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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第27章 取り戻された日常
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とある日の昼下がり



「お前……身体の具合はもう良いのか?」


 部屋の掃除をしている私に、トシは尋ねた。


「だいぶ良くなったと思うよ。傷痕が残っちゃった部分もあるけどね。それでも、顔には傷を付けないでくれたから……それは不幸中の幸いだけどね」


「お前は無茶をし過ぎなんだ。それにしても……奉行所の役人は赦せねぇ……」


「まったくだよ。アイツ絶対に変態だって。普通さぁ、女の子が痛がる姿を見て喜ぶ? 思い出すだけでも気持ち悪い!」


 私はあの夜の事を思い出し、身震いする。


「お前……アイツに何かされたのか!?」


「何かって?」


「その……まぁ、色々……だ」


 トシが何を想像しているのかは分からないが、その顔は見る間に赤くなっていく。


「初めは龍馬サンの事を普通に聞かれて……知らぬ存ぜぬを貫き通してたの。そしたら、新選組を呼ぶとか言い出すから……今は新選組じゃないから、呼ばないでって言ったの」


「何故、俺らを呼ぶ事を拒否した?」


「だって……今更、迷惑掛けたくないって思ったんだもん」


「それで、その後は?」


「まぁ……知っての通りの尋問だよね。鞭打ちの上に、気を失えば水をかけられて……その繰り返し」


「お前……よく耐えられたな」


 トシは真っ青な顔をしている。


「実は、途中からあんまり覚えてないんだよね。気付いたら此処に居たくらいだし」


「……そうか。俺のせいで、また傷を増やしちまったな。本当に……悪かったな」


 仲直りして以来、奉行所での事を尋ねられたのは初めてだった。


 こんなに素直に謝られたのもまた初めてだ。


「愛情の分だけ、傷も増えるって事かな?」


「クク……それならば、こんなモンでは済まねぇだろう?」


「大層な自信ですねぇ?」


「当たり前だ」


 堂々とそう言い放つトシの姿に、思わず笑みがこぼれる。



 修復不可能だと思っていた私たちの関係は、意外にもあっさりと元に戻ったのだ。


 それは私からしたら、奇跡だとしか言いようがない事だった。





 隊務にに復活した……と言いたい所だが、今日は生憎だが塾は休みだ。


 療養生活から解放されたというのに、何だか拍子抜けしてしまう。

 

