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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第24章 密約に向けて
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嘘か真か



「おーい。邪魔するぜよ……っとと! お、おまんら……いつの間にそういう仲になっちょったがかえ!?」


 その声のする方へ、私と晋作は同時に顔を向ける。


「りょ……龍馬サン!? ち……ちち違うんですよ! これは誤解ですっ」


 私は慌てて晋作から離れた。


「フンッ……邪魔ぁすんじゃねぇよ」


 晋作は照れ臭そうに、龍馬サンから顔を背けた。



「なんじゃあ? そういう事なら、あん時にでも言うてくれりゃあ良かったきに……高杉も相変わらず照れ屋じゃのう。ほいたら、わしも……こがぁなお節介を焼かんでも済んだがじゃ」



 龍馬サンは、ニヤニヤしながら楽しそうに言った。



「先程の話はあれで済んだはずだろうが。お前……何故、此処に来た?」


「そげな冷たい事ぉ言わんでもええじゃろうが。まっこと高杉は冷たいのう? 高杉と別れた後に、ちくっと面白い話を仕入れてのぉ……こうしてわざわざ来たちゆうきに」


「フンッ……お前に優しくしてやる道理はあるまいよ。さっさと話して帰りやがれ」


「けんど、そんな所も中々愛らしいのう?」


「き……気色悪ぃ事を言うんじゃねぇ!!」


「勿論……冗談じゃ」



 晋作を思う存分からかった龍馬サンは、しばらくの間豪快に笑っていた。


 そんな姿を見て、私も笑う。




 これで良い。


 そう、これで良いんだ。


 京になんて行く必要は無い。


 私はこのまま長州で、この医院で、晋作たちと共に生きていくんだ……



 まるで自分に言い聞かせるかのように、私は心の中で繰り返し呟いた。





「桜サンも高杉と新たな恋をしちょうなら、こげな余計な情報は要らんかったのう? 高杉が言わんきに、骨折り損のくたびれ儲けだったがじゃ」


 龍馬サンは笑いながら言った。


「……情報?」


 私は小さく呟いた。


「やめぇ、やめぇ! 昔の男の話を聞いちゅうところで、おまんは面白くも何とも無いがじゃろう? きっと、高杉も聞きたく無いち思うぜよ」




 昔の……男?


 そこで思いつくのは、ただ一人だけだ。


 トシに……何かあったのだろうか?


 私の心がざわめき立つのを感じた。


 しかし、長州で生きていくと決めた手前、龍馬サンにその情報を尋ねる事は出来なかった。




「なんじゃ、随分と複雑そうな表情をしちょるのう? そがぁに気になるかえ?」


 龍馬サンは私の顎を掴むと、わざとらしく尋ねる。


「……いえ……気にはなりません」


「ほうかい、ほうかい。この情報はのぉ……おまんの運命を左右するような話じゃけんどなぁ……」


「っ!! いい加減に……」


 龍馬サンに、私よりも早く怒りをぶつけたのは、晋作だった。



「いい加減にしろ! お前……何が言いてぇ? 言いたい事があるなら、さっさと言え。回りくどい事ぁいらねぇよ!」



「すまん、すまん」


 龍馬サンはへらっと笑いながら頭を掻く。



「桜サンと京で再会しよったあの日以来、おまんの事は調べさせてもろうとったがじゃ」



 真剣な表情に変わった龍馬サンは、話を始めた。


「私の事を調べた?」


「すまんのぅ。わしゃぁ、おまんを信用しっちょったけんど……周りがまっこと、うるさくてのぅ。本当に新選組を離脱しているのか……皆はそれが、気掛かりな様でのぉ」


「それは……わかります。一応、敵対する立場でしたから……」


 私は、俯き呟いた。


「とりあえず、おまんが新選組を抜けたちゆう事は、おまんが長州に渡った頃に分かったがぜよ。本題は此処からじゃ」


 龍馬サンの言葉に、ゴクリと唾を呑みこむ。


 この先の話を聞いて……私は、私のままでいられるのだろうか?


 取り乱したりは、しないだろうか?


