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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第26章 意図せぬ帰還
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伝えられなかった言葉





「あのさ……」


「おい……」




 最悪だ。


 この雰囲気の中で言葉がかぶってしまった。



「お前から話せ」


「良いよ。トシから話してよ」



 案の定、お互いに譲り合う始末だ。



「お前……何故、ここを出た?」


「それは、みんなが……」


「そういう事を言ってるんじゃねぇよ。何故、俺が帰るまで待たなかったのかと聞いている」


「だって……」



 そんなのは決まっている。


 みんなに出て行くように言われた事が一番の理由ではあるが……トシを信用しきれていたらこんな事にはならなかった筈だ。


 信用はしていたつもりだ。


 だが、信用しきれない様な行動も多々あった。


 私を避けるような素振り……あれが一番辛かった。




「悪ぃ……別に責めている訳じゃねぇんだ。だがな、そんなにも信用ならなかったのかと思ってだな」


 トシは言い訳をするように、ペラペラと勝手にしゃべる。


「あのさ……私、まだ何も聞いていないんだよね。どうしてみんなが私を追い出したのか……とか」


 私の言葉に、トシは溜息を一つつき、話し始めた。


「あれは……だな。気にしなくても良い」


「何それ……私には色々と聞いておいて、自分は話さないんだ」


「そういう事じゃねぇ!」


 トシは声を荒げた。

  


 やっぱり駄目だ。


 離れていたこの半年は、私たちの関係を容易く歪ませてしまった様だ。


 もう……元には戻れないのだろうか?



「言いたくなければ良いよ。もう聞かない……私、疲れたからもう寝るね」



 そう言い残し、半年前まで自分の部屋だった場所に行こうと、荷物を持ち立ち上がった。


 ここに居ても、何だか辛い。


 もう此処には私の居場所なんてありはしないんだ。


 最愛の人とまた逢えたのに、この虚無感は何だろう。


 こんな事なら……京になんて来なければ良かった。


 こんなに辛い想いばかりするのなら……



「ちょっと待て! お前はどうして、そうやって逃げるんだ? このままで良い訳がねぇだろうが」



 トシは私の手首を掴み、引き止めた。


 何て答えれば良いのか分からない。


 どんな顔をすれば良いのかすら分からない。


 かといって、掴まれた手を振り切る勇気も無い。


 私は無言のまま、その場に立ち尽くしていた。



「正直、俺もどうして良いか分かんねぇんだよ。お前をどう扱って良いのかも……分かんねぇんだ」



 呟く様に言ったその言葉を、私は振り向く事なく聞いていた。


 離れだからだろうか?


 屯所内のこの静けさが、逆に気まずい。



「だがな、このままお前を離したくはねぇんだ。この手を離しちまったらきっと……俺は後悔する」



 どうして今更そんな事を言うのだろうか。


 近藤サンは私に素直になれと言っていた。


 でも……どうしたら良いのか分からない。


 長州に住まい、薩長同盟を成し遂げる手伝いをして……結果的には新選組を裏切った。


 そうかと思えば、また新選組に戻り……今度は、龍馬サンや晋作達を裏切った。


 自分の行いをこれ程までに呪った事はないだろう。


 私には、トシの元に居る資格なんて無い。



「お前は……俺の事、嫌になっちまったのか?」



 静寂の中、ハッキリと聞こえたその問いに、私は戸惑う。


 そんな事は無い。


 今でも大好きだ。


 そんな風に言えたら……どんなに良いだろうか。


 そう答える資格も、裏切り者の私には無い。



「だんまりかよ……口もききたくねぇくれぇに嫌なのか?」



 トシの声色が変わるのを感じた。


 とても……悲しそうな声。


 一体、どんな表情をしているのだろう。



「本当に……高杉の方が良くなっちまったって事……か」



「そんな事は無い!」



 晋作の事に触れられ、私は反射的に答えた。



「やっと口をきいたな」



「あっ……」



 私は咄嗟に口をつぐむ。



「嫌なら自分で振りほどけ」



 そう言うと、トシは私を後ろから包み込んだ。


 振りほどく事も、言葉を発することも出来ずにその場に佇む。



「振りほどかねぇんだな。……とりあえず、そのままで良いから聞いてくれ」



 私は返事の代わりに、小さく頷いた。



「お前はどう思っているかは知らねぇが……俺はな、あの頃と……半年前とは何一つ変わっちゃいねぇつもりだ。当然……お前の事も、だ」



 意外な一言に、ポロポロと涙がこぼれる。


 私が一番欲しかった言葉だ。


 あの時も、そう言ってくれていたら……私はもっと自分を貫き通せたのに。


 誰が何と言おうと、トシだけを信じ続けていられたのに……



「お前が出て行く少し前、俺は屯所に戻らない日が続いていただろう? ありゃあなぁ……あてつけだったんだよ」


「どういう……事?」


 私が振り返ろうとすると、トシに制止される。


「こっち向くんじゃねぇよ! 頼むからそのままで居てくれ。今の俺はきっと……情けねぇ面ぁしてるだろうよ」


「……わかった。それで、あてつけってどういう事?」


「面白くなかったんだよ」


「何が?」


「お前が……異人の所にばかり行くから……苛ついて仕方なかったんだよ! お前と居ると、その感情をぶつけて壊しちまいそうで……怖かった。だから屯所から逃げていた」


「でも……上七軒に居たんでしょう?」


「他に居場所がねぇからな。不逞浪士の情報収集にも体が良かったのもある。だが、断じて俺は何もしちゃいねぇ! お前とこうなってから今まで、お前以外の女に興味を持った事すらねぇよ」


