手紙
翌日
今日から数日間、傷が良くなるまでは屯所にて静養しているようにと、近藤サンから言われた。
確かに、体の動きに応じて鋭い痛みや鈍い痛みが走る。
しかし、全く動けないという程でもない。
私は大丈夫だと言ってはみたものの……塾の運営はおろか、簡単な雑用でさえ禁止されてしまったのだ。
「何、膨れてやがんだよ」
トシは私に尋ねる。
「膨れてなんかないよ」
「近藤サンはなぁ、お前を心配して言ったんだ。少しはありがたく思え」
「そんなのは解ってるよ。ただ……塾の手伝いすらできないなんて、暇だなぁって」
一日中この屯所で退屈な時間を過ごさなければならないかと思うと、何だか気が滅入る。
「そうだ!」
私はある事を思い立ち、勢い良く立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる!」
「待て! お前は……馬鹿なのか? 一人でここから出せる訳がねぇだろうが。一体何処に行く?」
部屋を出ようとする私を、トシは引き止める。
「買い物だよ。私、文を書きたいの」
「文? 一体誰にだよ」
「えっと……龍馬サンの恋人」
「はぁ? 坂本の恋人だと?」
トシは怪訝な顔をする。
「あのね、私が奉行所に捕まった理由は……その人を守ったからなの。きっと彼女も心配してる。だから無事を知らせたいの。文は、アーネストさんに届けてもらうから! ねぇ……良いでしょう?」
「本来ならば許せねぇ……だが、そういう事なら目をつぶる。女宛の文だしなぁ……これを駄目だと言って、お前に出て行かれるのも面倒だ。仕方ねぇな」
「ありがとう!」
その後、私はトシと共に街へと出掛け、可愛らしい紙を買ってきた。
筆で文字を書くなど、今でも苦手だが……とにかく内容が伝われば良いのだ。
私は部屋に戻ると、早速手紙を書き始めた。
おりょうサン……今頃どうしているだろう?
私の事を気に病んでは居ないだろうか。
とにかく、自分が無事であること。
それから、龍馬サンの事。
思い付く全ての事を文字にした。
最後に一筆、龍馬サンへのお礼の言葉を書いて文を折る。
それからもう一つ。
これは本人に届かないかもしれないが……
私は、晋作に宛てた文も書いた。
龍馬サンが長州に行くことがあれば、渡して欲しいと一筆添えて。
「書けたのか?」
私が道具を片付けている所を狙って、トシが声を掛けてきた。
「うん。ちゃんと書いたよ」
「何を?」
「私は、新選組に戻りましたって。それから……トシともちゃんと仲直りしましたよって」
「お……お前、何余計な事まで書いてやがんだ!? 消せ! 良いから早く消しやがれ」
文を奪おうとするトシから身をかわす。
「駄目だよ! ちゃんと全部報告しなきゃ……心配させちゃうもん」
「チッ……ロクでもねぇ事しやがって」
トシは眉間にシワを寄せると、吐き捨てるように言った。
「へぇ……私と仲直りした事が、ロクでもない事なんだ」
私はわざと、すねてみせる。
「なっ!? そういう意味で言ったんじゃねぇよ! 誤解すんな!」
面白い様に慌てるトシに、思わず吹き出してしまう。
「あのさ……」
「……何だよ」
私は静かにトシに近付いた。
「トシって……可愛いね」
その言葉にトシは目を丸くする。
そうかと思えば今度は一気に顔が真っ赤になり、なんとも忙しい。
「う……うるせぇよ! からかうんじゃねぇ!」
ぶっきらぼうにそう言うと、トシは私から顔を背けた。
こんな日がまた訪れるなんて、思っても居なかった。
長州で過ごした穏やかな日々とはまた違う、屯所での日々。
あの頃は、心の中の何かが欠けていた様な気がする。
それが何だったのか、ここに帰ってきてハッキリと分かった。
やっぱり、私には……
「ねぇ……また湯治に連れてって」
「……そうだな。それも悪かぁねぇな」
トシが必要なんだって……




