嘘か真か
「おーい。邪魔するぜよ……っとと! お、おまんら……いつの間にそういう仲になっちょったがかえ!?」
その声のする方へ、私と晋作は同時に顔を向ける。
「りょ……龍馬サン!? ち……ちち違うんですよ! これは誤解ですっ」
私は慌てて晋作から離れた。
「フンッ……邪魔ぁすんじゃねぇよ」
晋作は照れ臭そうに、龍馬サンから顔を背けた。
「なんじゃあ? そういう事なら、あん時にでも言うてくれりゃあ良かったきに……高杉も相変わらず照れ屋じゃのう。ほいたら、わしも……こがぁなお節介を焼かんでも済んだがじゃ」
龍馬サンは、ニヤニヤしながら楽しそうに言った。
「先程の話はあれで済んだはずだろうが。お前……何故、此処に来た?」
「そげな冷たい事ぉ言わんでもええじゃろうが。まっこと高杉は冷たいのう? 高杉と別れた後に、ちくっと面白い話を仕入れてのぉ……こうしてわざわざ来たちゆうきに」
「フンッ……お前に優しくしてやる道理はあるまいよ。さっさと話して帰りやがれ」
「けんど、そんな所も中々愛らしいのう?」
「き……気色悪ぃ事を言うんじゃねぇ!!」
「勿論……冗談じゃ」
晋作を思う存分からかった龍馬サンは、しばらくの間豪快に笑っていた。
そんな姿を見て、私も笑う。
これで良い。
そう、これで良いんだ。
京になんて行く必要は無い。
私はこのまま長州で、この医院で、晋作たちと共に生きていくんだ……
まるで自分に言い聞かせるかのように、私は心の中で繰り返し呟いた。
「桜サンも高杉と新たな恋をしちょうなら、こげな余計な情報は要らんかったのう? 高杉が言わんきに、骨折り損のくたびれ儲けだったがじゃ」
龍馬サンは笑いながら言った。
「……情報?」
私は小さく呟いた。
「やめぇ、やめぇ! 昔の男の話を聞いちゅうところで、おまんは面白くも何とも無いがじゃろう? きっと、高杉も聞きたく無いち思うぜよ」
昔の……男?
そこで思いつくのは、ただ一人だけだ。
トシに……何かあったのだろうか?
私の心がざわめき立つのを感じた。
しかし、長州で生きていくと決めた手前、龍馬サンにその情報を尋ねる事は出来なかった。
「なんじゃ、随分と複雑そうな表情をしちょるのう? そがぁに気になるかえ?」
龍馬サンは私の顎を掴むと、わざとらしく尋ねる。
「……いえ……気にはなりません」
「ほうかい、ほうかい。この情報はのぉ……おまんの運命を左右するような話じゃけんどなぁ……」
「っ!! いい加減に……」
龍馬サンに、私よりも早く怒りをぶつけたのは、晋作だった。
「いい加減にしろ! お前……何が言いてぇ? 言いたい事があるなら、さっさと言え。回りくどい事ぁいらねぇよ!」
「すまん、すまん」
龍馬サンはへらっと笑いながら頭を掻く。
「桜サンと京で再会しよったあの日以来、おまんの事は調べさせてもろうとったがじゃ」
真剣な表情に変わった龍馬サンは、話を始めた。
「私の事を調べた?」
「すまんのぅ。わしゃぁ、おまんを信用しっちょったけんど……周りがまっこと、うるさくてのぅ。本当に新選組を離脱しているのか……皆はそれが、気掛かりな様でのぉ」
「それは……わかります。一応、敵対する立場でしたから……」
私は、俯き呟いた。
「とりあえず、おまんが新選組を抜けたちゆう事は、おまんが長州に渡った頃に分かったがぜよ。本題は此処からじゃ」
龍馬サンの言葉に、ゴクリと唾を呑みこむ。
この先の話を聞いて……私は、私のままでいられるのだろうか?
取り乱したりは、しないだろうか?
