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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
番外編
154/181

波乱の夜




「副長! 大変です」


 島田が勢いよく襖を開ける。


「どうした?」


「先程……伏見奉行所から通達がありまして……」


「伏見が何だって?」


「新選組の名を語る者を捕らえたので、至急奉行所に来るようにと……」


 俺は筆を置くと、溜め息を一つつく。


「そりゃ俺の管轄外だ。そいつは捨て置け!」


「ですが……」


「良いか? 島田。奉行所に捕まるたぁ……そいつは何かしらやらかしてんだ。そんな奴を連れ帰った所で……切腹だ」


 そう告げると、俺はまた筆を執る。



「ですが…」


「まだ何か言いてぇのか? 俺は忙しいんだ。くだらねぇ話は持って来るんじゃねぇ!」



 いつまでも食い下がる島田に、声を荒げた。



「女なんですよ!」



 島田は声の限りに叫んだ。



「もしかしたら……」



 こいつが何を言いたいのかは、何となく察した。


 アイツの……事か。


 だが……それは絶対に有り得ねぇ話だ。


 あれだけ探したのに、今更ひょっこり奉行所などに捕まっているはずがねぇ。



「それ以上言うな。女ならば尚更うちのモンじゃねぇ」



 そう言い放つと、島田は肩を落とし去って行った。



 新選組の名を語る女……か。



 それが本当にアイツだったら、どんなに良いだろうな。



 もう……生きちゃいねぇだろうな。



 山崎たちの目をかわし、女一人でこの京で生きて行けるはずがねぇ。



 書き物をする気も失せた俺は、縁側に出た。



 久しぶりにアイツを思い出しちまった。



 柄にもねぇな……




「土方サン!!」


 顔を上げると、平助や新八らが目の前に立っていた。


「何か用か?」


「何か用か? じゃねぇよ。こんな所で座り込んでいる場合じゃねぇだろうが?」


 新八がまくしたてる。


 チッ……


 島田の奴……余計な事をしゃべりやがって。


「土方サン! 絶対に桜ですよ! 早く奉行所に行きましょうよ」


 平助は泣きそうな顔をしている。


「んな訳ねぇだろうが! 馬鹿な事を言ってねぇで、さっさと持ち場に戻れ」



「馬鹿はアンタでしょう?」



「総司……」



「本当に桜チャンだったら……どうするんですか? 土方サンが行かないなら……僕が行きますからね」


「総司! 俺も付いてくぜ!」


「俺も、俺も!」


「よし……俺も付いて行こう」



 総司に続くようにして、新八や平助、斎藤までが名乗りを上げた。



 まったく、面倒臭ぇ奴らだ。



「待ちやがれ!」



「土方……サン?」



 皆の動きが止まる。



「俺が行く」



「なんだ、土方サンも行きたかったんじゃないですかぁ」



 総司はニヤニヤしながら言った。



「大勢で行くなど奉行所の奴等に何を言われるか分かったモンじゃねぇ……仕方ねぇ、俺が行ってくる」



 全く……



 本当に面倒な事になったモンだ。



 さっさと奉行所に行って、そいつを好きにする様に告げて帰ぇるか。




 俺は伏見までの長い道のりを、歩き続けた。








「新選組副長、土方歳三。奉行所より通達があり参った。事情の分かる者の所へ、さっさと案内してもらおうか?」


 奉行所に着くと、ある一室に通される。



「これはこれは、副長がいらっしゃるとは思っても居ませんでした……」


 奉行所の役人が部屋に入ってきた。


「ご託は良い! こっちは忙しいんだ。さっさと説明してもらおう」


「それは、失礼致しました。では、早速本題ですが……」


 なんだか、いけ好かねぇ野郎だ。


 この話し方が鼻につく。



「我々はここしばらくの間、土佐の脱藩浪士を追っていました」


「坂本龍馬……か?」


「お察しの通りです。その坂本が寺田屋にて潜伏していると聞き付け、そちらへ向かった次第なのです」


「で……その坂本は捕まったのか?」


「いいえ……残念ながら男の姿はありませんでした」


 男は首を横に振る。


「ならば、何故女を捕縛した?」


「その宿には、坂本の恋人が居るという話もありましてね。宿には三人の女が居たのですが……一人は女将。まぁ、さすがに女将は無いでしょう」


 笑いながら言う男に、辟易する。


「だから二人の女を捕縛したわけだ」


「いいえ……一人ですよ」


「一人? 何故だ?」


 こいつの話は長い。


 回りくどい言い方は好かねぇ。


「もう一人はただの京女でしたからね。私は、部屋の隅で震えて居るような女には用はありませんよ」


「ふぅん。それで……捕縛した女はどうした?」


「尋問に掛けたのですが……中々口を割らなくて困りました。まぁ……良い声で鳴いてはくれましたがね? とにかく……いくら痛め付けても、知らないの一点張りですよ」



 痛め付けただと?


