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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第25章 京 -薩長同盟-
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説得




 龍馬サンが薩摩と長州の密約を果たしたその直後、私は龍馬サンを小松邸に残し、一人で寺田屋へと向かっていた。


 おりょうサンに早く会いたいと駄々をこねる龍馬サンを説き伏せる事は、なかなか至難の技だろうが、木戸サンを信じる事にしよう。


 木戸サンはあの晋作を上手く扱えるのだ。


 きっと大丈夫……


 なんにせよ、今ここで龍馬サンを寺田屋へと行かせるわけにはいかない。


 明後日の夜、寺田屋事件が起きる事が分かっているからだ。


 例え寺田屋が伏見奉行所の役人に囲まれたとしても、そこに標的となる龍馬サンさえ居なければ問題ない。


 私はそう考えていた。






「おりょうサン!!」


 私は寺田屋に駆け込んだ。


「なんや、そないに慌てて……どないしたん?」


「そ……相談……相談があるんです」


「と、とにかく上がりやす」


 おりょうサンは私を伴い、二階へ上がる。






「何やあったんか?」


「今日は……大切なお話があって参りました」


 私のただならぬ雰囲気に、おりょうサンはゴクリと唾を飲み込んだ。



「私は……今や明日をも知れない身。その前に、出来る事は全て済ませておきたいのです」


「なんや、こないな若い娘が……お侍はんの様な事を言いはって」


 おりょうサンは言葉をつまらせる。




「今日から数日間、龍馬サンと共に薩摩の小松邸で過ごして下さい!」


「な!? 急に戻って来はって……一体、何やの? うちは嫌や」


 事情を全て話さなければ、おりょうサンは動いてくれないかもしれない……


 焦っていた私は、全てを話した上で交渉する事に決めた。



「今から話す事は信じられないかもしれません……ですが……信じて下さい!」



 私は、深々と頭を下げた。



「何やの? もう……ええから早う話しおす」



 その言葉に、私は一つ一つ丁寧に説明した。




 私が未来から来た事。


 本来ならば明後日の夜、この寺田屋に幕府の捕方が現れ龍馬サンが襲われる事。


 それを避ける為にも、二人には小松邸で過ごして欲しいという事。


 それから……龍馬サンの辿る運命を……




 小松邸や薩摩藩邸で過ごす件に関しては、何となく了承してもらえた様だった。



 あとは……慶応3年11月15日の近江屋の件だ。




「運命を……変えたいとは思いませんか?」


「運命?」


 おりょうサンは悲しそうな表情を浮かべたまま、小さく呟く。


「寺田屋での件は、命に別状がない程度かもしれませんが、近江屋での件はそうは行きません。例えその日を過ぎたところで、その後も同様の事が繰り返されてしまうような気がします」


「……そうやねぇ」


「私は、龍馬サンの命を救いたいんです! 日本の未来への礎を作ってくれた偉人ですから……できればその後は、末永くおりょうサンと穏やかに暮らして欲しい。そう思うんです」


「なぁ……あんさんの言う通りにすれば、龍馬の命は助かるん?」


「それは……正直私にもわかりません。私は今まで、史実を捻じ曲げ過ぎました。死ぬべき人を生き長らえさせてしまいましたから……」


「せやったら……龍馬だって!」


 おりょうサンは私の着物をギュッと掴む。


「史実通りに進まないように、様々な出来事を回避できれば龍馬サンも助かるかもしれません。ですが、今までの私の所業が歴史に歪を生んでしまうかもしれないのです。それが、誰にどのように現れるのかも分かりません……ですから、確実とは言い切れないのです」


 私は小さく深呼吸する。


「けど、何もしなければ死を待つだけです。だから……私はこうやって行動を起こしています! 私の策を聞いて頂けますか?」


「……そうどすなぁ。何もせんかったら龍馬との時間もあと僅か……せやったら、あんさんの策に乗るのもええのかもしれへんね」


 おりょうサンはニッコリと笑った。




 私の策を、おりょうサンに聞かせた。


 先日、私がアーネストさんに頼んだ内容。


 慶応3年の11月15日の寸前に、アーネストさんの助けを借りて、二人は日本から離れて欲しいという事。


 その説得を、おりょうサンに頼みたいと言う事。


 全てを、おりょうサンに打ち明けた。



「龍馬を守る為やったら……うちは、どんな事でもしはります」



 私の話を聞いて、そう力強く言い放ったおりょうサンの姿に、いつかの幾松サンの姿を重ねていた。


 こういう女性が傍で支えてくれて居たからこそ、維新志士たちは新しい世を切り開けたのではないか……私はそう感じた。



「私に何かあったとしても……必ずアーネストさんを訪ねて下さいね! 約束ですよ?」



「来年の11月……覚えたえ! あんさんも、そないな事言わんと……早う、ええ男を見つけぇ」



「痛っ! おりょうサンてば……酷いですよぉ」



 私は、小突かれた額をさする。



「心配しなくても……もう大丈夫です! 私ね、龍馬サンたちが無事に海外へ渡航できたら……長州に戻るんですよ」


「戻る? そないな言い方は……もしや、あんさん長州で色男でも見つけはったんか?」


「そういう訳じゃないですけど……待っててくれる人が居るから。あ! でも好きとか、そういうんじゃ無いんですよ? ただ……安心するというか、一緒に居ても嫌じゃないというか……」


「阿呆! それが好いとるって事やないの。自分の気持ちも分からんで……何や、あんさんは思うたより子供どすなぁ」


「そ……そんな事はないですよ! だって……まだきっと、トシの事が好きだから。そんな簡単に他の人を好きになんてなりませんよ」


 その言葉に、おりょうサンは深い溜息をつく。


「情と愛情は違いますえ」


「どういう……意味……」



 その時



 何やら急に下から騒がしい声が聞こえてくる。



「何や、お客さんやろか?」



 おりょうサンが下へ降りて行く。



 何だか言い知れぬ胸騒ぎがした私は、おりょうサンに付いて行った。






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