龍馬サンの、物々しい雰囲気に気圧される。
「あの! 私、お茶を淹れて来ます! 話はその後に……」
耐え切れなくなった私は、気持ちを落ち着かせる為にも、台所へと向かった。
「おんしらが、そういう関係になっちょったとはのぉ……わしゃ、知らんかったがじゃ」
龍馬サンは、晋作に言った。
「……勘違いだ」
「なぁにが勘違いじゃ。ああして抱き合っちょったじゃねゃ」
「ありゃぁ……俺が勝手にやった事さな」
「……ほうか。ほいたら、これからする話はおまんにとっては、耳が痛いかもしれんのぉ」
「それでも構うまいよ」
「高杉は、まっこと良い男じゃのぉ」
台所へと逃げた私は心を決め、部屋へと戻った。
「お茶を……どうぞ」
「おぉ! すまんのぅ」
龍馬サンは出されたお茶で、喉を潤した。
「早速、話に戻るとするかのぉ。おんしらは、これを聞いて何を選択するか……わしには興味があるぜよ」
「回りくどい話はこりごりだ。さっさと話して出て行け」
「高杉はつれないのぉ」
晋作の不機嫌そうな表情と、龍馬サンの苦笑いを浮かべた表情を、私は交互に見て微笑んだ。
「桜サンの事を調べさせちょったら、面白い話も偶然耳に入ってのぉ。おまんは、自分が居のぉなってからの新選組の事を知りたいと思わんかえ?」
「私が出て行ってからの事……」
その後の新選組がどうなったのか……気にならないと言えば嘘になる。
私の塾は、新選組のみんなは……そして、トシは……この半年をどう過ごしたのだろうか?
私が居なくなっても、何ら変わりなく過ごしていたのだろうか?
やはり、気になる。
「聞きたいち言う顔をしちょるねゃ」
龍馬サンはクスリと笑う。
「ほいたら、教えてやらん事も無い」
「教えて……下さい。その情報とやらを……」
「やっと素直になったがかえ? ご褒美に教えてやらにゃあならんのぉ」
私も龍馬サンも晋作も、みんな真剣な表情に変わる。
「おまんが居のぉなってから数日後、新選組のモンらぁは必死におまんを探しちょったそうじゃ。幹部らから忍から……みんなぁが、おまんを探しちょったらしい。島原なぞは一軒一軒見廻っちょったと聞いちょる」
龍馬サンの言葉に、私は耳を疑う。
「どう……して? 私を追い出したのは……みんな自身なのに……」
「そこが問題なんじゃ。おまんを追い出しちょって、その数日後に自分らぁで探し回るなぞ阿呆のする事じゃろう? その数日間に何があったのか……そこがこの話の面白い所なんじゃ」
「あ…………ト……シ?」
「おまんは、土方ぁが居らん時に追い出されたち言うちょったなぁ? わしが思うに、何か行き違いがあったんじゃあないがかえ?」
行き違い。
そう言えば、さっき晋作もそんな様な事を言っていた。
でも……例えそうだとしても私は……
「土方ぁは、おまんが新選組を去った事を知らんかった。自分が戻ってみたら、おまんが居のぉなっちょった。じゃから、おまんが屯所を出た数日後……つまり土方が戻った日から、新選組が捜索を始めたがじゃ」
「それは……事実……ですか?」
私は恐る恐る尋ねる。
「こりゃあ、わしの憶測じゃき。けんど……そう考えるとつじつまが合う気がするがじゃろう?」
龍馬サンの言葉に、私は俯き黙り込む。
確かに……つじつまが合う。
新選組のみんなが何か誤解をして、私を屯所から追い出した。
トシはそれを知らずに、数日後に隊務から屯所に戻ってくる。
そこで行き違いがあった事が分かり、皆が私を探していた。
だが……
本当にそうなのだろうか?
何だか都合の良いように解釈し過ぎている気がする。
これで屯所に戻って、龍馬サンの憶測が間違いだったとしたら……
私はまた、みじめな想いをする。
何の為に、私を探していたのだろうか?
もしかして……
私を斬る為?
なんだか、考えれば考える程に悪い方に流されていってしまう。
「おい! 大丈夫か? お前……顔が真っ青じゃねぇか?」
その声に、ふと我に返る。
気付けば隣には晋作の姿があった。
「あ……うん。私は……大丈夫だから」
心配そうな表情を浮かべる晋作を安心させようと、私は精一杯の笑顔を作る。
「無理……してんじゃねぇよ」
晋作はボソっと呟いた。
「坂本! 悪ぃが今日はもう帰れ」
「ほうじゃのぉ……明日、もう一度来るきに。そん時までにどうするか決めとおせ」
龍馬サンは私に言った。
「どうするか……とは?」
私は龍馬サンに尋ねる。
「わしと、京に行くか……高杉らと長州に残るか……おまんが選ぶがじゃ!」
龍馬サンは最後にそう言い残すと、颯爽と医院を去って行った。
残された私たちには、微妙な空気が流れる。
お互いに、何を話して良いのか分からなかった。
この沈黙を破る為の良い言葉が思い付かない。
龍馬サンの言葉に、私の心は完全に掻き乱されていた。




