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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第24章 密約に向けて
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会食



「今日の夕餉は外に出る」


 医院にて診療の後片付けをしていた私に、晋作は突然言った。


「そう……行ってらっしゃい」


 私は手を休める事もなく答える。


「お前も行くに決まっているだろう?」


「え? 私も!?」


「今日の会食は、坂本や桂も来る。お前が来るのは当然さな」


 晋作の理論はよく解らなかったが、仕方なく従う事にした。





 夕餉の時刻になり、城下町の料亭へと向かった。


 店の前に着くと、龍馬サンや桂サンそれに伊藤サンと井上サンも居た。


「桜サン! 久しぶりじゃのう。元気にしちょったか?」


 久しぶりに見る龍馬サンの笑顔に癒される。


「お久しぶりです。いつの間にか長州に来ていたのですね。歓迎しますよ」


 桂サンと会うのは、禁門の変以来だろうか。


 少し複雑な気持ちになった。


「そういえば……所サンの医院を継いだそうですね? 伊藤の話によると、晋作が入り浸っているとか……ご迷惑でしたら私に言って下さいね?」


「そんな……迷惑だなんて。私の方こそ突然現れたのに、医院の事も含めて色々と手配して頂いて本当に感謝しているんですよ」


「そうでしたか……晋作らしいと言えばそうですね。何か困ったことがあったら言って下さいね? 私も、ここに居る伊藤や井上も力になりますから」


「ありがとうございます」


 私は桂サンに深々と頭を下げた。


「桂サンは、まっこと優しいのう」


 龍馬サンはしみじみと言った。


「桂ではないですよ。今は木戸と名乗っています」


「木戸……サン?」


 私は小さく呟く。


 木戸……孝允?


 この頃にはもう既に、木戸孝允と名乗っているのだろうか。


「そうですよ。藩主から木戸姓を賜りましてね……木戸貫治と名乗るようになりました」


「そうでしたか……」


 貫治……そう名乗っていた時期もあったのか。


 それならばいつから孝允と名乗り始めたのだろう……私は少し疑問に思った。



「おい! こんな所で話し込んでねぇで、さっさと中にはいるぞ」



 晋作は何故か不機嫌そうな表情を浮かべている。


「あ! 待ってよ」


 私は晋作を追いかけた。


 それに続くようにして、皆も店へと入る。





 部屋に通されるなり私は腰を下ろした。


 一番奥に晋作と桂サンが並び、桂サンの隣に龍馬サンが居る。


 今日はきっと大事な話があるのだろうと思った私は、入口の傍の末席に座った。


 右隣りは龍馬サン、目の前には伊藤サンと井上サンが居た。


 料理が運ばれてくると、いよいよ会食が始まる。


「あれ? 今日は皆サンは飲まないのですか?」


 私は龍馬サンにそっと尋ねる。


「大事な話が終わるまでは飲む訳にはいかんがじゃ」


「大事な話?」


 私は首をかしげる。



「坂本、その話とやらをさっさと済まさねぇか? 酒が無くては夕餉も楽しめまいよ」



 晋作は龍馬サンに離し始めるよう促した。


「ほんなら早速始めようかのぉ」


 龍馬サンは突然、真剣な表情に変わる。



「軍艦が手に入るぜよ! 四日後、薩摩名義でユニオン号を買い付ける事になったきに」



 その言葉に、一同は驚きの表情を浮かべる。


 軍艦ユニオン号……グラバーさんから購入するのだろうか?


 私は静かに話を聞きつつ、箸を進める。


「そうか……薩摩が、ねぇ」


 晋作はしみじみと呟いた。


「何はともあれ、それは有り難い事ですね」


「ほうじゃろう? 薩摩も長州の為にそこまでしれくれちょった。長州も……腹を決めてはどうじゃろうか?」


 龍馬サンは、木戸サンに伺いをたてた。


「ですが……今はまだ決められません。先の下関での事もありますからね」


 木戸サンは、何かを思い出すように言った。


 下関?


 下関で一体何があったのだろうか?


「それは説明した筈じゃき! 西郷サンは仕方なく来られなかったがじゃ」


 西郷どん?


 話がますます分からなくなってきた。


 きっと、今は薩長同盟について揉めている時期なのだろう。


 長州にとって薩摩は、京から追い出すきっかけを作った許しがたい相手だ。


 この状況の中で、龍馬サンはどのようにしてこの二つの藩を結び付けたのだろう?


