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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第25章 京 -薩長同盟-
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歪んだ歴史



 下に降りて行くと、数人の男が何やらお登勢サンと揉めていた。


「おかみサン……どないしはりましたの?」


「おりょうチャン……何やこの方らぁが、土佐の浪人を出せぇ言いはりましてなぁ」


「浪人どすか?」


「此処にはそないな客は居てはりません言うたのに……納得してもらえへんのや。此処はええから、二人は二階へお行きやす」


 お登勢サンの言葉に、私とおりょうサンは二階へと上がって行った。




 どういう事!?



 あれは、どう見ても幕府の捕方だ。



 寺田屋事件は、明後日に起こるはずだ。



 何故、今……それが起きているのだろう?



 私は混乱しきっていた。



 おりょうサンを……とにかく、龍馬サンの元へ向かわせなければ……



 この現状では、龍馬サンが居ない事が不幸中の幸いだ。



 それに、この宿に居たところで、捕方の方も女には用は無いはずだ。



「おりょうサンは、捕方が帰ったら……すぐに小松邸に行ってくださいね?」


「分かってはります」


 私の言葉に、おりょうサンは小さく答えた。



 そうこうしている内に階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。


 案ずることは無い。


 きっと私たちなどには目もくれず、彼らは通り過ぎて行くはずだ。


 捕方達は一室一室確認している様子だった。


 私たちの居る部屋の襖も勢いよく開いた。




「何事ですか?」


 私は堂々と尋ねた。


「土佐の脱藩浪士がこの宿に居ると聞いた。隠し立てすると容赦は無いぞ」


 男たちは脅かすように言った。


「ご覧のとおり、この部屋には男など居ないではありませんか! 分かったら速やかに出て行ってください」


 私は精一杯の虚勢を張る。


「ふむ……騒がせてすまなかったな。どうやらこの部屋で最後の様だ。我々は失礼しよう」


 一通り見渡すと、男たちは背を向けた。



「土佐の脱藩浪士には、美しい恋人が居ると聞き及んでいます。それは……どちらでしょうかねぇ?」



 男たちが襖を開くと同時に、一人の男が部屋に入って来た。


 その男に対して、他の男たちは道を開け頭を下げる。


 きっとこの中でも一番偉い人物なのだろう。


 同心たちとは身なりが異なる。


 よく分からないが、役人か何かだろうか?



「確かに坂本は居ないようですね。ですが……恋人でしたら、居場所を知っているかもしれませんよね? お話を伺いたいので、私と共に来ては頂けませんか? 何なら……二人同時でも構いませんよ」



 おりょうサンは隣で俯いていた。


 それは、今にも自分が行くと言い出しかねない表情だった。


 絶対絶命……


 この危機を乗り越えるにはどうしたら良いのだろうか……




「おりょうサン……私が言った事、覚えていますね?」


 私はこっそり、耳打ちする。


「あんさん……何をしはるつもりや」


 おりょうサンは震える手で、私の袖を掴む。


「私は……大丈夫ですから」


 おりょうサンに笑顔を向けると、私は一歩前に出た。



「おやおや、貴方がそうでしたか……これは意外ですねぇ」



 役人は品定めをするような目つきで、私を見た。



「土佐の浪人などは知りません! 彼女も同様です。彼女は私の友人、その様な者とは関わりはありませんよ」


 私は役人を見据えて言う。


「そんな話は通用しませんよ。京の者が浪士を隠し立てするのは、世の習い。貴女もその一人でしょう? さ、何をしているのです。二人とも連れて行きなさい!」


 役人は振り返り、皆に命じた。


「無礼は許しません!」


 私の声に、男たちの動きが止まる。




 この場を乗り切るには……



 おりょうサンを救うには……



 もう、これしかない。




「京都守護職、会津藩松平肥後守容保中将御預……」



 私は精一杯声を張り上げた。



「新選組……蓮見桜! この私が、土佐の浪士などを匿うはずが無い!」



 その言葉に、ざわめき立つ。



 新選組……



 この名を再び口に出す日が来る事になろうとは。



 新選組の名を使い、この場をやり過ごせば……きっと大丈夫。



 彼らが立ち去った後は、おりょうサンを小松邸へ向かわせ、私は長州へ戻るんだ。



 ここですべき事は済んでいる。



「分かったなら、速やかに立ち去りなさい!」


 私は、更に力強く言った。


「新選組か……こりゃ情報も偽物だったな」


「奉行所に戻るとするか……」


 男たちは口々にそう言うと、部屋を出ようとする。


 これで……一件落着だ。


 私は、ホッと胸をなで下ろした。



「お待ちなさい!」



 一番偉いと思われる男は、帰ろうとする部下たちを制止する。



「新選組……でしたか。いやねぇ、かねてから新選組には女性の幹部が居ると伺っていたのですよ。そうですか……貴女がそうでしたか」


「そうです。医者として新選組では幹部格を賜っています。京を守る新選組が浪人風情と通じるはずがない」


「それはそれは、失礼致しました……」


 役人が背を向けた瞬間、全てが終わったと、胸を撫で下ろす。



「なんて……そんな話が信じられると、お思いですか?」



 役人は再度振り返ると、私の手首を掴む。



「離し……なさい……」


「その気概……貴女が新選組の名をかたった……坂本の恋人かもしれませんからねぇ。真か否かは、奉行所にて確認させて頂きますよ?」



 その冷たい視線に、背筋がゾクリと凍る。



「こっちの女はどうしますか?」



 部下の一人は、おりょうサンを指さす。



「放っておきなさい。部屋の隅で震えているような女は、ただの京女でしょう。私は……この気概のある女こそが怪しいと思いますからねぇ」



 この状況の中、おりょうサンを救えた事は良かったと思う。



「さ……桜!」



「大丈夫! 私は大丈夫だから……もう、家に……帰って!」



 おりょうサンは、私の言いたい事を察してくれたようで、小さく頷いていた。



「自分の心配よりも、友の心配ですか……泣けますねぇ」


 役人はわざとらしく言った。


「私を、どうするつもり?」


 私は彼をキッと睨む。


「さて……どうしましょうね?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるその表情に、無性に腹が立つ。




 こうして、私は伏見奉行所へと連行された。



 おりょうサンは、無事に小松邸へと行けただろうか?



 そして私は、これからどうなってしまうのだろうか……



 坂本龍馬の恋人として尋問に掛けられた上に、斬られるのだろうか?



 それとも、新選組に戻され切腹させられるのだろうか?



 どちらに転んでも、その末路は『死』以外には思い浮かばない。





 晋作、ごめんね。



 私……長州に戻れそうもないや。



 新しい世が来て、迎えに来てくれても……



 もう生きてさえ……いないかもしれないね。



 私は牢に繋がれたまま、心の中で呟いた。












 


 

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