表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第28章 御陵衛士
167/181

不穏な動き


 年も明けた、慶応3年1月1日


 新選組の分離に向け、伊東サンはゆっくりと動き出していた。


 油小路での事件まであと一年を切った。


 私はこれを止められるのだろうか?


 平助クンを救う事はできるのだろうか?






「桜サン、ちょっと宜しいですか?」


「……伊東サン? 如何されましたか?」


 医務室に向かおうとする私を、伊東サンは呼び止める。


「今夜、出来れば時間を作って頂きたいのです。幹部数名と私らとで酒宴を開こうと思いましてね」


「酒宴……ですか」


「なに、年も明けたので正月の祝いのようなものですよ。ですが……土方サンには内密にお願いします」


「何故です?」


 私の問いかけに、伊東サンは深い溜息を一つつく。


「あの方はね、どうやら私を良くは思ってはいないらしい。ですから、内密に……なのですよ。折角の宴ですからね、気心の知れた者のみで楽しみたいではありませんか。夕餉前に加納あたりを呼びに行かせますので……是非とも参加頂きたい」


「ですが……年明け前に孝明天皇が崩御され、祝いの席は控えるようにとの事ではありませんでしたか?」


「そちらの方は大丈夫ですよ。建前上は、天子様の崩御を偲ぶ会とでも銘打っておきましょう。それでは、今宵……角屋にて」


 伊東サンは、言いたい事だけを言うと、足早に去って行った。



 気心の知れたもの同士……か。


 私、そんなに伊東サンと親しくはないと思うんだけどなぁ。


 まぁ、折角の誘いだし……正月早々トシや近藤サンは、この数日は隊務で丁度屯所には居ない。


 他にも隊士や幹部が居るみたいだから、仕方が無い……行ってみるかな。


 私は今回の酒宴について、本当に軽く捉えていた。





「桜サン、入っても宜しいですか?」


 加納サンの声がする。


「あ、今行きます!」


 私は慌てて部屋から出た。


「伊東先生は既に角屋でお待ちです。準備が出来ているなら、早速参りましょう」


 私達は、島原にある角屋へと向かった。


 特に話をすることも無く、ただ黙々と歩く。


 何だか気まずい……




「これは、これは……良く来て下さいました。さぁ、こちらへどうぞ」


 私達が角屋の一室に入ると、伊東サンは大袈裟過ぎるくらい丁寧に私を招き入れる。


 室内を見渡すと、そこには永倉サンや斉藤サンの姿もあった。


 そのメンバーを見た瞬間、私は何だか言い知れぬ不安を覚える。


 しかし、この時はまだ気付いていなかったのだ。


 私自身も、あの悲しい事件に巻き込まれてしまっている事に……




「皆さんも呼ばれていたのですね?」


 私は永倉サンに尋ねる。


「まぁな。タダ酒が飲めるならば誰の誘いでも構わねぇからな」


「俺は……断りきれなかっただけだ」


 楽しそうに笑う永倉サンに反して、斉藤サンはつまらなそうな表情を浮かべていた。


「そういえば、原田サンや平助クンは居ないのですか?」


「左之は所帯持っちまったからなぁ……最近、付き合いが悪ぃんだよ。平助は、隊務だな」


「そうですか……」


 その後、服部サンや内海サン、中西サンに佐野サンに三樹サンらも続々とやって来る。


 何故このメンバーの中に、私や永倉サンらが居るのか、少しだけ不思議に思った。


 しかし当の本人達は、それぞれの馴染みの女性を呼び、思いっきり楽しんでいる。


 永倉サンの横には、当然の様に小常サンの姿があった。


 更には大勢の隊士も加わり、大宴会になって行く。


 何が、天子様の崩御を偲ぶ会よ……これじゃあ、化けて出てくると思うけど。


 そう思いながらも、私は豪華な料理をゆっくりと口に運び続けた。





 宴も最高潮に盛り上がり、そろそろ深夜になりかけた頃、私は伊東サンに声を掛ける。


「あの……そろそろ屯所に戻った方が良くないですか? 平隊士たちも門限に間に合うようにと、先に帰って行きましたし……」



 私は、夕餉は出掛けるから要らないとだけ告げて来た。


 無断外泊など以ての外……切腹モノの罪だ。



「桜サン、ご安心を。私は新選組の参謀ですよ? この程度の事はどうとでもなります」



 伊東サンは杯を片手に、笑顔を向ける。


 この人に言っても無駄だ……


 そう思った私は、永倉サンの所へ行く。



「永倉サン……そろそろ戻りませんか? 私、無断外泊で切腹なんて嫌です」


「あのなぁ嬢ちゃん、俺らが切腹なんざありえねぇよ! 俺らには新選組の参謀 伊東大先生が付いてるんだ、安心して飲んで居りゃぁ大丈夫さ」


「永倉サン……」



 永倉サンからは帰ろうとする様子は、微塵も見られなかった。


 斉藤サンは酔い潰れて眠っている。


 どうしよう……



「伊東サン、申し訳ありませんが……私はそろそろ屯所に戻らせて頂きます。今日は……ご馳走様でした!」



 仕方が無いのでここは私一人屯所に戻り、事情を話して皆を連れ帰る事にしよう。


 そう思った私は、ゆっくりと立ち上がる。



「いけませんねぇ……かような時刻に女性が一人歩きするとは……」



 突然、掴まれた手首にかかる力の強さに、私は顔を歪ませる。



「そんな表情も何とも美しい。学の無い土方サンには勿体無い」


「離して……下さい」


「貴女をここで帰す訳には行かないのですよ。申し訳ありませんが……もうしばらく、私に付き合って下さいね?」



 そう言う伊東サンのその表情からは笑顔が消え、代わりに見た事も無い程に冷たい表情となっていた。


 優しい言い方の筈なのに、命令されたかのようだ。



 この人、怖い……



 本能的にそう察した私は、今敢えて逆らう事は得策ではないと感じ取り、伊東サンに引かれるままその隣りに腰を下ろした。


 どうしよう。


 どうしたら、この場から逃げられるのだろう?


 このまま此処に居る事は、非常に危険な気がする。



「おやおや、そんな顔をしてどうしました? 門限の事なら心配ありませんよ?」



 伊東サンは私の髪に触れながら言う。



 その言葉に、私は答えようとはしなかった。



「私がどうしてこんな事をしたのか……知りたいですか?」



 私は反射的に伊東サンを見る。


 伊東サンの意図が知りたい。


 そう思った私は、ゆっくりと頷いた。



「そうですか……では貴女には特別に、他の者よりも先にお教えしましょう」



 伊東サンはゆっくりと立ち上がる。



「ここでは騒がしいですからね。部屋を変えましょうか……こちらへ付いて来なさい」



 私は、伊東サンに促されるまま、その後を追うようにして付いて行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