事の真相
「此処で良いでしょう。広間の隣りであるこの部屋であれば、貴女が声を出せばきっと誰かが駆けつける。それなら、貴女も私の話を安心して聞けますよね?」
私が伊東サンに連れて来られたのは、広間の隣りの部屋だった。
確かに此処なら、私も安心できる。
だが……先程はあんな風に強制的だったのに、何故今はこんな風に私を気遣うのだろう。
やはり、この人は読めない。
私は、不信感をつのらせた。
「それで……お話とは何です?」
とにかく早く帰りたい一心だった私は、話を早く終わらせようと先に尋ねた。
「単刀直入に言いましょう」
私はゴクリと唾を飲む。
「私はね……新選組を抜けようと思っているのですよ」
伊東サンの言葉に、嫌な予感がした。
この人は、まさか……
「それでね。貴女には私と共に来て頂きたい。今宵、貴女を宴に招待した理由は、この件を貴女に承諾頂く為です」
私の悪い予感は的中した。
この時期に御陵衛士の話を持ち掛けてくるとは計算外だった。
今日はただの正月の宴だとばかり考えていた。
伊東一派の中に、斉藤サンと永倉サンがまぎれていた時点で、私は気付くべきだったのだ。
「お言葉ですが、私が応じるとでもお思いですか? 局を脱するは切腹……新選組の幹部である私が、安易に局を脱する筈が無いとは考えませんでしたか?」
私は、平静を装う。
「勿論考えましたよ? 新選組の幹部どころか、土方サンの恋人ですからねぇ」
「ならば、何故私にこんな話を持ち掛けたのです? 断られるどころか、トシに密告されるとは考えなかったのですか? 伊東サンのやっている事は謀反です。隊規はそれを決して許しません……」
私はそう言い切ると、ゆっくりと立ち上がろうとした。
「貴女は意外とせっかちですね。ですが……話はまだ終わってはいませんよ? 私は断言します。今宵の密談を土方クンには話せないという事と、貴女は必ずや……私の元へ来るという事を」
「な……何ですって!? お言葉ですが……私は私の意志でのみ行動を起こします。今の私には、伊東サンと共に新選組を抜ける気など微塵もありませんよ」
「だからこそ……ですよ。きっと貴女にも、その内分かるでしょう。何せ、この場に貴女が来てしまった事こそが、私の手の内に囚われた証拠なのですから」
そう言って伊東サンは、クスクスと笑う。
正直、何だか気味が悪い。
この人の意図が全く読めないのだ。
私が自らの意思で新選組を離れ、御陵衛士に付く事など決してない。
これは断言できる。
だが……どうして、彼はこんなにも余裕の表情を浮かべているのだろう?
不安に思ったが、とりあえず今はこの場を離れようと思った。
「お話が以上のようでしたら……私はこれで失礼させて頂きます」
そう告げると、今度こそ私は部屋を出ようとした。
「かような時刻に一人歩きなど、関心しませんね。ここは一つ、護衛を付けましょう」
伊東サンはすぐに加納サンに声を掛けると、私を屯所まで送るように指示した。
「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。貴女はいずれ私の可愛い部下になる人だ。途中で加納に斬らせるなどという無粋な真似はしませんよ」
真意はどうだかよく分からないが、一人で屯所までの夜道を歩くよりは幾分マシだろう。
一人の所を暴漢に囲まれるよりは、加納サン一人に斬りかかられる方が生存率は高いはずだ。
いざとなれば、私には護身銃がある。
この時ほどグラバーさんの好意に感謝した日はない。
「加納サン……それではよろしくお願いします。伊東サンも……ご馳走様でした」
「いえいえ、またご一緒して下さいね?」
伊東サンは、いつもの笑みを浮かべた。
正直、この人の誘いは二度と受けたくはない。
そう強く感じた出来事だった。
その後、無事に屯所に帰った私は、別段変わりなくその夜を過ごした。
トシが不在の内に屯所に帰る事が出来、一安心だった。
伊東サンの言葉の通り、私が加納サンに斬られる事もなかったのだが……それはそれで、何だか奇妙さを感じてしまう。
翌日になっても斉藤サンらは帰っては来ず、ついには二人よりも先に近藤サンやトシが帰って来てしまった。
私が事の顛末をトシに話すと、トシからそれを聞いた近藤サンは大層な怒りようで、すぐに山崎サンを角屋へと向かわせた。
年明け前に、容保様が懇意にされていた孝明天皇が崩御しており、京では正月の祝いを自粛するようなお触れが出ていた。
そんな中、酒宴を開いてしまったという事も、近藤サンの怒りの火に油を注いでしまったのだろう。
悔しいが、伊東サンの新選組脱退の話はどうしても話せなかった。
私が話してしまえば、きっと正月早々から切腹者が続出すると思ったからだ。
こればかりは、伊東サンの読み通りになってしまった。
しかし……
私は御陵衛士には加わらない。
それだけは言い切れる。
1月4日
ようやく屯所に戻った伊東サンと永倉サンらは、正式に謹慎を言い渡される。
近藤サンは最後まで切腹を主張したが、トシが必死にそれを止めていた。
三人もの幹部が、同時に切腹させられるともなれば、新選組は内側から瓦解してしまう事は明白だったからだ。
トシの再三に渡る説得のお蔭で、近藤サンも何とか折れてくれたのだ。
こうして、正月早々の一悶着は何とか、穏便に事が済んだのであった。
その後も、私は一人で思い悩む。
あの時の伊東サンの言葉と、その真意は一体何だったのかという事について……