 私は、その交渉術に興味を持った。



「で? その軍艦とやらは、いつ頃こちらに届く?」



 晋作は龍馬サンに尋ねた。


「ほうじゃのう。四日後に買い付けたとして……下関に着くのは霜月頃じゃろうか」


「…………そうか」


 龍馬サンの答えに、晋作は満足そうな表情を浮かべる。



「おい! 桜……」


「な……何!?」



 突然呼ばれた私は、食事にむせながら返事をする。


「お前は、どう思う? これは、、お前の知る歴史か?」


「えっ!?」


 初めて晋作に先の事を尋ねられ、驚きのあまり私は目を見開く。


「晋作が先の事を尋ねるなんて……初めてだね」


「それだけ此度の件に関しては、考えあぐねているのさ」


「…………そっか」


 私は小さく呟いた。



「私からもお願いします。この決断には長州の明暗がかかっています!」



 木戸サンは深々と頭を下げた。


「止めて下さい! 私なんかに……そんな風に頭を下げたりしないで下さい」


 私は木戸サンを必死で止めた。



「簡潔に言うと……薩長同盟は、龍馬サンの手により締結されます。西郷サンは信用して良いと思います」



 その言葉に、龍馬サンが口を挟む。


「おまん、どういて西郷サンを知っちゅうがじゃ!」


「別にお会いした事はありませんよ」


「けんど……」


「坂本、お前は少し黙ってろ!」


 次々に質問を投げ掛けようとする龍馬サンを、晋作は制止した。


「で……その行く末は?」


 晋作はいつにも増して真剣な表情だ。


「錦の御旗のもと……討幕だね」


 かなり端折り過ぎてしまったが、あながち間違いではないだろう。


「もっと詳しく聞かせろ」


 晋作は話の続きをせがむ。


 仕方なく、私は簡単に話して聞かせた。




 薩長同盟が交わされた後、四境戦争つまり第二次長州征伐が起こる。


 この際、薩摩は幕府軍への協力を拒否し、長州勢は幕府軍を打ち破る。


 連敗を重ねた幕府軍は、家茂の逝去後に長州征伐の休戦令を出すのだ。


 その後将軍となるのが、一橋慶喜。


 江戸時代、最後の将軍だ。


 慶応3年


 薩摩藩は長州藩と倒幕のための出兵盟約を結び、薩摩の大久保一蔵は朝廷より「討幕の密勅」を降下してもらうべく岩倉具視という公家と共に必死に倒幕運動を行う。


 そして、最終的には薩摩と長州に対して念願の「討幕の密勅」が降下されるのである。


 その後は知っての通り……徳川の世は終わり、明治の新時代が幕を開ける。




「おまん……どういてそんな事を!?」


 龍馬サンや伊藤サン、井上サンの三人は驚きのあまり口をポカンと開けている。


 対照的に、私の素性を知る木戸サンや晋作は、さして驚きもしていない様だ。


「龍馬サンにはお話していませんでしたね……これが私の秘密、ですよ」


「秘密?」


「私は、歴史の流れ……つまり、先の事が分かるんです」


「易者じゃゆうちょったな?」


 私は静かに首を横に振る。


「易者じゃないですよ」


「どういう事がかえ?」


「答えは簡単です。私が……この時代の人間ではないからです」


 晋作と木戸サン以外の三人は、私の突拍子もない発言に唖然としている。



「それは……」



 龍馬サンは、私に掛ける言葉が思い付かない様だ。



「それは事実なんですよ。到底信じられないような話かもしれませんがね」


「まぁ……そういうこったな」



 木戸サンと晋作は、困惑する龍馬サンにそう声を掛けた。



「さて……話を戻しましょうか。桜サンがそう仰るのであれば、このお話はその通りに進めるとしましょう。貴女の言葉は、易者などよりも遥かに確実な物ですからね?」



「桂……そうと決まりゃあ、こんな話は終わりにして一献やろうじゃねぇか」



「だから……桂ではありませんって!」



「俺にしてみりゃあ、どちらも同じさな」



「同じではありません!」



 不機嫌な表情を浮かべる木戸サンをよそに、晋作は早速お酒を飲み始める。


 いまだに信じられないというような表情を浮かべている龍馬サンらをそのままに……






 医院までの帰り道


 私と晋作は、ほろ酔い気分で二人並んで歩く。



「…………すまなかったな」



 晋作は突然、私に謝る。



「何が?」



 謝られる理由が思い当たらない私は、訳が分からず首をかしげた。



「お前を……利用しちまったからな」



「利用?」



「先の世の事など聞くまいと思っていたのだが……此度の件は、俺も桂も考えあぐねていた。俺らの決断が長州を潰す事にもなりかねねぇからな」



 以前私が長州藩邸に滞在した時も、先の世を知るのに都合が良いなどと木戸サンに言っていたクセに、実際は未来の事など一つも尋ねて来やしなかった。


 そんな晋作が、私に先の事を尋ねるなど初めての事で……薩長同盟とは、それ程に難しい決断だったのだろうと感じた。



「私には……これくらいしか役に立てないから」



 私は微笑む。



「お前が良いか悪いかじゃねぇさ。俺ぁなぁ……お前を利用するような事は……したくはねぇ」



「晋作は、意外と固いのね。木戸サンなんて、私の秘密を知ったその瞬間、すぐに未来の事を尋ねてきたのにね」



 長州藩邸での事を思い出す。



「あの時は、私……晋作にさらわれたんだっけ」



 私は悪戯っぽく言った。



「その事は……もう言うな」



「あの時は、本当に酷い人だと思ったなぁ」



「……すまなかった」



 素直に謝る晋作に驚く。



「お前が悲しむような事ぁ…………もう二度としねぇさ」



「えっ!?」



「折角…………こうしてまた逢う事ができたからな」



 晋作が小さく呟いた最後の言葉は、私にはよく聞こえなかった。



「何? 今何て言ったの?」



 私は晋作に尋ねる。



「……二度は言うまいよ」



 晋作はそそくさと歩みを速めた。



「何それ! 教えてくれたって良いじゃない!」



 私は、前を歩く晋作を必死に追いかけた。








 





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