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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第28章 御陵衛士
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会合



 私が御陵衛士に潜入して早数日。


 隊内ではいまだに私に対する風当たりはキツい。



 どうして新選組から通っているのか?


 間違いなく間者だろう。


 伊東サンは何故そんな者を隊内に置くのか?



 そんな声が、どこからとなく聞こえてくる。


 だが……実際の間者は斉藤サンであって、私ではない。


 私は、斉藤サンをカモフラージュする為にのみ存在しているのだ。


 覚悟はしていたとはいえ、なんだか胃が痛くなりそうな毎日だ。


 そんな時、決まって私を気遣い、庇ってくれたのは加納サンだった。


 トシとの約束で斎藤サンには頼れないし、平助クンも伊東サンに付いて飛び回る日々を送っている。


 まともに話が出来る人が全く居ない中で、加納サンの様な存在は貴重だ。






「桜サン……少し宜しいですか?」



 珍しく屯所に居た伊東サンに、声を掛けられる。



「何か御用ですか?」


「実はね……今宵は大切な方との会合がありましてね、是非とも貴女に同行して頂きたいのです」


「会合……ですか? 折角のお誘いですが、私などがご一緒しても宜しいものなのでしょうか?」



 私は思わず尋ねた。



「勿論ですよ。今宵の相手は土佐の方。貴女にも是非ともいらして頂きたい」


「……私には、伊東サンが何を考えているのかが分かりません。大切な会合に、私を同席させるなど……正気の沙汰とは思えません」


「そうでしょうか? 私はね、貴女がこの隊内での事を土方サンに話している事など、初めから分かっていて、貴女を迎え入れているのです。土方サンも貴女も、そのつもりで此処に居るのでしょう? ですから、気にする事など何もありません。むしろ、貴女には全てを見て頂こうと思っているのですよ」


「全て……筒抜けでも良いと仰るのですか?」


「その通りです。貴女は堂々と、土方サンの間者として働けば良い。貴女が望むのであれば……どんな会合にでも、連れて行きますよ? その代わり……此処の者達にも、医術を教えて頂きたい」


「堂々とって……」



 伊東サンの可笑しな発言に、私は思わず吹き出した。



「フフ……やっと、笑ってくれましたね」


「あっ……」


「此処に来てからの貴女は、ずっと気難しそうな表情をしていました。それでは、他の隊士たちも近付こうとはしませんよ? 貴女には硬い表情よりも、笑顔が似合うのですから……そんなに気を張らず、もう少し肩の力を抜いては如何ですか?」



 そう言われてみれば、新選組に居た時とは比較にならない程、此処では笑っていないかもしれない。


 周りが私を警戒しているのも勿論だが、私自身も周りとの間に壁を作ってしまっていたのだろう。


 伊東サンの言葉は、妙にすんなりと私の心に届いた。



「そう……ですね。確かに、伊東サンの仰る通りですね」


「素直に人の意見を聞ける所は、貴女の美点です。今からでも遅くはありません。貴女がほんの少しだけ変われば、きっと隊士達もじきに心を開きますよ。何せ、貴女は間者という大切な任務がありますからね。それには、まずは皆を信用させる事が先決でしょう?」


「フフ……伊東サンは不思議な方ですね。間者と分かっていて、私を受け入れるなんて……」


「前にも言いましたが、私は純粋に貴女を気に入っているのです。美しいだけでなく聡明さも兼ね備えている。そんな貴女を一時とはいえ、傍らに置けるのですから……内部事情くらいは、くれてやりますよ」



 そう言って笑う伊東サンにつられ、私まで一緒になって笑う。


 此処に来て、こんなに笑ったのは初めてだ。


 御陵衛士についての史実を断片的にしか知らない私は、伊東サンは嫌な人だと初めから決め付けていた。


 だが……


 本当は違うのかもしれない。


 新選組が好きな私は、新選組目線でしか物事を見ては居なかったが、実際は伊東サンも御陵衛士のみんなも、良い人なのではないか?


 そんな疑問が、頭をよぎる。


 伊東一派というだけで何となく皆を毛嫌いしていたが、加納サンなどは本当に好感の持てる人だった。



 もう少し、彼らを知りたい。



 それは間者としてではなく、私の純粋な好奇心から来る感情だった。






 夜になり、私は伊東サンと出掛ける。


 隊士達は護衛を申し出ていたが、何故だか伊東サンはそれを断った。


 二人で薄暗い道を歩く。


「どうして、護衛をお断りしたのですか?」



 私は不意に尋ねた。



「そんなのは決まっているでしょう? 貴女と出掛けるのに護衛を伴うなど、無粋だからですよ」


「伊東サンはご冗談ばかり仰いますね。何が本心か、私には分かりません」


「そうですか? 私の言葉は、全て本心のつもりなんですけどねぇ……。それに、私とて多少は剣術が使えるつもりです。いざとなれば貴女の事は、この身を挺してでもお護りしますよ」


「間者なのに……ですか? ますます、奇特な方ですね」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」



 そんな話をしている間にも、今宵の目的地に到着する。



「そういえば……土佐のどなたと、お会いするのです?」


「あぁ、すみませんね。大切な事を話していませんでしたね。今宵の相手は、土佐藩の中岡慎太郎サンという方です。まぁ……最も、彼は随分前に脱藩されているそうですがね」


「なっ……中岡サン!?」



 私は思わず大声を上げてしまう。



「おや? お知り合いでしたか……貴女の顔の広さは、尊敬に値しますねぇ。ですが、新選組である貴女が何故、彼を見知っているのでしょう? 私には、そこが気になります」


「それは……以前、新選組を出されて行き場をなくしていたところを、中岡サンに助けて頂いたのです。親切にも彼は、馴染みの宿を紹介して下さりました。中岡サンとの付き合いは、それだけです」


「そうでしたか……まぁ、貴女が顔見知りであるならば逆に好都合ですね。相手も警戒しないでしょう。さて……そろそろ約束のお時間です。中に入りましょう」



 伊東サンの言葉に、私達は店の暖簾をくぐった。



 中岡サンと会うのは、あの日の一件以来だ。



 彼には、個人的に色々と聞きたい事がある。



 私の方こそ、何という好都合だろう。



 店の主人に通された部屋で中岡サンを待つ間、私はそんな事を考えていた。


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