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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第27章 取り戻された日常
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迷い込んだ少年



 塾での仕事も再開させたとある日の午後のことだった。


 屯所の門のあたりが何やら騒がしい。


 塾のある建物と門は程近い場所に位置している。


 このままでは講義に支障が出てしまうと思った私は、講師の医師に事情を話し、塾を出た。


 そのまま門へと向かう。






「何事ですか? 今は講義中ですよ。少し静かにして頂かないと困ります」


 私は門番の隊士に言って聞かせる。


「も、申し訳ありません……この小僧が、新選組に入りたいと申しておりまして。追い返そうとしたのですが、この有様で……」


 その言葉に視線を移す。


 そこにはまだ幼さが残る少年が、もう一方の門番の隊士に噛み付いていた。


「お止めなさい。そんな事をしても新選組には入れませんよ? 私が話を伺いますから、とにかく離れなさい」


 私が少年に声を掛けると、少年は素直に隊士から離れた。


「あなた方は隊務に戻って構いません。彼は私が中へ連れて行きます」


「ですが……副長が何と言うか……」


「トシには私から説明しますから、ご心配なく」


「畏まりました」


 門から離れると、少年を医務室へと連れて行った。





「で? あなた、名前は?」


 私は少年に尋ねた。


「鉄。……市村……鉄之助」


「市村……鉄之助!?」



 私は聞き覚えのあるその名に驚いた。


 確かにこの子は新選組に入隊する子だ。


 函館までトシに付いて行き、トシの遺品を持ち帰ったと伝えられている。


 しかし……どう考えても、おかしい。


 市村鉄之助が入隊するのは、もっと先のはずだ。


 今が慶応二年……


 私の記憶が正しければ、彼の入隊は慶応3年の隊士募集で、兄の辰之助と共に入隊するはずなのだ。


 確か兄は脱走してしまうんじゃなかったっけ?


 だが、見たところ兄の存在もないようだ。



「それにしても、姉ちゃんすっげぇのな! アイツらを黙らせちまうなんて……もしかして、ここの偉い人?」


 鉄クンは目を輝かせている。


 子犬のような可愛さに、思わず笑みがこぼれてしまう。


「そうねぇ……偉くはないけれど、一応幹部だからかな? それより、少し話を聞かせてくれる?」


「すっげぇ! こんな美人の幹部が居るのかよ! さすがは新選組だな。姉ちゃんになら何でも話すよ。好きな事を聞いてくれ」


 鉄クンの真っ直ぐさに、まるで弟ができたかのような錯覚を覚える。


 この無邪気さがどうにも可愛らしい。


「歳はいくつ?」


「俺はじゅうさ……いや、18だ!」


 今、この子……13歳と言いかけたような。


 だとしたら、この子はまぎれもない……あの、市村鉄之助だ。


 慶応3年に入隊した時には、14歳だったと聞く。


 ならば今は13歳。


 しかしこれは数え年なので、実際の年齢で言うと12歳ということか……



「鉄クン……この新選組は真の侍の集まりよ。だから、新選組に入りたいなら嘘はついちゃだめ」


「うっ……ご、ごめんなさい。実は俺、13なんだ。本当の事を言ったら入れないと思って……つい」


「そうねぇ……でも、貴方に気概があるなら、年なんて関係ないんじゃないの?」


「そうだよな! やっぱ姉ちゃん大好きだ!」


「桜。私は桜って言うの」


「じゃあ、サク姉だな! ねぇ、そう呼んでも良い?」


 鉄クンは満面の笑みで尋ねた。


「勿論!」


 

 その後、鉄クンについて色々と聞いた。


 父は美濃の藩士であったが、藩より追放されてしまった為に、親戚の居る近江で育ったという事。


 そんな家を再興し父の汚名を雪ぐべく、新選組に入って真の侍になりたいという事。


 お兄さんの反対を押し切り、家を飛び出してきてしまった事。


 こんなに朗らかで可愛らしい子だが、彼が抱えているものやその思いは私には計り知れないものだと知った。


 史実よりも一年も早くこの新選組に訪れた理由が分からず、少し引っ掛かってはいたが……寺田屋事件のようにあからさまに変わってしまっていた事もあった。


 今回も……きっと、その類なのだろう。


 小説のラストは変わっていないのに、その間が変わっていくとは……何とも不思議な事だ。


 このまま歴史を変え続けたら、ラストも変わって行くのだろうか?


