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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第23章 長州
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月夜



 長州楼に留まる井上サンや伊藤サンらと別れた帰り道。


 私は、夜道を晋作と歩く。



「お前……本当にもう良いのか?」



 晋作は不意に尋ねた。



「良いって……何の事?」



 意図するものが汲み取れず、質問に質問で返す。



「あの男の事さ」



「あの男?」



 晋作は深い溜め息を一つつく。



「新選組……いや、土方の事さな」



 私はその名前に、何も答えられずに俯く。



「俺には、お前が無理しているように見えるがなぁ」



「…………そう……かな?」



「未練があるんじゃねぇのか?」



「それは……あるよ。あれから数ヵ月経つのに……いまだに夢に見るもの」



 唇をぐっと噛み締める。



「夢ではね……あの頃の笑顔を見せてくれるの。その夢のせいで、トシの顔や声が……今でもチラつく時があるんだよね。早く……忘れたい……のに」



「そもそも、どうして奴に捨てられたんだ? 他に女でもできたのか?」



「わからない……よ」



「お前は、分からねぇ事ばかりだな」



 晋作は、今にも泣き出しそうな私の頭を、そっと撫でる。



「だって……トシが仕事で居ない間に……みんなから屯所を出た方が良いって言われたから。トシに会う事なく、新選組を離れたから」



「何だそりゃ……」



「多分、私の事が本当に嫌で……自分が居ない間に他の人を使って追い出したんだろうね。みんなに理由を尋ねた時に、私が傷つかないようにって……言ってたから」



 話の途中で医院に辿り着く。



「もう着いちまったか……意外と早かったな。まぁ良い、とにかく今日はゆっくり休め」



 そう言って、晋作は背を向ける。



「待って!」



 私は不意に呼び止めてしまった。



「どうした?」



「えっと……」



「言いたい事があるならば、ハッキリ言え」



「話…………途中なんだけど……帰っちゃうの?」



 晋作は少し考える素振りを見せたかと思うと、突然クスリと笑う。



「お前に誘われては断れまいよ」



「……ありがとう」





 家に入ると晋作は縁側に腰を下ろした。


「ねぇ、これ……飲めるかなぁ?」


 私は、台所から酒瓶を持ってくる。


「…………飲めるんじゃねぇのか?」


「その間が怖いなぁ……やっぱり、止めた方が良いかなぁ」


「いや、大丈夫だろう」


「お腹を壊したら……晋作のせいだからね」


 そう言いながら、お酒を注いだ。




「月……まんまるだぁ。人ってさぁ、死んだらどうなるんだろうね。天国ってあるのかなぁ」


「そんなモンは死んでみなけりゃ、分かるまいよ」


「そりゃそうだ!」


 晋作の実に率直な答えに、私はクスクスと笑う。




「私ね……本当は、そんなに強く無いんだよ?」



「何だ、急に……そんなのは当たり前だろうが。よく泣くお前が、強ぇはずがねぇさ」



「……正反対の事を言うんだね」



 私は笑いながら言った。



「あの男と……か?」


「そう。私が屯所を出る少し前に、お前は強いなって言われたの。そんな事は無いって言いたかったのに……結局、言えなかったんだ。それ以来まともに話すらしなくなっちゃって……ある日、突然って感じ」


「……そうか」


 晋作は静かに杯を飲み干した。



「でも、いい加減忘れなきゃね!」



「……忘れる必要などあるまいよ」



「えっ……どうして?」



 意外な答えに、私は目を丸くする。



「忘れようとして忘れられるものではねぇだろう?」


「そう……かもしれないけど。でも……」


「無理矢理忘れるモンでもねぇさ。強いて言うならば、時が解決するのみという事だ。毎日を面白可笑しく過ごしている内に、気付けば忘れている……そんなモンさな」


「本当に、時が解決してくれるのかなぁ……」


「此処に居りゃあ、忘れたくなくてもすぐに忘れちまうだろうよ」



 晋作は不敵な笑みを浮かべる。



「随分と自信満々ですねぇ」



「自身があるのだから、仕方あるまいよ」



 私たちは顔を見合わせると、微笑んだ。






「そういや、お前……久坂の死に際に会ったんだってな」


 晋作は静かに尋ねる。


「どうして……それを?」


「桂から聞いた。お前が、アイツの遺髪を持ってきた……と」


「そうだよ……私ね、あの戦には行かないようにって、久坂サンには言ったんだよ? でも、あの場に久坂サンは居た。どうしてだろうね? 死ぬって分かっているのに」


 あの日の出来事は、今思い出しても悔やまれる。


「……アイツは真っ直ぐすぎたのさ」


「そうかもしれないね」


「あの戦の最中、俺が何処に居たか知っているか?」


「……さぁ」


 私は首をかしげる。


「牢……さな。俺ぁ……アイツが苦しんでいる間、のうのうと座敷牢で謹慎中だったってわけだ。お蔭でアイツを止める事も、救う事もできやしなかった……友であるのにな」


「……そっか」


「お前に言われ、アイツの運命を知っていたのに……俺ぁ何も出来なかった。結局のところ、俺もお前と同じだ」


 その言葉に顔を上げる。


 私と同じ思いを……この人はしていたのだ。


 私が不用意に未来を告げたせいで……



「これ……きっと、晋作が持っていた方が良いと思う」



 私は、遺品の懐刀を差し出した。


「久坂の……か」


「そうだよ。最期に手渡された物……でも、晋作に持っていてもらう方が久坂サンも喜ぶ気がするの」


「いや、これはお前が持っていろ」


「……どうして?」


「アイツがお前に渡した物だ。こんな大切な物を譲るなど……きっと、これはお前に持っていて欲しかったのだろうよ」


「本当に、良いの?」


「……当たり前だ」


 そう言うと、晋作は懐刀を私にそっと握らせた。



「久坂サンと所サン……仲良くやってるかなぁ?」



「松陰先生も寺島も居るからなぁ……きっと楽しくやってるだろうよ。まぁ、来島のオヤジらとは喧嘩してるもしれねぇがなぁ?」



「フフ……そうかもしれないね」



 月明かりに照らされる中、私たちはお酒を酌み交わし、たくさんの事を語り合った。



 初めて出逢った時は、最悪な男だと思っていたのに……



 今では不思議な事に、何でも話せる相手となっていた。



 生憎、恋愛感情は持ち合わせては居ないが……晋作と居ると、何故だか安心する。



 それは



 晋作を纏う雰囲気が、その性格が……どことなくトシと似ているからなのだろうか?



 そんな事をぼんやりと考えながら、私は杯に口を付け、月を見上げた。









 





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