手紙 ―坂本龍馬 編―
「アーネスト! 久しぶりじゃのう」
「これは、これは……才谷サンではありませんか。久しいですね」
寺田屋での騒動から1週間後、突然アーネストの元に訪れたのは龍馬だった。
「何か用ですか?」
「実は……ちくっと聞きたい事があってのう。わしゃ今や追われる身じゃ、すまんが中に入れとおせ」
「ええ、勿論です。さぁ……お入りなさい」
アーネストは龍馬を室内へと招き入れた。
「私もね、才谷サンにお会いしたかったのですよ。いえ……才谷サンではなく、坂本龍馬とでもお呼びした方が宜しいでしょうかねぇ?」
「おまん……どういてそれを知っちゆうがかえ!?」
龍馬は、目を白黒させる。
桜は知らなかったが、アーネストと龍馬は既に知り合っていた。
しかし、その際には龍馬は偽名である才谷梅太郎と名乗っていたので、アーネストは龍馬と才谷が同一人物であることは知らなかったのだ。
アーネストは桜との話の流れで、才谷が坂本と同一人物であると悟ったようだ。
「私もね、貴方に用があったのですよ。しかし、貴方の居場所が分からなくてね……困っていたのです。さて、あなたのご用件は何ですか?」
「……ちくっと聞きたい事があるがぜよ。おまん、新選組に出入りしちょるそうじゃのう?」
「貴方が聞きたい事は分かっていますよ。きっとこれを読めば、その疑問は解決するでしょう」
アーネストは龍馬に一通の文を手渡した。
「何じゃあ、誰ぞからの文かいのぉ?」
「フフ……これはね、サクラからの文ですよ。貴方に渡して欲しいと頼まれました。それと……こちらは、長州のタカスギに渡して欲しいそうですよ」
桜からの文に、龍馬は驚いた。
アーネストから聞こうと思っていたのは、奉行所に連れて行かれた後、桜がどうなったか……だったからだ。
「ほうか……すまんかったの。わしゃ、薩摩の屋敷に居るき、何ぞあったら訪ねて来とおせ」
「貴方という人は……全く危機感がありませんね。追われる身の者が、安易に自分の居場所を話すべきではありませんよ?」
「わしゃアーネストを信用しちょるがじゃ。おまんは、何となく信頼できる気がするき」
「何となく……ですか。そんな私が裏切ったらどうするのです?」
アーネストは溜め息をつく。
「そん時は、わしの見る目ぇが無かったと反省するだけじゃき。まずは人を信じなきゃいかん。ほんで裏切られる様なら、わしが悪いがじゃ」
「そんな考え方が出来るなんて……日本人は不思議ですね。そうだ、最後にもう一つ宜しいですか?」
「何じゃ?」
龍馬は文を懐に仕舞い込むと、アーネストに近付いた。
「サクラは貴方の運命を変えたいと願っています。その文に書かれた日……いえ、そこに書かれている事柄を成し遂げたら……」
「一体、何の話じゃ?」
「人の話は最後まで聞きなさい。文は、帰ってから読めば良いでしょう? ですから……それを成し遂げたら、恋人とナカオカという男を連れて、私の所に来なさい。決してあなた方を悪い様にはしません。これは、サクラとの約束ですからね」
アーネストの話が全く解らない龍馬は、不思議そうな顔をしている。
「よく解らんが、とにかくこれを読めちゅう事か……まぁええ、なんか知らんが邪魔したのぅ。早よぅ帰らんと、おりょうに怒られるき……わしゃ行くぜよ」
「お気を付けて……」
龍馬はアーネストの元を離れ、薩摩藩邸へと帰って行った。
「何処ぞに行ってはりましたの!?」
龍馬が戻るなり、おりょうは龍馬を捲し立てる。
「すまんのぅ。ちくっと用があって、アーネストち言う異人の所に行ったがじゃ」
「……アーネスト?」
聞き覚えのある、決して忘れてはならないその名前に、おりょうは小さく反応する。
「そんな事より、おまん宛の文じゃ」
「うち宛の文?」
おりょうは龍馬から文を受け取ると、一気に目を通した。
「あの娘……桜は無事なんやて。新選組に戻りはった様どすえ」
「ほうか……」
「別れ際には、長州に帰ると言うてはったんやけどなぁ……うちの身代わりに奉行所に連れて行かれたせいやろか」
おりょうは責任を感じてか、悲しそうに俯く。
「おまんのせいじゃなか。あの娘は、新選組に戻る運命じゃっただけじゃ」
「桜はうちを恨むやろか……あのまま長州に帰れていれば……新選組など、わざわざ危ない所に身を置かずに済みはったのに」
龍馬は、苦しそうに呟くおりょうを、そっと包み込む。
「おまんは……どういて、危険だと分かって居ながらも、わしと共に居るがかえ?」
「それは……うちは龍馬を好いとうからどす。せやから、どんなに危険でも……構いまへん」
「桜サンも、おまんと同じじゃろう。先が分かっちょっても……高杉でなく、土方を選んだちゆう事ぜよ」
龍馬はおりょうを安心させるかの様に、優しく言って聞かせた。
「そうどすなぁ……本当に好いた人と最後まで共に居られる事こそが、一番の幸せなんやろなぁ」
「一番可哀想なんは……高杉じゃのぅ。アイツは桜サンに袖にされてばかりじゃき……わしが慰めに行ってやらんちゃならんのぅ」
「長州に行きはるの?」
おりょうは不安そうな表情を浮かべた。
「薩摩に行きがてら、寄ろうかち思うちゆう。高杉宛の文もあるがじゃ」
「今度は……いつ会えはりますか?」
「おまんは、可笑しな事を言うのぅ」
龍馬はおりょうを少しだけ離すと、ニカッと笑う。
「毎日じゃ!」
「毎……日?」
「おまんも、わしと一緒に来とおせ!」
「ほんまに……ええんどすか?」
「危険じゃち分かっちょっても、付いてきてくれるがかえ?」
龍馬の言葉に、おりょうは涙を流しながらコクりと頷いた。
その後
2月も末ごろ
龍馬はおりょうと共に薩摩へ向け、京を出立する……というのは、もう少し先のお話。