 その言葉に正直驚いた。


 トシがこんな風に言うなんて……信じられない事だ。


 ぶっきらぼうな言い方ではあるが、きっと本音なのだろう。


 そう思った瞬間、申し訳なさでいっぱいになった。



「お前が此処を出された原因だが……俺のその行動も災いしたのさ。上七軒で隊士どもに見られていた事もあってな……話が余計にこじれちまったんだよ」


「こじれた?」


「俺が上七軒の女と……所帯を持つって噂が流れちまって……挙句にはその女にガキができたとか。そんな話が容保候の耳に入っちまった事が今回の騒動の発端だ」


 今回の騒動について、トシはポツリポツリと話し始めた。


「子供……できたの?」


「ばっ……馬鹿か!? そんな訳あるか! お前ならまだしも……他の女にゃ手も出しちゃいねぇのにガキなんぞできる訳がねぇだろうが」


「冗談だってば。そんなに怒らないでよ」


 振り返るなと言われていたが、私はつい振り返ってしまった。


「こっち向くなっつったろうが!」


 トシは顔を真っ赤にしながら慌てる。


「チッ……仕方ねぇ。しばらく、こうしてろ」


 一瞬の内に、私は懐へとうずめられる。


「顔……見えないよ」


「そんなモン見なくて良い!」


「良くないんだけどなぁ……」


 そう呟きながらも、半年ぶりに感じるトシの香りに、その温もりに……このままでも良いかもしれないという思いが頭をよぎった。


「それで……そのあとは?」


 私は、話の続きをせがむ。


「総司らが、お前を傷つけねぇようにってお前を屯所から出て行かせた。わざわざ俺をつまらねぇ仕事で出掛けさせてまでな」


「……そう」


「アイツらは、俺が違う女と共に此処で住まうと思ったんだろうよ? だからお前には何も知らせずに出て行かせたそうだ。本当に馬鹿な奴らだ」



 トシの話を聞いて、疑問だった全てが今繋がった。


 総司サンが言っていた、私を傷つけないようにという言葉。


 それは、こういう事だったのか……




 アーネストさんとの事を妬いていたトシ。


 私を傷つけまいと思い遣った近藤サンや総司サンたち。


 トシに捨てられたのならば、新選組のみんなの邪魔になるならば身を引こうと離れた私。




 今回の事は、みんなそれぞれがお互いを想い合った結果に起きてしまった、悲しい出来事だったのだろう。




 思っているだけでは、相手には伝わらない。


 口にしなければ、相手は分からない。


 そういう事なのだ。




「ごめんね」



 私はトシに小さく謝った。



「どうしてお前が謝る」



「……何となく、かな?」



「何となくで謝るんじゃねぇよ!」



「ごめん、ごめん」



 私は静かに顔を上げる。



「あの日言えなかったけど……私、本当はそんなに強く無いんだよ? それと……」



「ん? 何だ?」



 不思議そうな表情を浮かべるトシに、私はこっそりと耳打ちした。



「今までずっと大好きだったよ。今も……それに、これからも……ずっと、ずっと」



 それだけ告げると、今度は自らトシの懐に顔をうずめた。



「まぁ……その、何だ? これは一件落着っつー事で良いのか?」



 その言葉に、私は小さく頷いた。





 その瞬間




 襖が勢いよく開く。



「いやぁ……良かった、良かった。なぁ? 新ぱっつぁん!」


「おうよ! 平助も見たか? これで屯所にも真の平和が訪れるってモンよ」


「これで……切腹の嵐も過ぎ去ったって事……だよな? ハジメももっと嬉しそうな顔すりゃ良いのに」


「俺は覗きなど止めた方が良いと言っただろうが! 襖を開けるなどもっての外だ」



 突然現れたみんなに、私もトシも離れる事すら忘れ唖然とする。



「原田サンに永倉サンに平助クン……それに斉藤サンまで。どう……して?」



「心配だったんだよ。意地っ張りな土方サンに任せていたら、桜チャンまで意地張って出て行っちゃいそうでしょう?」



「総司……サンまで」



 気付けば総司サンの陰に、もう一つの影があった。



「近藤……サン!?」



「すまんな……二人の邪魔をするつもりは無かったのだがな。どうしても心配になってしまって……つい」



 近藤サンは照れ臭そうに言った。



 そんな皆の姿に、私とトシは顔を見合わせ微笑む。



「さぁて、今日は飲むぞ! 祝いの酒だ! たっぷり飲みやがれ!」



 原田サンと永倉サンは、抱えていた酒瓶を畳の上においた。



「お前ら……ちったぁ空気読め!」



 トシは気恥ずかしそうに叫んだ。



「土方サン……今日は付き合ってもらいやすぜぃ。だいたいねぇ……空気なんて読んでられるかってぇの! これ以上、土方に甘い思いをさせてたまるかってんだ!」



 総司サンは土方サンの肩に自分の腕を掛けると、酒瓶ごと飲んでいる。


 いつの間に飲んだのだろう?



「おい! 総司に酒ぇ飲ませた奴ぁ誰だ!」



 トシは焦っている様だった。



「だいたいねぇ……アンタはいつもそうだ! 眉間にシワぁ寄せて、意地ばっか張りやがって。そのくせ女にはモテやがるし……本当に……」



 総司サンは勢いよくお酒を飲みながら、トシに絡んでいた。



 他の皆もいつの間にか楽しそうにお酒を飲み始めている。



「みんな、桜サンが戻って来てくれて喜んでいるんだよ。勿論、私もね?」



 縁側に座る私に声を掛けてきたのは近藤サンだった。



「ですが……まだ少し迷いがあります」



「迷い?」



「一時とはいえ……長州や土佐の人たちと過ごしてしまって……私は裏切り者なのに……」



 私は思わず俯いた。



「君はそれで良いんだよ。どちらかに付く必要は無い。元々この時代の人間でない君を、我々のいざこざに巻き込むなどすべきでは無いんだ」



 近藤サンの言葉に、私は目を丸くする。



「桜サンはトシを慕っている、それに私たちの事も嫌いではないだろう?」



「……はい」



「ならば、それで十分だ。君は中立のままでも良いんだよ。無理にどちらかを嫌いになろうなどと考える必要は無い。長州の者も、一人の人として見れば……すべてが悪い奴とは限らんからなぁ」



 近藤サンは私に笑顔を向ける。



「まぁ……私としては、この新選組にずっと居てトシを支えてやって欲しいと思うのだがね」



 その言葉に、頬が一気に紅潮していくのを感じた。



「フフ……変わっとらんなぁ、そういうところも。何だか安心したよ」



 近藤サンはそう言うと、私の頭を撫でた。



 私……此処に居ても良いんだよね?



 私は、近藤サンの言葉に安堵した。







 


 

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