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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第24章 密約に向けて
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晋作と龍馬



 乙丑丸の件も一段落したある日の事。


 俺は坂本に呼ばれ、とある料亭に足を運んでいた。


 坂本は話があるとだけ言い、俺を呼び出したのだ。





「お前から呼び出しておいて、随分と遅かったじゃねぇか」


 俺は坂本に、嫌味を含めて言った。


「すまんのぉ。わしゃ、こう見えて色々と急がしゅうて仕方が無いがじゃ」


 口ではそう謝りつつも、悪びれる様子の無い坂本に何だか腹が立つ。



「で……話というのは何だ?」


「ほうじゃった! 高杉には大事な話があったがぜよ」


「フン……勿体ぶらねぇで、早く話せや」


「相変わらず、おまんは可愛いげが無いのぉ」


「お前にどう思われようが、俺ぁどうでも良い」


 その言葉に、坂本は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。



「ほいたら、単刀直入に言おうかのぉ」



 坂本は急に真剣な表情に変わる。



「わしゃあ、京へ向かおうと思うちょる」



「何だ……そんな話なら、わざわざ呼び出す事もあるまいよ」



 坂本はこれだけの話の為に、わざわざ俺を呼び出したのだろうか?



「最後まで聞けっちゅうに……おまんは、まっこと人の話を聞かんのぉ」


 坂本はそう言うと、話を続けた。


「京へ行くのは、わし一人じゃないきに」


「誰と行く? 木戸か? 言っておくが、俺ぁ共には行かねぇぞ」



 俺は坂本にキッパリと言い放つ。



「おまんなぞ連れては行かん! わしの身が余計に危なくなるき、こっちから願い下げじゃ。わしゃあなぁ……桜サンを連れて行こうち思うちゆう」



「な……に!? 何故、お前が桜を連れて行く」



 坂本の言葉に、俺は耳を疑った。



「確かに、桜サンは長州に来てからというもの、よう笑う様になったがじゃ。けんどのぅ……やはりわしにゃあ、あの子が無理しちゅう様に見えるがぜよ」


「……どういう意味だ?」


「ほれ、新選組を追い出されたち言うちょったろう? その事が、あの子の中ではまだ引っ掛かっているように思えるがじゃ」



 坂本は深い溜め息を一つつく。



「そんなもん……俺がすぐに忘れてさせてやるさ」


「……高杉にそれが出来るかのぉ?」


「何が言いたい?」


「高杉……おまんは、まっこと良い男じゃ。けんどなぁ、桜サンはいまだに新選組の副長とやらの事を想うちょる」


「そんな事ぁ、共に居る俺が一番よく分かっているさ! だが……」



 坂本は俺の言葉を遮るように、口を開く。




「いつか、心が……壊れるき」




 心が壊れる……だと?




 坂本には悪ぃが、俺はこれでも桜を大切に扱ってきたつもりだ。


 アイツが壬生狼を忘れ、気持ちが俺の方に向くまでは、決して手は出すまいと……そう思う程に。


 アイツの気が紛れるよう、アイツが面白可笑しく暮らせるよう……俺は、ずっと心を砕いてきた。


 俺の何が足りないと言う?


 そんな俺の怒りの矛先は、何故か坂本へと向いていた。




「お前に何故、そんな事を言われなきゃなんねぇんだ? 俺たちは……上手くやっている」




 本当に上手くやっているのか?


 坂本にそう言いながらも、心の中では自問自答を繰り返していた。




「よく聞くがじゃ、高杉。確かに、おまんと居る時のあの子は、一見楽しそうに見えるきに。けんど……あの子は自分の感情を抑え過ぎちょる」


「あの男を……忘れようと必死なんだろうよ」


「必死過ぎるからこそ危なっかしいがじゃ。おまんは本当は解っちゅうがじゃろ?」




 坂本の言葉がやけに胸に突き刺さる。



 お前に言われなくとも……それくらいの事ぁ解っているさ。



 だが……



 折角、手元に置いておける状況になったというのに……みすみす手離す様な真似は御免だ。




「で、桜はどうしたいと言っていた?」



「桜サンにゃまだ言うちょらん。まずは、おまんに話してからち……思うたぜよ」



「…………そうか」




 俺は小さく呟いた。




 アイツにとって何が幸せなのだろうか?




 ふと考える。



 この先、俺の方に気持ちが向く事があるのか?



 俺では……駄目なのだろうか?




「もう一度京へ連れて行って……桜サンに選ばせてやりたいがじゃ」



「選ばせる……だと?」



「ほうじゃ。京へ行って、京の街並みを見て……それでも長州へ帰りたいち言うたら、そん時は高杉の元へ帰すつもりじゃ」



「もしも……壬生狼に戻ると言ったら?」



「わしゃあ、新選組へ帰しちゃろうち思うちゆう。そもそも……何も話をせずに別れるき、苦しむがじゃ。いっぺん、副長と話をせにゃあ……桜サンが前に進む事は出来んち思うがぜよ」



「そうかも……しれねぇなぁ」



「おぉ? 高杉が反論しないなど、まっこと珍しいのぉ」



 坂本は目を丸くする。



「俺ぁ、そこまで馬鹿ではあるまいよ。だが……あの頑固者が、京へ行くと言うモンかねぇ?」


「そりゃあ簡単な事じゃ。西郷サンが京に居るがじゃ。そして、木戸サンも既に京へ向こうちょる。薩摩と長州を結ぶ手伝いをして欲しい……それが、表向きの理由じゃき」



「アイツにとって……幸せってぇのは何だろうな?」



「おまんが他人の気持ちを考えるようになるとはのぅ……高杉も成長したもんじゃのぉ」



 坂本はそう言うと、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。



「チッ……気安く触るんじゃねぇよ」



 坂本の手を振り払いながら、俺は言った。



「おまんは、まっこと猫の様な男じゃのぉ」



 そんな俺の様子を見て、坂本はいつまでも笑っていた。










 

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