 龍馬サンの、物々しい雰囲気に気圧される。



「あの! 私、お茶を淹れて来ます! 話はその後に……」



 耐え切れなくなった私は、気持ちを落ち着かせる為にも、台所へと向かった。





「おんしらが、そういう関係になっちょったとはのぉ……わしゃ、知らんかったがじゃ」


 龍馬サンは、晋作に言った。


「……勘違いだ」


「なぁにが勘違いじゃ。ああして抱き合っちょったじゃねゃ」


「ありゃぁ……俺が勝手にやった事さな」


「……ほうか。ほいたら、これからする話はおまんにとっては、耳が痛いかもしれんのぉ」


「それでも構うまいよ」


「高杉は、まっこと良い男じゃのぉ」






 台所へと逃げた私は心を決め、部屋へと戻った。


「お茶を……どうぞ」


「おぉ! すまんのぅ」


 龍馬サンは出されたお茶で、喉を潤した。



「早速、話に戻るとするかのぉ。おんしらは、これを聞いて何を選択するか……わしには興味があるぜよ」


「回りくどい話はこりごりだ。さっさと話して出て行け」


「高杉はつれないのぉ」


 晋作の不機嫌そうな表情と、龍馬サンの苦笑いを浮かべた表情を、私は交互に見て微笑んだ。



「桜サンの事を調べさせちょったら、面白い話も偶然耳に入ってのぉ。おまんは、自分が居のぉなってからの新選組の事を知りたいと思わんかえ?」


「私が出て行ってからの事……」



 その後の新選組がどうなったのか……気にならないと言えば嘘になる。


 私の塾は、新選組のみんなは……そして、トシは……この半年をどう過ごしたのだろうか?


 私が居なくなっても、何ら変わりなく過ごしていたのだろうか?


 やはり、気になる。



「聞きたいち言う顔をしちょるねゃ」


 龍馬サンはクスリと笑う。


「ほいたら、教えてやらん事も無い」


「教えて……下さい。その情報とやらを……」


「やっと素直になったがかえ? ご褒美に教えてやらにゃあならんのぉ」


 私も龍馬サンも晋作も、みんな真剣な表情に変わる。



「おまんが居のぉなってから数日後、新選組のモンらぁは必死におまんを探しちょったそうじゃ。幹部らから忍から……みんなぁが、おまんを探しちょったらしい。島原なぞは一軒一軒見廻っちょったと聞いちょる」


 龍馬サンの言葉に、私は耳を疑う。


「どう……して? 私を追い出したのは……みんな自身なのに……」


「そこが問題なんじゃ。おまんを追い出しちょって、その数日後に自分らぁで探し回るなぞ阿呆のする事じゃろう? その数日間に何があったのか……そこがこの話の面白い所なんじゃ」


「あ…………ト……シ?」


「おまんは、土方ぁが居らん時に追い出されたち言うちょったなぁ? わしが思うに、何か行き違いがあったんじゃあないがかえ?」



 行き違い。


 そう言えば、さっき晋作もそんな様な事を言っていた。


 でも……例えそうだとしても私は……



「土方ぁは、おまんが新選組を去った事を知らんかった。自分が戻ってみたら、おまんが居のぉなっちょった。じゃから、おまんが屯所を出た数日後……つまり土方が戻った日から、新選組が捜索を始めたがじゃ」


「それは……事実……ですか?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「こりゃあ、わしの憶測じゃき。けんど……そう考えるとつじつまが合う気がするがじゃろう?」



 龍馬サンの言葉に、私は俯き黙り込む。


 確かに……つじつまが合う。


 新選組のみんなが何か誤解をして、私を屯所から追い出した。


 トシはそれを知らずに、数日後に隊務から屯所に戻ってくる。


 そこで行き違いがあった事が分かり、皆が私を探していた。


 だが……


 本当にそうなのだろうか?


 何だか都合の良いように解釈し過ぎている気がする。


 これで屯所に戻って、龍馬サンの憶測が間違いだったとしたら……


 私はまた、みじめな想いをする。


 何の為に、私を探していたのだろうか?


 もしかして……


 私を斬る為?


 なんだか、考えれば考える程に悪い方に流されていってしまう。



「おい! 大丈夫か? お前……顔が真っ青じゃねぇか?」



 その声に、ふと我に返る。


 気付けば隣には晋作の姿があった。


「あ……うん。私は……大丈夫だから」


 心配そうな表情を浮かべる晋作を安心させようと、私は精一杯の笑顔を作る。


「無理……してんじゃねぇよ」


 晋作はボソっと呟いた。


「坂本! 悪ぃが今日はもう帰れ」


「ほうじゃのぉ……明日、もう一度来るきに。そん時までにどうするか決めとおせ」


 龍馬サンは私に言った。


「どうするか……とは?」


 私は龍馬サンに尋ねる。



「わしと、京に行くか……高杉らと長州に残るか……おまんが選ぶがじゃ!」



 龍馬サンは最後にそう言い残すと、颯爽と医院を去って行った。



 残された私たちには、微妙な空気が流れる。



 お互いに、何を話して良いのか分からなかった。



 この沈黙を破る為の良い言葉が思い付かない。



 龍馬サンの言葉に、私の心は完全に掻き乱されていた。





 

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