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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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薬効




 とある日の事。


 夕餉を済まし、私は後片付けをしていた。


 何か大事な事を忘れている様な気がする……


 それは一体何だったのだろう?


 私は、後片付けの手を動かしつつも、必死に頭を巡らせていた。



 不意に私は、月を見上げながら一人静かに杯に口をつける晋作の姿を見る。



 ここのところ、晋作はこの医院に入り浸っている。


 1週間の内のほとんどを、ここで暮らしている。


 半同棲状態…………とでも言うのだろうか?


 いや……私たちは、そういった関係ではないので、同棲というより同居という方が合っている。


 そんな中


 忘れていた事が何なのかを、私は突然思い出した。







「晋作!!」


 私は晋作の元へと駆け寄った。


「突然どうした? お前……そんな風におっかねぇ顔するんじゃねぇよ」


「あのね…………」


「何だ、言ってみろ」


 晋作は、不思議そうな表情で言った。




「脱いで!!」




 そう言うなり、私は晋作の着物に手をかける。




「は!? お前……何を言ってやがる」



 晋作は明らかに困惑している。



「良いから、脱いでって言ってるの!」



「いつからお前は、そんな風に積極的になったんだ?」



 不敵な笑みを浮かべる晋作に、私はハッと我に返る。



「あっ! ち…………違うの!」



「俺に脱げと掴みかかっておいて、何が違ぇんだ?」



「だから……そういう意味じゃないの!」



「ならば、どういう意味だ?」



 顔を真っ赤にしている私をからかうかの様に、晋作は尋ねた。



「えっと、胸の音……そう、胸の音を聞かせて欲しかっただけなんだってば!」



 そう言い切った次の瞬間、私は晋作の懐に居た。



「そんなに聞きたきゃ、側で聞きゃあ良い」



「ち……ち、違うんだってばぁ」



 私は、慌てて晋作から離れた。



「私が言いたいのは、そういう事じゃないの! 医学的な意味で言ったの!」



 必死に説明する私の姿に、晋作は声を出して笑った。



「クク……分かっているさ。だが、お前があまりにも必死で面白ぇから……少し、からかってみただけさな」



「分かってて、そういう事をするとか……本当にタチが悪いんだから!」



「まぁ……そう、むくれるな」



 晋作は私の頭を撫でながら、そう言った。






 私が晋作に脱げと言った理由。



 それは……



「ねぇ……あれからずっと、薬は飲んでいた?」


「飲んでいたさ。一年近く飲み続けたところで、アイツがもう飲まなくて良いと言ったからな……今は飲んじゃあいねぇ」


「随分と偉いじゃない」


「所がうるさくて仕方がなかったのさ。アイツは……俺が飲むのを見届けるまで、いつまでも付きまといやがる始末だ」


「そっか……」



 所サンは私の言う通り、晋作に服薬をさせ続けてくれていたようだ。


 医学所などにある様なちゃんとした薬剤ではなく、私がこの時代に飛ばされてすぐに作った、実に原始的な薬もどきを……


 飲まなくて良くなったと言う事は、所サンは完治したと判断したのだろう。



「もう……咳は出ない? 体も怠くはない? ちゃんと動き回れる?」



 私は静かに尋ねた。



「相変わらずお前は質問だらけだな。そうさなぁ、そんなに知りたいならば…………試してみるか?」



「なっ……何を!?」



「クク……何を……だろうねぇ?」



 晋作は私の反応を楽しむかの様にそう言うと、クスクスと笑う。



「冗談はさておき……咳はもうねぇよ。体も前よりは断然、楽になっている。投獄やら謹慎やら……生憎、養生する時間は存分にあったもんでなぁ」



「不幸中の幸い……だね」



「そういう考え方もあるさな。さてと……折角だ、名医に診てもらうとするかねぇ?」



「名医なんかじゃないけど……」



 気を取り直して呼吸音を聴診する。


 この時代に来てから、かなりの年月を経ていた為か……総司サンを診た時とは比較にならない程、その手付きは手慣れていた。



「で、どうなんだよ。大先生?」



 晋作は楽しそうに言う。



「うん……治ってる……みたい」



 私は、鼓動が高鳴るのを感じた。



 ここで歴史がまた一つ変わった。



 病に伏さない晋作は……この先の未来をどのように生き抜くのだろうか?



 もしも高杉晋作が明治の世を生きたなら……



 それは、私が知らない歴史が生まれていく瞬間だった。



「そうか……この身体は労咳にも打ち勝ったのか」



 晋作は満足そうな表情を浮かべる。



「面白き……こともなき世を面白く……」



 私はその言葉に小さく反応する。



「……住みなすものは……心なりけり」



 晋作の句に続ける様に、私は呟いた。



 これは望東尼が詠むはずだった言葉だ。



 面白味も無いこんな世の中を、面白く生きるにはどうしたら良いのか?



 そんな晋作の問い。



 それは……どんな世であろうと、貴方の心掛け次第。



 この句は私の好きな句の一つだ。



 今の私にも、心の持ち様一つで……この先の未来を、楽しく生きていく事が出来るようになるのだろうか?



「フフ……良い句が出来たな」



 晋作は嬉しそうにそう呟くと、そっと杯に口をつけた。












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