医院
お墓参りから戻ると、井上サンと伊藤サンは複雑そうな表情を浮かべていた。
特に、所サンに命を助けられた井上サンにとっては、その死はより悲痛なものだっただろう。
私が現れたせいで、そんな辛い思い出を再び呼び起こさせてしまっただろうか?
井上サンの表情を見て、そんな罪悪感を感じた。
「……大丈夫か?」
井上サンは私にそっと尋ねた。
「……はい。たくさんお話してきましたよ」
「そうか……」
私が答えると、井上サンは小さく微笑んだ。
「そんな事より、お前どうするんだ?」
伊藤サンは頭をかきながら尋ねる。
「何を……ですか?」
「坂本サンが来るまでの宿とか……」
「あ!!」
その言葉にハッとする。
私は所サンを頼ってここまで来たので、その日の宿すら考えていなかった。
「どうしましょうかねぇ……宿を紹介して頂けると嬉しいのですが」
苦笑いで私は答えた。
「その必要はねぇさ」
突然、晋作が口を開く。
「高杉サン、どういう事ですか?」
井上サンが不思議そうな顔で尋ねる。
「所が開いていた医院があるだろう? あれがそのまま残っている。しばらくそこで暮らしゃあ良い」
晋作は真剣な表情で言った。
「ですが……あそこは、しばらく誰も立ち入っていませんでした。きっと住める状態ではないかと」
「井上ぇ……そんなモンはどうにかするのさ。そうと決まりゃ、お前らも行くぞ」
「え! 高杉サン、俺らも行くんですか!?」
「当たり前だ! お前らが行かなくてどうする?」
晋作は半ば無理矢理、二人を道連れにした。
医院へ向かう道中、私は心の中で二人に謝った。
「此処だ」
ほんの少し歩くと、所サンの開業した医院に着いた。
中に入ると確かに埃臭いものの、生活用具から医療用具まで全てがそのままで……何だか、家が家主の帰りを待っているようにも見えた。
「片付けようとは思ったんだがな……何故かできなかった」
晋作はポツリと呟いた。
「……お前が来る運命だったからなのかもしれねぇなぁ。お前に医院を任せたくて、所が片付けさせなかったのだろうよ」
その言葉に、涙が出そうになる。
ここで泣いたらきっと、所サンに笑われてしまう。
そう思い、必死にこらえた。
「私……ここで所サンの後を継いでも良いのかなぁ」
私は晋作に小さく尋ねた。
「お前はアイツの弟子なんだろう? 弟子が師の後を継ぐのは当然さな」
「そっか……」
私は微笑むと、早速掃除に取り掛かった。
井上サンや伊藤サンも手伝ってくれたので、本当に助かった。
結局、所サンの物は何一つ捨てられず、遺品整理ばかりしていたような気もする。
「だいたい片付いたな。井上も伊藤もご苦労だった」
「いえ……私はたいした事はしていませんよ」
井上サンは汗を拭いながら答えた。
「さて……折角こいつが長州に来たんだ。今宵は……」
「酒宴ですか!?」
伊藤サンは目を輝かせている。
「そうさな……お前らも連れて行ってやるから付いて来い」
「さっすが高杉サン! 俺ぁ一生付いて行きますよ!」
「クク……おおげさな野郎だ」
夕餉の時刻も近づいた頃、私たちは医院を後にした。
「長州……楼?」
見世の看板を口に出す。
「今宵は伊藤らを労う意もあるからな。こんな所で悪ぃが……その分料理は良いものを出させる。美味いモンでも食やぁ、ちったぁ気も紛れるだろうよ」
「……ありがとう」
見世の中に入ると、遊郭独特の香や化粧の香りが立ち込めていた。
広間に通され腰を下ろすと、料理と同時に華やかな遊女が伊藤サンらの隣に寄り添う。
楽しそうに笑い合う姿を、食事に手を付けながらぼんやりと眺めていた。
「そういや……何でまた新選組を追い出されたんだ?」
晋作の言葉に、私の箸が止まる。
私にとっては聞かれたくない話だが、晋作が疑問に思うのは当然だろう。
「し……新選組!?」
伊藤サンと井上サンは同時に口を開く。
「高杉サン! それはどういう事ですか!?」
「新選組の娘が、何で高杉サン達と親しいんだ!?」
二人は思い思いに尋ねる。
「お前らは少し黙ってろ……で? 何故、新選組を追い出された?」
晋作は二人を制止すると、改めて尋ねた。
「理由は……分からないの。ある日突然、屯所を出るように言われて……何度尋ねても、その理由なんて教えてくれなかったもの」
「何だそりゃ……それにしても、あの鬼の副長サンがよくお前を手放したモンだなぁ」
「きっと……私に飽きたんだと……思う」
私は俯いた。
「そうか……」
晋作はそう呟くと、杯を一気に飲み干した。
「そろそろ俺たちにも教えて下さいよ! その娘……新選組なんですか?」
「伊藤……お前は知らなくても良い」
伊藤サンは、晋作の言葉に口をつぐんだ。
「良いよ、晋作。私はもう大丈夫だから……伊藤サン達にも話しておきたいの。だって、これから所サンの医院でお世話になるんだもん」
「お前がそう言うならば、俺は止めはしまい」
晋作は静かに言った。
「二人が懸念している通り、私は……新選組でした。文久3年私は倒れている所を助けて頂いたばかりか、行く宛も無い私に新選組は居場所を与えてくれました」
私はゆっくりと話し始める。
「晋作や桂サンや久坂サンらに出会った時も、所サンから医術を学んだ際も……私は新選組の一員でした。徐々に医術を身に付けた私は、新選組の幹部格までになり、この先もずっと新選組で生きていくものだと……そう、思っていました」
「幹部……か。それなのに、何故追い出されるんだ?」
伊藤サンは、不思議そうに尋ねた。
「そうですねぇ……これは、私事ですが……簡単に言うと、色恋沙汰ですかねぇ」
「色恋沙汰?」
「トシに……えっと、新選組の副長に……捨てられたんですよ、私は」
「……なんか、嫌な事を聞いちまって……悪かったな」
伊藤サンは申し訳なさそうに謝った。
「良いんですよ。もう……過去の事、ですから」
私は無理に笑顔を作り、そう答えた。
「それにしても……本当に長州に来るたぁな。お前の行動力は凄ぇなぁ」
「新選組に愛想が尽きたら、いつでも来いって言ったのは誰でしたっけ?」
私は晋作にわざと尋ねる。
「…………俺さな」
晋作は気恥ずかしそうに呟いた。
「えー! 高杉サン、そんな事言って口説いたんですかぁ?」
伊藤サンはニヤついた表情を浮かべる。
「お前は少し黙ってろ」
「高杉サンてば、照れちゃってー。存外、可愛らしいところもあるんですねぇ」
「うるせぇ!」
「痛っっ!」
晋作は拳を伊藤サンの頭に思いっきり振り下ろした。
涙目で頭をさする伊藤サンに少しだけ同情したが、そのやり取りに思わず笑みがこぼれる。
その後も、夜遅くまで楽しい酒宴は続いた。