 私は少し考え込んでしまう。



「サク姉……大丈夫か? 具合悪くなっちまったのか?」


 鉄クンが心配そうな表情で、私の顔を覗き込む。


「大丈夫だよ。少し考え事していただけ」


 鉄クンを心配させまいと、慌てて笑顔を作った。



「此処はいつから寺子屋になった?」



 医務室の扉が開くと同時に、トシが言葉を発した。



「わぁ……何これ! 小っさ! 桜チャン、この子どこの子?」



 トシに続いて総司サンらも中に入ってくる。


 鉄クンは咄嗟に私の後ろに隠れた。


「なぁに? この子……お前さぁ、桜チャンから離れなよ!」


 総司サンは鉄クンを引き剥がそうとするが、反射神経の良い鉄クンは中々捕まらない。


「総司! 今は遊んでいる場合じゃねぇだろうが! お前もおとなしく座ってろ」


 トシの言葉に、総司サンは膨れっ面をしながらも腰を下ろした。


「鉄クンも! 大丈夫だから、私の隣に座って?」


「何だよコイツ、ガキのクセして桜チャンの言う事は聞くんだ? 土方サン、うかうかしてると……このマセガキに桜チャンを取られちゃいますよ?」


 総司サンは、何だか面白くなさそうな顔をしている。


「総司! 少し黙ってろ」


「へい、へい」


 トシの言葉に、総司サンは鉄クンからプイッと顔を背けた。



「で? 門前の隊士から聞いたんだがな……このチビ助は何なんだ?」


「えっと……彼は、市村鉄之助クンって言うの。鉄クン、こっちの人は副長の土方サンで、そっちの人が一番組組長の沖田サンだよ」


 私はみんなの名前をそれぞれ教えた。



「副長! お願いします……俺を新選組に入れてください!」



 トシの事を紹介した瞬間、鉄クンはトシの前に行き頭を下げていた。


「土方サン、こんなチビにできる事なんてないですよ。隊務に加えたところで、死にに行かせる様なモンですって」


 総司サンはトシに向かってそう言った。


「総司の言う事は一理ある。ここはチビ助の居るような所じゃねぇ。さっさと家に帰りやがれ」


「何でだよ! サク姉は女なのに新選組に居るじゃねぇかよ。何で俺は駄目なんだよ!」


 鉄クンは、トシに掴みかかる。


「コイツは医術が使える。確かに女だが、お前とは根本的に違ぇんだよ。逆に聞くが……ここでお前に何が出来る? コイツの元で医術でも学ぼうってのか?」


 トシは表情すら変えずに、鉄クンに冷たく言い放った。



「医術なんて御免だ! 俺には剣術がある。俺は真の武士になるために来たんだ……見くびるんじゃねぇ!」



 そう叫んだ鉄クンは、実に真っ直ぐな目をしていた。



「ねぇ……気概があれば、性別も年齢も関係ないんじゃないの? トシは前にそう言ってたよね。だったら、その気概を示す機会を与えてあげたらどう?」



 見かねた私は、トシにそう申し出る。



「気概……ねぇ。そうだな、このチビ助にも機会を与えてやるかねぇ。おい、鉄之助! お前の気概とやらを見せてもらおうか? やる気があんなら、付いて来い」



 トシはそう言うと、医務室から出て行った。


 残された私たちも、急いでトシを追う。


 トシはどんな入隊試験を行うつもりなのだろうか?


 あまり手荒な方法でなければ良いのだが……


 自分から言い出したことであったが、私は何だか心配になってしまっていた。




 


 



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