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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第26章 意図せぬ帰還
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半年ぶりの屯所



「新しい世が訪れたら……そん時は、お前を迎えに行く」



「晋作!!」



 私は勢いよく飛び起きる。


 その瞬間に訪れる全身に響くような鋭い痛みに顔を歪ませた。


 夢を見ていただのだろうか?


 あの日の……晋作の夢を……



「久方ぶりに会ったというのに、他の男の名を呼ぶたぁ……どういう了見だ?」



 半年ぶりに聞く懐かしい声に目を見開く。


 ゆっくりと、その声の主の方へと顔を向けた。



「ト……シ……。どうして此処に……」



 半年前と全く変わらぬ姿。


 変わらぬ表情。


 不機嫌そうな顔。



「そりゃあ、俺が聞きてぇよ……お前、一体今まで何処に居た?」



 トシは静かに近付くと、鋭い視線で私を見据えて言った。


 この表情は前にも見た事がある。


 あれは確か……初めて逢った時だったか。



「おい……聞いてんのか?」



「話せる事は……何も無い」



 私は俯く。



「話せるかどうか聞いてんじゃねぇ。何処で何をしていたかと聞いたんだ!」



「そんなの……何処でも良いでしょう? だって、追い出したのは、そっちなんだから」



 その一言に、トシは苛立つ様子を見せる。



「いいか! 全て話すまでは、此処からは出られると思うなよ? それと……事と次第によっちゃあ……解っているな?」


 トシは冷たい表情でそう告げると、部屋を出て行った。




 一人残された部屋で、私は考える。


 何故、私は此処に居るのだろうかと……


 役人に奉行所へと連行された。


 冷たい牢の中で、龍馬サンについて尋問された。


 鞭で打たれた痛みに意識を手放せば、水をかけられ無理矢理起こされる。


 覚悟はしていたものの、本当に人権など皆無に等しい取り調べであった。


 何度となくそれを繰り返し、気付けば此処に居た。


 私があの時……新選組の名を出してしまったからだろうか?


 手当は誰がしてくれたのだろう。


 一晩明けた今でも、少しでも動けば鋭い痛みが体中を襲う。


 



「入っても……良い?」


 総司サンの声だ。


 そう尋ねられたものの……新選組の皆にどんな顔をして会えば良いのだろうか。


 私はしばらく何も答えられずにいた。


「ごめん……入るよ」


 私の意思などは尊重されない様で、総司サンは勝手に襖を開く。



「久し……ぶり」



 総司サンは、私の隣に座り小さく呟いた。


 私はただただ俯くばかりで、声すら発する事もできない。



「ごめん! 本当にごめん! 全部僕たちの……僕のせいだ!」



 総司サンは頭を深く下げると、ポロポロと涙を流す。


 そんな総司サンに、私は掛ける言葉が見つからない。



「あの日……僕らが勝手な事をしなかったら……。土方サンを信じていたら……こんな事にはならなかったのに……」




 子供の様に泣きじゃくる総司サンが、何だか不憫に思えた。


 みんなが結託して私を屯所から出したとはいえ、実際に話を持ちかけたのは総司サンだった。




 きっと……この半年間、一番思い悩んだのだろう。



 そう思うと、総司サンを怨む気にすらなれなかった。




「……総司サンのせいじゃないですよ」




 私は、総司サンの背中をさすりながら言った。



「桜……チャン?」



「新選組を離れて半年、私は色々な体験をしました。そりゃあ、はじめは辛かったですけどね? それでも、自分の見識を広げる事ができて……むしろ感謝していますよ」



「そんな事……言うなんてズルイや」



 総司サンは涙を流しながら無理矢理、笑顔を作った。



「でも……また屯所に戻って来てくれて……本当に良かった。桜ちゃんが居なくなってから、本当に大変だったんだよ? けど、今日からはまた一緒に暮らせるね」



 その言葉に胸がズキっと痛む。




「ごめん……なさい。私はもう……此処には居られないの」




 新選組を離れてからの半年間、自分がしてきた事を思い出す。


 長州をはじめ、土佐や薩摩……様々な維新志士たちと関わってきた。


 そんな私が、今更ここに戻れる訳がない。




「どうして? どうして、そんな事を言うんだよ!」



 総司サンは声を荒げた。


「理由は……言えない。けど、私には戻るべき所がありますから」


 私はキッパリと言った。


「戻るところって……土方サンはどうするんだよ!?」


「トシは……きっと、私の事なんてもう何とも思ってやしないだろうから。さっき会ったけど……そんな顔をしていました。初めて逢った時のような……冷たい顔を」


「そんな事……無い。土方サンはずっと……」


「慰めはやめて下さい! もう……良いんです。私は今夜にも此処を出ます。手当てしてくれて、私を救ってくれて……本当にありがとうございました」



 私が強く放ったその言葉に、総司サンは何も言い返せないようだった。


 俯き、ギュッと唇をかみしめている。





「何勝手な事ばかりぬかしてやがんだ? お前……そんな理屈が、まかり通るとでも思っているのかよ」




 声のする方へと視線を移す。



「ト……シ」


「土方……サン」



 トシは私の目の前でしゃがみ込むと、私の顔を覗き込んだ。




「局を脱すれば……切腹だ」




 変わらない姿、変わってしまった表情。



 私が愛した人は、こんなにも冷たい表情をする人だっただろうか?




「私は……新選組ではありません」


「そんな理屈は通用しねぇ」


「私は此処を出された身です!」


「お前は新選組だ。聞くところによると……山南サン同様、長期休暇という事になっているそうだな? ならば、お前はまだ新選組という事だ」


「……っ」




 私は何も言い返せなかった。



「腹なら……僕が……斬る」



 沈黙の中、総司サンは私とトシの間に割って入る。


「そもそも、これは僕が悪いんです。僕が……アーネストの所でも長州でも、何処でも行って良いなんて言ったから……」


「総司……サン?」


「だから僕の責任です。僕が腹を斬る!」


 総司サンはトシを真っ直ぐな目で見据える。



「総司……お前にゃ聞いてねぇ!」



 トシは総司サンを突き飛ばすと、私へと更に近付いた。



「今夜、これまでの事を洗いざらい話してもらう。良いか……逃げんじゃねぇぞ?」



 全身が凍りつく様な鋭い視線に、私は何も反応する事が出来なかった。




 たった半年で、人はこうまで変わってしまうのだろうか?



 ただ単に、私への愛情が無くなっただけ……というより、むしろ憎悪感を抱かれている様にすら感じる。



 姿形は同じでも、それは全くの別人のようだ。



 夜までに此処を出なければ……



 斬られる!



 身の危険を感じた私は、一人残された部屋で屯所から脱け出す方法を模索していた。




















 




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