたいと話した時は、さすがに中岡サンも驚いていた。


 アーネストさんの助けを借りるという計画に、中岡サンは難色を示していたが、時間を掛けて説き伏せた。


 二人が近江屋で暗殺される事無く生き続けていたら、世界はきっと……もっと素敵なものになる。


 私には、そう思えて仕方が無かった。



「こん国で、すべき事を全て終わらせよったら……わしらぁは、異国を飛びまう事にしゆうぜよ」



 私と別れる間際、中岡サンは目を輝かせながら言った。


 その姿を見て、何だか安心する。


 私の思いは、しっかりと伝わったのだろう。


 

「ほいたら……次は、龍馬も連れて来るがぜよ。けんどまぁ……あの男にゃ、まだ何ちゃあじゃ言いなやいとおせ」


「どうして、伊東サンには言っては駄目なのですか?」


「特に理由は無いけんど、さっきはああ言うてしもうたからなぁ……土佐のモンはすぐに意見を変えるち思われたくないがじゃ」



 中岡サンは、何だか気恥ずかしそうに言った。



「わかりました……お約束します。ですから、中岡サンも約束して下さいね? 近い内にまた、必ずお逢いすると……」


「勿論じゃ。おまんも、元気でやっとおせ」


「はい……それでは、また」



 中岡サンに会釈すると、私も部屋を出た。



 その後は、伊東サンに送られながら新選組の屯所に戻る。



 今日の事をすぐさまトシに報告すべきか迷ったが、止めておいた。



 中途半端な情報は、混乱させてしまうだけだ。



 今は……伊東サンという人物を、私がしっかりと見極める事こそが必要なのだろう。




 伊東サンは、一般的に言われている通り、新選組にとって仇成す存在なのか?


 

 彼は、油小路の事件で死ぬべき人なのか?



 それとも助けるべき人なのか?




 伊東サンの行動や人柄をしばらく観察し、その上で私なりの結論を出したい。



 本当に、伊東サンらが近藤サンの暗殺を企てたのかも含めて……伊東サンや御陵衛士の皆の全てを見ていきたい。



 先入観などは抜きにして……









 



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