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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第23章 長州
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医院


 お墓参りから戻ると、井上サンと伊藤サンは複雑そうな表情を浮かべていた。


 特に、所サンに命を助けられた井上サンにとっては、その死はより悲痛なものだっただろう。


 私が現れたせいで、そんな辛い思い出を再び呼び起こさせてしまっただろうか?


 井上サンの表情を見て、そんな罪悪感を感じた。





「……大丈夫か?」


 井上サンは私にそっと尋ねた。


「……はい。たくさんお話してきましたよ」


「そうか……」


 私が答えると、井上サンは小さく微笑んだ。


「そんな事より、お前どうするんだ?」


 伊藤サンは頭をかきながら尋ねる。


「何を……ですか?」


「坂本サンが来るまでの宿とか……」


「あ!!」


 その言葉にハッとする。


 私は所サンを頼ってここまで来たので、その日の宿すら考えていなかった。


「どうしましょうかねぇ……宿を紹介して頂けると嬉しいのですが」


 苦笑いで私は答えた。



「その必要はねぇさ」



 突然、晋作が口を開く。



「高杉サン、どういう事ですか?」



 井上サンが不思議そうな顔で尋ねる。



「所が開いていた医院があるだろう? あれがそのまま残っている。しばらくそこで暮らしゃあ良い」



 晋作は真剣な表情で言った。


「ですが……あそこは、しばらく誰も立ち入っていませんでした。きっと住める状態ではないかと」


「井上ぇ……そんなモンはどうにかするのさ。そうと決まりゃ、お前らも行くぞ」


「え! 高杉サン、俺らも行くんですか!?」


「当たり前だ! お前らが行かなくてどうする?」


 晋作は半ば無理矢理、二人を道連れにした。


 医院へ向かう道中、私は心の中で二人に謝った。






「此処だ」


 ほんの少し歩くと、所サンの開業した医院に着いた。


 中に入ると確かに埃臭いものの、生活用具から医療用具まで全てがそのままで……何だか、家が家主の帰りを待っているようにも見えた。



「片付けようとは思ったんだがな……何故かできなかった」



 晋作はポツリと呟いた。



「……お前が来る運命だったからなのかもしれねぇなぁ。お前に医院を任せたくて、所が片付けさせなかったのだろうよ」



 その言葉に、涙が出そうになる。


 ここで泣いたらきっと、所サンに笑われてしまう。


 そう思い、必死にこらえた。



「私……ここで所サンの後を継いでも良いのかなぁ」



 私は晋作に小さく尋ねた。



「お前はアイツの弟子なんだろう? 弟子が師の後を継ぐのは当然さな」



「そっか……」



 私は微笑むと、早速掃除に取り掛かった。


 井上サンや伊藤サンも手伝ってくれたので、本当に助かった。


 結局、所サンの物は何一つ捨てられず、遺品整理ばかりしていたような気もする。



「だいたい片付いたな。井上も伊藤もご苦労だった」


「いえ……私はたいした事はしていませんよ」


 井上サンは汗を拭いながら答えた。


「さて……折角こいつが長州に来たんだ。今宵は……」


「酒宴ですか!?」


 伊藤サンは目を輝かせている。


「そうさな……お前らも連れて行ってやるから付いて来い」


「さっすが高杉サン! 俺ぁ一生付いて行きますよ!」


「クク……おおげさな野郎だ」


 夕餉の時刻も近づいた頃、私たちは医院を後にした。






「長州……楼?」


 見世の看板を口に出す。


「今宵は伊藤らを労う意もあるからな。こんな所で悪ぃが……その分料理は良いものを出させる。美味いモンでも食やぁ、ちったぁ気も紛れるだろうよ」


「……ありがとう」


 見世の中に入ると、遊郭独特の香や化粧の香りが立ち込めていた。


 広間に通され腰を下ろすと、料理と同時に華やかな遊女が伊藤サンらの隣に寄り添う。


 楽しそうに笑い合う姿を、食事に手を付けながらぼんやりと眺めていた。



「そういや……何でまた新選組を追い出されたんだ?」



 晋作の言葉に、私の箸が止まる。


 私にとっては聞かれたくない話だが、晋作が疑問に思うのは当然だろう。



「し……新選組!?」



 伊藤サンと井上サンは同時に口を開く。


「高杉サン! それはどういう事ですか!?」


「新選組の娘が、何で高杉サン達と親しいんだ!?」


 二人は思い思いに尋ねる。



「お前らは少し黙ってろ……で? 何故、新選組を追い出された?」



 晋作は二人を制止すると、改めて尋ねた。



「理由は……分からないの。ある日突然、屯所を出るように言われて……何度尋ねても、その理由なんて教えてくれなかったもの」


「何だそりゃ……それにしても、あの鬼の副長サンがよくお前を手放したモンだなぁ」


「きっと……私に飽きたんだと……思う」


 私は俯いた。


「そうか……」


 晋作はそう呟くと、杯を一気に飲み干した。



「そろそろ俺たちにも教えて下さいよ! その娘……新選組なんですか?」


「伊藤……お前は知らなくても良い」


 伊藤サンは、晋作の言葉に口をつぐんだ。



「良いよ、晋作。私はもう大丈夫だから……伊藤サン達にも話しておきたいの。だって、これから所サンの医院でお世話になるんだもん」


「お前がそう言うならば、俺は止めはしまい」


 晋作は静かに言った。


「二人が懸念している通り、私は……新選組でした。文久3年私は倒れている所を助けて頂いたばかりか、行く宛も無い私に新選組は居場所を与えてくれました」


 私はゆっくりと話し始める。


「晋作や桂サンや久坂サンらに出会った時も、所サンから医術を学んだ際も……私は新選組の一員でした。徐々に医術を身に付けた私は、新選組の幹部格までになり、この先もずっと新選組で生きていくものだと……そう、思っていました」


「幹部……か。それなのに、何故追い出されるんだ?」


 伊藤サンは、不思議そうに尋ねた。


「そうですねぇ……これは、私事ですが……簡単に言うと、色恋沙汰ですかねぇ」


「色恋沙汰?」


「トシに……えっと、新選組の副長に……捨てられたんですよ、私は」


「……なんか、嫌な事を聞いちまって……悪かったな」


 伊藤サンは申し訳なさそうに謝った。


「良いんですよ。もう……過去の事、ですから」


 私は無理に笑顔を作り、そう答えた。



「それにしても……本当に長州に来るたぁな。お前の行動力は凄ぇなぁ」



「新選組に愛想が尽きたら、いつでも来いって言ったのは誰でしたっけ?」



 私は晋作にわざと尋ねる。



「…………俺さな」



 晋作は気恥ずかしそうに呟いた。



「えー! 高杉サン、そんな事言って口説いたんですかぁ?」


 伊藤サンはニヤついた表情を浮かべる。


「お前は少し黙ってろ」


「高杉サンてば、照れちゃってー。存外、可愛らしいところもあるんですねぇ」


「うるせぇ!」


「痛っっ!」


 晋作は拳を伊藤サンの頭に思いっきり振り下ろした。



 涙目で頭をさする伊藤サンに少しだけ同情したが、そのやり取りに思わず笑みがこぼれる。



 その後も、夜遅くまで楽しい酒宴は続いた。
























 

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