 コイツは自分の言っている事が分かっているのか?


 仮にも新選組の名を出した者だと言うのに……俺らの許可無しに、尋問に掛けるとはどういう事だ!



「おい! その女は、新選組の名を語ったと言っていたな? それを、俺らの許可なしに尋問に掛けるたぁ……一体、どういう了見だ?」


 俺は新選組を蔑ろにした奉行所に憤慨した。



「はじめはね、彼女も自分は新選組だと言っていたんですよ。ですが……新選組の者を呼んで改めさせると言った途端に、態度が変わりまして」


「どういう事だ?」


「新選組は呼ばないで欲しい……と。今はもう関わりは無いからと懇願する始末ですよ」


「今は……だと?」


「そこで、これは怪しいと尋問に掛けたのですが……中々強情な女でねぇ。まぁ、その女も元々は新選組であったという可能性は否定できませんし……ですから、念のため通達した次第です」



 嫌な予感が頭をよぎった。



 もしや……



 本当にアイツなのか?



「名は……名は何と言っていた」



 役人に尋ねながらも、鼓動が速まるのを感じていた。



「はて……何でしたかな? 確か…………梅だか桜だか、とにかく花のような名前だったかと」



「すぐに案内しろ!」



 大声でそう言うと、牢へと向かった。







 案内された牢に居た女を見て、思わず息を飲む。



 両手を縛られ、ぐったりと項垂れているその姿は、紛れもない……



 アイツの姿だった。



 所々から血が流れている。



 一体……どんな事をされたのだろう。



 何故、俺たちを呼ぶよう言わなかったのだろうか。



 待ち焦がれて居た相手が……変わり果てた姿でそこに居た。



 俺は、今にも刀を抜いてしまいそうな自分を抑えるのに必死だった。



 総司を……連れてこなくて……正解だったな。



 アイツならばきっと……刀を抜いていただろう。




「コイツは新選組の者だ。よって、俺が引き取る! 当然……異論はねぇな」



 役人を睨み付けると、意識の無い桜を抱き寄せ、屯所へと戻った。



「山崎! 山崎を俺の部屋に呼べ!」



 門をくぐるなり、声の限り叫んだ。



 騒ぎを聞き付け、幹部らが集まってくる。



「桜……!?」



 皆は、桜を見るなり言葉を失う。



「奉行所の奴が……勝手に尋問にかけやがった。ったく……新選組を蔑ろにしやがって!」



 俺は、行き場の無い怒りをあらわにした。



 部屋に行くと、既に山崎が待機していた。



「山崎……すまねぇが、コイツの手当てしてやってくれ」


「……承知」



 そう告げると、俺や幹部連中は部屋を出た。



 縁側に座り、山崎の処置が終わるのを待つ。



 俺らの周りには、微妙な空気が流れている。



 誰も言葉を発する者は居ない。




「桜チャン……今まで何処に居たんだろうね」




 沈黙を始めに破ったのは総司だった。



「……知るかよ。あんだけ探しても見つからなかったクセに……何で今更……」



「土方サン……。でも、見付かって良かったじゃないですか!」



「良くねぇよ! 平助……お前は何も分かっちゃいねぇ。あれから半年、桜が何処で何をやっていたか……事と次第によっちゃあ俺ぁ……アイツを斬らなきゃなんねぇ」



「斬るなんて……そんな物騒な……」



 平助はそう言っていたが、皆は理解しているのだろう。



 それ以上、何かを言う者は一人も居なかった。



 もうすぐ夜が明ける。



 桜が目覚めた時……



 俺はどんな顔をすれば良いのだろうか?



 どんな言葉を……掛ければ良いのだろう?



 考えれば考えるほど、何も思い付きはしなかった。








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