 一通り部屋の掃除を済ませると、縁側で休憩をとった。



「お! 桜じゃん。何してんの?」



 声の主を辿る。


「平助クン……それに斉藤サン」


「お前、ここで暇してんのか?」


「そうですねぇ……暇かと言われれば、暇ですね」


「そうか! じゃあさ、一緒に出掛けねぇか?」


 平助クンは目を輝かせている。


「出掛けるって何処に?」


「そりゃ秘密だ。良いモン見せてやるから付いてこいよ!」


 その言葉に私は立ち上がると、平助クンと斎藤サンの後を追った。





「こんな所に、何があるんですか?」


 たどり着いた場所は、屯所の裏手にある倉の脇だった。


「良いから見てろって」


 平助クンは笑顔でそう言うと、斎藤サンが懐から煮干を取り出した。


「あっ、ヤマト!」


 以前見たように、一匹の猫が飛び出してくる。


「ヤマトも一緒に引っ越していたんですね」


「いや……前の屯所に置いてきたのだが、先日ここに来ているのを見付けてな。それより……」


「こ……仔猫!?」


 ヤマトの後ろを歩く小さな仔猫に目を引かれる。


「コイツ、雌なんだぜ。少し前に産んだみてぇだ」


「か、可愛い!」


 ちょこちょこと歩く五匹の仔猫。


 その後ろから初めて見る大きな白い猫の姿もあった。


「なぁ、コイツらにも名前付けてやろうぜ」


「そうですねぇ……」


 私は猫たちの名前を考える。


「じゃあ、この三毛の仔猫は平助。灰色の仔猫はハジメで、真っ黒い仔猫はトシ!」


「おいおい、俺らの名前かよ」


「あ……駄目ですよね。何だか仲が良さそうだったのでつい」


 私は平助クンに謝った。


「良いんじゃないのか?」


 斎藤サンは穏やかな表情をしている。


「お前がハジメか……きっとコイツは強くなるな」


 小さなハジメを抱き上げた斎藤サンは、何だか嬉しそうだ。


「平助の方が強ぇ猫になるに決まってんだろ?」


 平助クンは斎藤サンに対抗して、小さな平助を抱き上げる。


「後は……虎柄の茶色い仔猫と、真っ白い仔猫ですねぇ」


「じゃあさ、白い仔猫はサクラな?」


「わ、私ですか?」


「だってさ、あの黒い仔猫が土方サンなんだろ? 黒いのと白いの、すっげぇ仲良さそうだもんな」


 平助クンの言葉に、顔が赤くなる。


 でも……何だか嬉しい。


 私は、小さなサクラとトシを抱き上げた。


「仲良く育ってね」


 そう小さく呟くと、二匹を膝の上に乗せる。


 残るはあと一匹。


 茶虎の仔猫だ。


 何が良いか、みんなで考える。



「こんな所で何やってんの?」



 顔を上げると、稽古帰りの総司サンが立っていた。



「総司! そうだよ、コイツは総司だ!」



 平助クンの言葉に、総司サンは怪訝そうな顔をする。


「平助、何言ってんのさ。僕が総司じゃなければ、一体何なわけ?」


「違ぇよ、お前じゃなくて……コイツの名前!」


「仔猫?」


「そうだ。五匹の仔猫の名前を決めてたんだよ」


 総司サンは私たちの隣に腰を下ろすと、茶虎の仔猫を膝にのせた。


「総司……ねぇ。他の猫は何て名前にしたわけ?」


「えっと……あの三毛猫がヘイスケで、灰色の猫がハジメです。ここに居る黒猫がトシで、白猫がサクラ……です」


「ハハ……何だかピッタリだね!中々良いよ。で、あの親猫は?」


「黒い母猫はヤマトです。白い父猫は、名前は無いですね」


 総司サンは、少し考える素振りを見せる。


「じゃあ、白い父猫は……イサミだね!」


「こ、近藤サン!? あの……怒られないでしょうか?」


「近藤サンは、そんな小さい男じゃないよ。笑って許してくれるさ」


「……そうですね」


 私と総司サンは、顔を見合わせ微笑んだ。



「フフ……何だか、小さな新選組みたいですね」



 仔猫達を膝から下ろし、しばらく眺めていた私は、ふと呟いた。




 父猫であるイサミに寄って行く、小さなトシ。


 そのトシの後ろを付いていくサクラ。


 ヘイスケは蝶を追いかけて遊んでいるし、ソウジはみんなから離れた所で気ままに昼寝をしている。


 ハジメは、そんな他の猫たちの様子を、観察して居るようにも見えた。




「本当だな。何だか、性格まで似ているみたいだ」



「平助はやはり魁先生……と言ったところか」



「そういうハジメくんだって、似てるよね? 一歩引いた所で、みんなを見ているところなんて、ソックリだよ」



「総司サンもですね。私、知ってますよ? たまぁに隊務をサボって、あの猫のようにお昼寝してるって事」



 みんな図星を突かれて、笑い合う。




 とても穏やかな昼下がりだ。




「そういえば……新ぱっつぁんと、佐之サンの分が足りねぇな」



「すっかり忘れていた……次に産まれたら、二人の名を貰うとしよう」



「あの二人、拗ねちゃったりしてね」



「じゃ、じゃあ……この事は、私たちだけの秘密……ですね?」



 私たちの間に、穏やかな時間が流れていく。



 こんな日が長くは続かないことは分かっているが、願わずにはいられなかった。



 いつまでも、みんな仲良く暮らしていけることを……

















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