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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第28章 御陵衛士
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事の真相



「此処で良いでしょう。広間の隣りであるこの部屋であれば、貴女が声を出せばきっと誰かが駆けつける。それなら、貴女も私の話を安心して聞けますよね?」


 私が伊東サンに連れて来られたのは、広間の隣りの部屋だった。


 確かに此処なら、私も安心できる。


 だが……先程はあんな風に強制的だったのに、何故今はこんな風に私を気遣うのだろう。


 やはり、この人は読めない。


 私は、不信感をつのらせた。





「それで……お話とは何です?」


 とにかく早く帰りたい一心だった私は、話を早く終わらせようと先に尋ねた。


「単刀直入に言いましょう」


 私はゴクリと唾を飲む。


「私はね……新選組を抜けようと思っているのですよ」


 伊東サンの言葉に、嫌な予感がした。


 この人は、まさか……


「それでね。貴女には私と共に来て頂きたい。今宵、貴女を宴に招待した理由は、この件を貴女に承諾頂く為です」



 私の悪い予感は的中した。


 この時期に御陵衛士の話を持ち掛けてくるとは計算外だった。


 今日はただの正月の宴だとばかり考えていた。


 伊東一派の中に、斉藤サンと永倉サンがまぎれていた時点で、私は気付くべきだったのだ。



「お言葉ですが、私が応じるとでもお思いですか? 局を脱するは切腹……新選組の幹部である私が、安易に局を脱する筈が無いとは考えませんでしたか?」


 私は、平静を装う。


「勿論考えましたよ? 新選組の幹部どころか、土方サンの恋人ですからねぇ」


「ならば、何故私にこんな話を持ち掛けたのです? 断られるどころか、トシに密告されるとは考えなかったのですか? 伊東サンのやっている事は謀反です。隊規はそれを決して許しません……」


 私はそう言い切ると、ゆっくりと立ち上がろうとした。


「貴女は意外とせっかちですね。ですが……話はまだ終わってはいませんよ? 私は断言します。今宵の密談を土方クンには話せないという事と、貴女は必ずや……私の元へ来るという事を」


「な……何ですって!? お言葉ですが……私は私の意志でのみ行動を起こします。今の私には、伊東サンと共に新選組を抜ける気など微塵もありませんよ」


「だからこそ……ですよ。きっと貴女にも、その内分かるでしょう。何せ、この場に貴女が来てしまった事こそが、私の手の内に囚われた証拠なのですから」


 そう言って伊東サンは、クスクスと笑う。



 正直、何だか気味が悪い。


 この人の意図が全く読めないのだ。


 私が自らの意思で新選組を離れ、御陵衛士に付く事など決してない。


 これは断言できる。


 だが……どうして、彼はこんなにも余裕の表情を浮かべているのだろう?


 不安に思ったが、とりあえず今はこの場を離れようと思った。



「お話が以上のようでしたら……私はこれで失礼させて頂きます」


 そう告げると、今度こそ私は部屋を出ようとした。


「かような時刻に一人歩きなど、関心しませんね。ここは一つ、護衛を付けましょう」


 伊東サンはすぐに加納サンに声を掛けると、私を屯所まで送るように指示した。


「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。貴女はいずれ私の可愛い部下になる人だ。途中で加納に斬らせるなどという無粋な真似はしませんよ」


 真意はどうだかよく分からないが、一人で屯所までの夜道を歩くよりは幾分マシだろう。


 一人の所を暴漢に囲まれるよりは、加納サン一人に斬りかかられる方が生存率は高いはずだ。


 いざとなれば、私には護身銃がある。


 この時ほどグラバーさんの好意に感謝した日はない。


「加納サン……それではよろしくお願いします。伊東サンも……ご馳走様でした」


「いえいえ、またご一緒して下さいね?」


 伊東サンは、いつもの笑みを浮かべた。


 正直、この人の誘いは二度と受けたくはない。


 そう強く感じた出来事だった。






 その後、無事に屯所に帰った私は、別段変わりなくその夜を過ごした。


 トシが不在の内に屯所に帰る事が出来、一安心だった。


 伊東サンの言葉の通り、私が加納サンに斬られる事もなかったのだが……それはそれで、何だか奇妙さを感じてしまう。


 翌日になっても斉藤サンらは帰っては来ず、ついには二人よりも先に近藤サンやトシが帰って来てしまった。


 私が事の顛末をトシに話すと、トシからそれを聞いた近藤サンは大層な怒りようで、すぐに山崎サンを角屋へと向かわせた。


 年明け前に、容保様が懇意にされていた孝明天皇が崩御しており、京では正月の祝いを自粛するようなお触れが出ていた。


 そんな中、酒宴を開いてしまったという事も、近藤サンの怒りの火に油を注いでしまったのだろう。




 悔しいが、伊東サンの新選組脱退の話はどうしても話せなかった。




 私が話してしまえば、きっと正月早々から切腹者が続出すると思ったからだ。


 こればかりは、伊東サンの読み通りになってしまった。



 しかし……



 私は御陵衛士には加わらない。


 それだけは言い切れる。






 1月4日


 ようやく屯所に戻った伊東サンと永倉サンらは、正式に謹慎を言い渡される。


 近藤サンは最後まで切腹を主張したが、トシが必死にそれを止めていた。


 三人もの幹部が、同時に切腹させられるともなれば、新選組は内側から瓦解してしまう事は明白だったからだ。


 トシの再三に渡る説得のお蔭で、近藤サンも何とか折れてくれたのだ。


 こうして、正月早々の一悶着は何とか、穏便に事が済んだのであった。




 その後も、私は一人で思い悩む。




 あの時の伊東サンの言葉と、その真意は一体何だったのかという事について……




 




 

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