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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第22章 門出
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再会 ― 坂本龍馬 ―



 どれくらい泣いていたのだろう?


 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。


 無理もない……昨日はろくに寝ても居なかった。


 辺りは薄暗くなり始めている。


 今、何時だろうか?


 気だるい体をゆっくりと起こした。







「なんや、やっと起きはったんどすか?」


「ひっ!?」


 薄暗い部屋の片隅で突然女の声が聞こえた為、私は反射的に小さな悲鳴を上げた。


「そないな声出さんでも宜しいやないの。うちは化物ではありまへん」


「あ……ごめんなさい」


「おかみはんになぁ、あんさんの様子を見てくるよう頼まれたんやけど……何や気持ち良さそうに寝てはったからな。起きるのを待っとったんどすえ」


 その女性は、部屋に灯りをともしながら言った。


 灯りに照らされた彼女の美しさに息を飲む。


 切れ長な目に鼻筋もスッと通っていて、気が強そうな顔立ちをしている。


「何や、そないにウチの顔じろじろ見て……」


「いえ……あまりに綺麗だったので……すみません」


「ほんま? あんさん、ええ子どすなぁ! そや、名前聞いてへんかったな」


 不機嫌そうな表情から一変、女性は急に満面の笑みを浮かべた。


「桜……です」


「可愛らしい名前どすなぁ。ウチは、りょう! おりょう……とでも呼んでおくれやす」


「お……おりょうサン!? あ、あの……龍馬サンの恋人の?」


 私は驚きのあまり声を上げる。




 おりょうサン……つまり、楢崎龍。


 龍馬サンが愛した女性だ。


 確か二人は結婚して、日本で初めてハネムーンに行った夫婦だと聞いたような……


 それにしても、おりょうサンが寺田屋に居たとは……知らなかった。




「そうどす。何や、あんさんも龍馬と知り合いどすか?」


「えっと……初めて会ったのは、以蔵サンと居た時でした。次に会ったのは、長州藩邸で……最後に会った時、私は龍馬サンに命を助けて頂きました」


「あんさんの……命を?」


「はい……。浪士に斬られて瀕死だった所を龍馬サンが、私の師である長州の医者に伝えてくれて……そのお蔭で私は助かりました」


「なんや、龍馬らしいわ。その命は、龍馬に助けられた命どす。あんさんに何があったか知りまへんけどなぁ……その命、無下にするなどウチは赦しまへんえ」


 おりょうサンは真剣な表情で言った。


「無下に……って」


「あんさん、男に袖にされはったんやろ? おかみはんが言うてはりました。それに、今にも死んでしまいそうな表情をしてはるからなぁ……おかみはんも気になりはったんやろ?」


「私……そんな顔してますか?」


「してはりますえ。もうじき、龍馬も中岡はんも帰って来はります。少し身なりを整えやす」


 そう言うと、おりょうサンは私の髪をとかし始めた。


「あんさんなぁ、こない可愛らしい顔してはるんや……今が一番辛いかもしれへんけどな、いつかもっと良い男に出逢って……今の事を忘れるくらい、幸せになれる時が必ず来はりますえ」


 おりょうサンの言葉に、涙がこぼれ落ちた。


「女が泣くんは、あきまへん! そんなん、鬱陶しいだけどす。せやけど……今だけは見なかった事にしはります」


「今……だけ?」


「今だけどす。今だけ、思いっきり泣いて……明日からは、笑いやす! 辛い時ほど笑うんどす。いつまでも泣いてはったら、幸せは来やしまへんえ?」


「…………はい」


 私は着物の袖で涙を拭った。




 もう、泣かない!



 二度と泣いたりするもんか!




 全て忘れて、私は私で生きて行こう。




 今この瞬間……そう心に強く誓った。









「おりょう! 居るかえ? わしを知っちゅう娘が来ちょるそうじゃが……何処の娘じゃろうか?」


「龍馬はそないに浮気モンじゃったかのう? おりょう一筋じゃ思うちょったが……こりゃあ、おりょうに絞られよるきに」


「やめぇ! わしゃ、おりょう以外の女は要らんがじゃ。おりょうさえ居ればええ!」


「龍馬は熱いのぉ」


 二階に上がってくる足音と共に、二人の笑い声が聞こえて来る。


 会話の内容は……申し訳ないが、丸聞こえだ。


 おりょうサンは少し気恥ずかしそうにしていた。






「おりょう! 戻ったぜよ。わしゃ、おまんに早よう会いとぉて、会いとぉて……」


 龍馬サンは襖を開けるなり、おりょうサンに抱きつく。


「ん?」


 そのままの体勢で、隣に居た私と目が合った。


「おまんは……桜かえ!? ほうか、ほうか……生きちょったがか」


「その節は、本当にありがとうございました」


「礼などええ! ほんじゃが……何故おまんが此処に居ゆう? 新選組はどういたが?」


 龍馬サンの言葉に、私はビクっと肩を震わせる。



「し……新選組!?」



 驚きの声を上げたのは、中岡サンとおりょうサンだった。


「おまんは新選組なんかえ?」


「あんさん……男に袖にされたゆうてましたなぁ。それも新選組どすか?」


 中岡サンとおりょうサンは次々に質問を投げ掛ける。


「龍馬サンの行っている事は……本当です。ですが……訳もわからず、追い出されてしまいました」


 私は俯きながら言った。


「あんさんを追い出した男ゆうのは誰どすか?」


 おりょうサンは、私の肩を掴む。


「…………土方……歳三……です」


 私は思わず、おりょうサンから視線を反らした。


「土方……歳三。新選組の……副長やないの」


 おりょうサンは、呟くように言った。


「龍馬! おまんは……どういて、こがぁな娘を知っちゅう!」


 中岡サンは龍馬サンに詰問する。


「確かに新選組のモンじゃ。じゃが……今は違うち、ゆうとる」


「そんなん信用出来んきに! こん娘が間者じゃったら、どうするがかえ?」


 更に声を荒げる中岡サンに、龍馬サンは困ったような表情を浮かべる。



「間者なんかじゃ……ない……ですよ」



 もう決して泣かないと……おりょうサンと約束した私は、無理に笑顔を作った。



「一つだけ……聞いてもええどすか?」


 おりょうサンに尋ねられ、私はコクりと頷く。


「どうして……新選組を追い出されてしもたんどすの?」


「それは……分かりません。トシが仕事で屯所を空けている間に……総司サンから、出て行った方が良いと突然言われました」


 私は小さく深呼吸をする。


「理由を尋ねましたが……私が傷付かないようにと言うだけで、それ以外は教えてはもらえませんでした……」


「それで……あんさんは何も言わずに出て来はったの?」


「そうですけど……」


「副長はんとも話さへんと?」


 私は着物をギュッと握りしめた。


「何を……話せと言うんですか?」


「何を……て、そりゃあ」


「トシは……わざわざ自分が居ない時に、他人の手を借りて、私を追い出したんですよ? それでも、別れたくはないと……私はトシにすがれば良かったのですか?」


 おりょうサンは俯き、口をつぐんだ。


「私は、そんな風に惨めな生き方はしたくありません。捨てられたなら……その現実を受け入れます」


 私は唇を噛み締めた。



「おまんは強か女がじゃ。気に入ったき!」


 中岡サンは自分の太股をポンと叩くと、そう言った。


「慎太郎に桜! 二人とも手を出すがじゃ」


 言われたように、私達は手を前に出す。


 龍馬サンは私達の手を掴むと、手を繋がせる。


「なっ!? 龍馬……どういて、こないな事をするが?」


 慌てる中岡サンを横目に、龍馬サンはニヤリと笑う。



「しