入隊試験
トシに付いて行った先は、やはり道場だった。
此処でトシが何をしようとしているのかは、容易に予測がつく。
だが……
鉄クンの体格を見ると、トシや総司サンが相手では不利過ぎるだろう。
私は、鉄クンの身が心配で仕方が無かった。
「鉄之助! お前の得意な剣術で、気概とやらを見せてみろ」
トシは鉄クンに竹刀を渡す。
「分かった! で、誰とやれば良いんだ?」
鉄クンは、私たちを見渡した。
「相手……か。背丈からするに、平助がうってつけだな。おい、総司! 平助を呼んで来い」
「平助なら今頃は巡察ですよ? 土方サン大丈夫ですかぃ? 自分で編成したクセに忘れるとか、止めてくださいよ」
「そう……か。総司では格が違い過ぎるしなぁ」
トシは頭を悩ませている。
「此処で一番強ぇ奴! そいつと、やらせてくれ」
沈黙の中、鉄クンは目を輝かせながら言う。
「止めておけ……お前じゃ新八や総司にゃ敵わねぇよ」
「そんなのは、やってみなけりゃ分かんねぇだろ!」
鉄クンは頬を膨らませた。
「良いよ。僕が相手してあげる」
意外にも、総司サンは笑顔で引き受ける。
「サク姉、ちゃんと見ててくれよな! 俺、絶対に勝ってみせるからさ」
「う……うん、頑張ってね」
そう言って満面の笑みを浮かべる鉄クンを止める事など、私には出来なかった。
「ますます気に入らないね……。お前さぁ、子供だからって調子に乗り過ぎなんだよ」
総司サンの黒い笑みに、背筋が寒くなる。
「おい、総司! 死なすんじゃねぇぞ? 屯所でガキに死なれちゃ、面倒だからな」
「ちょ、ちょっとトシ! もっと他に言う事があるでしょう? 手加減しろとか……」
私は、トシの着物の袖を引っ張る。
「あのなぁ……此処の隊士どもは皆、命張って隊務をこなしてやがんだよ」
「それは分かるけど……」
「いいや、お前は分かっちゃいねぇよ。例えばだが、斬り合いで……敵サンが手加減してくれると思うか?」
「まぁ……有り得ないよね」
「だろ? ガキだろうが何だろうが、新選組である以上は皆同じだ」
「でも……」
私は反論しようとしたが、その先の言葉が思い付かなかった。
きっと、トシもそんな気持ちで日々を過ごしているのだろう。
「っ……そんな顔すんじゃねぇよ。心配しなくとも、俺はそうそう死なねぇさ」
私の気持ちを察してか、トシは笑顔でそう言うと、優しく頭を撫でた。
「ちょっと、そこ! いちゃつくなら他でやってもらえます? 試合が始められなくて敵わねぇや」
総司サンは、私たちの間に流れる穏やかな雰囲気をぶち壊す。
「わ……悪ぃ、総司。始めてくれて良いぞ」
トシがそう言った瞬間、先に踏み込んだのは鉄クンだった。
竹刀が合わさる音が聞こえる。
鉄クンは何度も総司サンに打ち込むが、総司サンはいとも簡単にその全てをかわして行く。
「ねぇ……お前の力はこの程度なの? これじゃあ、入隊したところで……すぐに死ぬよ?」
総司サンは鉄クンを、煽るかのように言った。
「う……るせぇ!」
挑発に乗ってしまった鉄クンは、勝負をかける。
刹那……
体が宙に浮いたかのように見え、壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちたのは、やはり鉄クンだった。
「鉄クン!」
私は、即座に鉄クンへと駆け寄ろうとする。
そんな私の手首を掴み、行動を制止したのはトシだった。
「行くな! まだ終わっちゃいねぇ」
その言葉に、私は再び鉄クンへと視線を移した。
鉄クンは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。
その目は少年らしく、それでいて迷いの無い、真っ直ぐなものだった。
「俺は……サク姉と約束したんだ! 絶対に勝って新選組に入る!」
「ふうん。気持ちだけは認めてあげる……でもさぁ、お前みたいなガキは新選組には不要なんだよ」
二人は間合いをとり、鉄クンは総司サンの隙を窺っている。
その後も同様に、何度も立ち向かう鉄クンを総司サンが受け流し、そこに一撃を加えることの繰り返しだった。
こんなにもボロボロなのに、どうしてこの子は立ち上がるのだろう。
総司サンになんて、敵うはずないのに……
私は、二人を止めたい気持ちを必死で抑える。
「っ……」
何十回目かの事だった。
静かな道場内に、竹刀が床に叩きつけられる音がこだまする。
「そこまで!」
その瞬間、やっとの事でトシが二人を止めた。
竹刀を落としたのは、総司サンだった。
鉄クンの竹刀が、総司サンの腕を捕らえ、その衝撃で反射的に竹刀が手から落ちたのだ。
「お前……中々やるじゃん」
総司サンは、鉄クンの頭を荒っぽく撫でる。
「俺の勝ちだよな!? 今ので兄ちゃんの腕をやったもんな」
「僕の腕一本斬り落とすのに、一体お前は何回命を落としてると思ってるの? 手加減してやった僕に感謝して欲しいくらいだよ。でも……」
総司サンは小さく笑う。
「お前みたいな奴は嫌いじゃない。認めてあげるよ……その気概とやらを」
「総司! もっと俺に剣術を教えてくれ。俺……もっともっと、強くなりたい!」
鉄クンは総司サンの着物を掴むと、目を輝かせる。
「そ……総司!? 何勝手に僕の事を名前で呼んでるのさ。……まぁ良いよ、所詮は子供だもんね。それより……何でお前は強くなりたいんだよ」
総司サンは何気なく尋ねた。
「一人前の侍になって父ちゃんの汚名を雪ぎたいとか、理由は色々あんだけどさ……俺……」
鉄クンは真っ赤になりながら口ごもる。
「何だよ、チビ助。早く言いなよ」
総司サンは鉄クンを小突くと、話の続きを催促した。
「強くなって、サク姉を護れる様な男になりてぇんだ! 俺を庇ってくれたサク姉を、今度は俺が護ってやる! そんで……」
「それで?」
「サク姉を……嫁に貰うんだ!」
鉄クンの突然の告白に、総司サンは大笑いしている。
「土方サン、大変ですよ! こりゃあ、とんだ好敵手が現れたモンですねぇ。うかうかしていると、チビ助に桜チャンをとられちゃいますよ?」
総司サンはトシに視線を移すと、わざとらしく言った。
「……うるせぇよ、総司。だいたい鉄之助もなぁ……そんな色気づいた事ぁ、てめぇの背丈が伸びきってから言いやがれ」
「あれ? 土方サンたら大人げ無いですねぇ。こんなチビ助にまで牽制するとは……鬼の副長の異名が泣きますぜぃ」
総司サンは何だか楽しそうだ。
その笑い声と、トシの眉間のシワは比例していった。
「サク姉! 俺、約束守ったぜ。総司に勝ってやった!」
総司サンとトシが言い合っている間に、鉄クンが私の元へと駆け寄る。
「そうだね。鉄クン、格好良かったよ? でも……まずは手当てをしなきゃだね。二人はこのまま放っておいて、医務室にいらしゃい」
私と鉄クンは、総司とトシを道場に置き去りにして、医務室へと向かった。




