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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第28章 御陵衛士
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発足祝い



 御陵衛士のみんなが引っ越して行ったその日の夜。


 私も彼らの祝いの酒宴に参加する為、角屋へと足を運んだ。


 きっと、私は歓迎されない身。


 だが……全てはトシの為。


 そして、平助クンを救う為。


 そう自分に言い聞かせると、意を決して角屋の暖簾をくぐった。


 見世の主人に告げると、すぐに広間へと通される。


 私は小さく深呼吸し、襖を開けた。






 その瞬間、その場に居た皆の視線が私に集まる。


 その表情から、私が歓迎されて居ない事は間違いなかった。


 どうして此処に居るのかとでも言いたそうな顔をしている。


 覚悟していたとは言え、何だか居心地が悪い。


 それは、襖を再び閉じたくなる程であった。



「これは、これは……桜サン。よく、お出で下さいました。貴女の御英断に感謝致しますよ。さぁ、こちらへ」



 私の姿を見るなり、伊東サンが歩み寄る。


 嘘臭い笑顔に、丁寧過ぎる程の対応……そして、馴れ馴れしく私の肩にかける手。


 その全てが鼻につく。


 そんな本心を悟られまいと、私は無理に笑顔を作った。






 酒宴が始まると、みんなは大いに騒いでいた。


 私の存在など、お酒が入ってしまえばどうでも良いかの様で、先程までの雰囲気は消え去っている。



「私の隣では、興が乗りませんか?」



 伊東サンは私の髪に触れながら尋ねた。


「そんな事は……ありませんよ」


 私は、伊東サンと視線を合わせずに答える。


「そうですか……。私は浮かれているんですよ。貴女には、そうは見えませんか?」


「浮かれている?」


「貴女が私の手の届くところに……自分から来て下さいましたからね」



 伊東サンは相変わらず何を考えているのか分からない。


 何が本音で、何が嘘なのか……


 私に見極める事は出来るのだろうか?


 どうしたら、トシの役に立てるのか?


 私は必死に考える。



「そんな怖い顔をしないで下さい。貴女を無理にどうこうしようなどという無粋な真似はしませんよ。最も……貴女が自分から私の元に来ると言うならば、喜んでお受けしますがね?」


「伊東サンは冗談がお上手ですね? 私が此処に来たのは、興味があったから……ですよ」


「興味とは?」



 伊東サンは杯を片手に、口角を上げる。



「貴方は私が必ず此処に加わると仰いました。その理由と、私を引き抜いた真意が知りたかったのです」


「貴女も面白い事を仰いますね。理由など、貴女の医術が価値あるものだと判断したからに過ぎません。御陵衛士は御陵を護るお役目……不逞浪士の急襲の危険も無いわけではありませんからね」


「そういう事にしておいてあげますよ……今はね」


「貴女も疑り深い人だ。ですが……少しずつでも歩み寄れたら嬉しいですね。折角の同志……ですからね」



 どうでも良いが、伊東サンはどうにも馴れ馴れし過ぎる。


 その手を振りほどきたかったが、この場のみんなにこれ以上疑われるのは御免だ。


 私は必死に感情を押し殺していた。


 きっと、伊東サンはそんな私の心など見透かしているのだろう。


 笑みを浮かべながら片手に杯を持ち、もう一方の手は私の腰に回している。


 何とも堪えがたい時間だった。






 深夜になり、酒宴が終わる。


 結局のところ、何も分からず終いだ。


 だが、意外にも斎藤サンがみんなと打ち解けていた。


 それだけでも、収穫はあったのかもしれない。


 私は例により、加納サンに屯所まで送られる。


 以前は会話など無かったが、次第に一言二言くらいは話すようになっていた。



「貴女が御陵衛士に加わるとは……正直驚きました」


「どうしてですか?」


「それは……その、貴女は副長の……」


 加納サンは言いにくそうな表情を浮かべる。


「そう……ですね。ですが……」


「何かあるのですか?」


「加納サンが他言しないと約束して頂けるなら……お話します」


「そ、それは勿論です。必ず約束します!」



 必ず……か。


 人の口には戸はたてられない。


 他言しないでと言われる程、人は誰かに話したくなる物だ。


 そう思い、少しだけ嘘を吐いた。



「私たちはね……最近、上手く行って無いんですよ。ほら、私が新選組を離れていた一件以来……何だかよそよそしくなってしまって……」


 私はわざとらしく俯く。


「そう……でしたか。何だかすみません……変な事を聞いてしまって」


「いえ、良いんです。きっと、他の皆さんも私を疑って居ますよね……確かに、不純な目的でしたから」


「不純な目的?」


「トシと離れる時間が欲しかったから、伊東サンのお誘いに乗ったのです。皆さんは純粋な気持ちで参加したのでしょう? それに比べて私は……本当に浅ましい理由です」


「そ、そんな事はありませんよ。貴女が御陵衛士に加わるなど心強い! ほら、病に傷に……医者の存在は、生きていく上で不可欠です」


 必死に私を励まそうとしてくれる加納サンの姿に、私は少し罪悪感を覚えた。


 この人……良い人だったんだ。


 伊東サンの周りの人は、みんながみんな嫌な感じの人だとばかり思っていた。


 こんな人も居たのか……


 うわべしか見ておらず、本質を見ようとしなかった自分が、何だか急に恥ずかしくなる。


「誰が何と言おうと、私は貴女を信じますから。だから……気にせずまたいらして下さい。皆もその内打ち解けますって!」


「ありがとう……ございます」


「それでは、お休みなさい」


 加納サンは私を送り届けると、笑顔で去って行った。






「遅かったな……疲れただろう?」


 部屋に戻ると、トシが私の帰りを起きて待っていてくれた。


「起きていてくれたんだ……」


「当たり前だろうが! お前が心配で、寝ちゃあいられねぇさ」


「……そっか」


 私は小さく微笑むと、トシにしがみつく。


「お? なんだ、なんだ? 今日は随分と可愛い事するじゃねぇか」


「気疲れしたから……癒されてるの」


「そりゃあ悪かったな。全ては俺の責任だ……好きなだけ、そうしていてくれ」


 トシは照れ臭そうに頭を掻きながら言った。



 この表情だ。


 私はトシのこの表情が好きなんだ。


 鬼の副長としていつも怖い顔をしているトシが、気恥ずかしそうに笑う姿が……好きなんだ。



「癒されるのは構わねぇがなぁ……それだけで済むとは思うなよ? って、おい! 寝てやがんのか!?」



 安心しきった私は、いつの間にか眠ってしまう。



「ったくコイツは……いつも、いつも良いところでコレだ。ぜってぇ……わざとだろ」



 トシは深い溜め息を一つつくと、私を布団まで運んだ。




 明日より本格的な潜入生活が始まる。




 私は……上手くやれるのだろうか?




 トシの役に立てるのだろうか?




 平助クンを救う事ができるのだろうか?




 不安はまだまだ尽きる事は無さそうだ。




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