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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第26章 意図せぬ帰還
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尋問


 脱け出すタイミングを失った私は、眉間にシワを寄せるトシと対面していた。


 この不穏な空気こそが、身体の痛みよりも痛い。


 全てを話した時、私はどうなってしまうのだろうか?


 伏見奉行所で一度は死を覚悟したものの、一度助かってしまうと、死ぬのはやはり怖い。


 今のトシならば、私ですらも躊躇なく斬り捨ててしまいそうだ。


 何となく……そんな気がする。





「で? 此処を追い出された後……お前は何処で何をやっていた?」



 沈黙を破り、トシが私に尋ねる。


 その話し方は実に単調で、感情が読めない。



「長崎……と……萩」



 無言を貫けば、きっと斬られるだろう。


 ならば、全て話してしまえば良い。


 あの日言えなかった言葉も……全て。



「長崎だぁ? お前……どうやって、そこまで行った」


「龍馬サンに会って……連れて行ってもらったの」


「坂本龍馬……か。長州にも坂本と行ったのか?」


「長州へは……伊藤サンや井上サンに……」


「誰だ、そりゃあ」


「二人とも……長州の人」



 トシは深い溜め息を一つつく。



「長州でお前は何をしていた」


「所サンの医院を……」


「大先生は元気だったか?」



 その一言に、思わず涙が頬を伝う。



「お前……何で泣くんだよ」


「所サン……亡くなっていたの。私が行った時には既に……お墓の中だった」



 トシは私に差しのべようとした手を、すぐに引っ込めた。



「で? 大先生が居ねぇのに、何でお前がそいつの医院をやってんだ。誰が手配した?」



 やはりトシは勘が良い。


 所サンが亡くなったのに私が所サンの医院を継いでいる点に疑問を持ち、誰かが関与しているという事を見抜いているのだろう。



「誰だって聞いてんだよ!」



 トシは声を荒げる。


 彼はきっと……分かっていて言っている。



「…………晋作」



私は呟くように言った。



「そんな事だろうと思っていたさ。目覚めた瞬間に、高杉晋作の名を呼んでいたからなぁ?」



 トシは何だか辛そうな表情を浮かべていた。



「それにしても、たった半年で名前で呼び合う仲になってるたぁ……正直、お前を見損なった」



「ち……違っ!」



「違わねぇよ! 長州で高杉とさぞや楽しく過ごしたんだろうなぁ? 何せ……戻りたくなるくれぇだもんな」



 トシは私の顎を掴み、自分の方へと向かせる。



「戻りてぇなんて……長州で夫婦になる約束でもしたのか? アイツに……全てを許したのか?」



「そんな事は無い! 私たちは……そういう関係じゃないもの!」



「……どうだかな」



「信じて……くれないんだ。自分は……私にあんな事をしておいて!」



 今まで泣く事を我慢していた分の涙が溢れる。


 辛かった思い出と、悔しさと……様々な感情が入り乱れていた。



「あんな事って何だよ」



「トシが……私を追い出した事。自分が居ない時に、わざと皆を使って出て行かせたじゃない! 長州でも何処でも行けば良いって……だから、私は……」



「ちょっと待て! そりゃあ誤解だ。俺ぁそんな事はしちゃいねぇよ」



「誤……解?」





 その瞬間、部屋の襖が勢いよく開いた。



「帰って……来たのか」



 私とトシの間を割って入り、私の体を包み込むように力強く抱き締めたのは、近藤サンだった。



「本当にすまなかった……辛い思いを沢山させてしまっただろう」



 近藤サンは涙を流していた。



「近藤サン……帰って来ていたのかよ」


「当たり前だ。山崎から報告を受けて……すぐに戻ってきた」


「仕事はどうした?」


「そんな物は、伊東サンに任せたに決まっているだろう!」


「何だそりゃ……俺ぁ知らねぇからな!」


「いざとなれば、腹を斬るさ」



 近藤サンは私をそっと離した。



「トシは悪くは無いんだ……今回の事は全て、私が悪い。私がトシを信じずに、勝手な事をしてしまったからこうなった……桜サンが私を許せないと言うならば、腹を斬ろう。だから……戻ってきてはくれないだろうか?」



「切腹だなんて……そんな事は望んではいません! 今更責める気もありません。ですが……私は……」



「何だ? 何かあるのか?」



 近藤サンは不思議そうな顔をする。



「こいつぁ……坂本龍馬の手を借りて、長州に居やがったんだよ! それも……高杉晋作と共に」



 トシが近藤サンに言った。



「長州……か」



 近藤サンは何やら考え込むような素振りを見せる。


 やはり、新選組の者が長州と通じるなど許されない事なのだろう。


 難しい表情を浮かべている。



「桜サンは何故、長州に行ったんだい?」


 近藤サンは静かに尋ねた。


「それは……成り行きです。屯所を出た後、土佐藩士に会いまして……その流れで龍馬サンに会いました。龍馬サンが長崎に行くと言うので、長崎に連れて行ってもらい……そこで偶然、長州藩士と出会いました。その方々は晋……いえ、高杉を知っているというので行き場のない私は、師である所サンを頼りに長州まで行った次第です」


「そうか……それで、師の元で医術を行っていたという事か」


「いえ……私が長州に行った時には既に彼は亡くなって居ました。困り果てていた所を高杉の計らいで、所サンの医院を継ぐという形で生活していました」


「それで? 何故京に戻ってきたんだい?」


 私はこの答えを話して良いものなのか戸惑う。


「私は君を責めたりはしない。だから全て話してくれないか?」


 近藤サンの言葉に、小さく頷いた。


「龍馬サンを……救うためです」


「坂本龍馬を?」


「はい。今回の事で、龍馬サンにも長州の皆にも恩を感じました。だから……龍馬サンの命を救いたいと思い、この京に戻ってきたのです」


「そう……か」


 なんだか悲しそうな顔を浮かべる近藤サンに、私は少し罪悪感を感じた。



「ですから……私には、此処に居る資格はもう……ありません」



 近藤サンの表情を見るのが苦しくて、私は俯いた。



「ならば……せめて俺の手で……斬ってやる」



 トシは静かにそう言うと立ち上がり、ゆっくりと刀を抜いた。




 そうだよね。



 やっぱり……



 斬られる……よね。



 思えば短い人生だった。



 何一つ成し得やしていない。



 本当につまらない人生。



 でも、この幕末の世でトシと出逢い、皆と出逢い……楽しい事もたくさんあった。



 それだけがせめてもの救い……か。



 私は覚悟を決めると、伝い落ちる涙を拭い、ギュッと目蓋を閉じた。









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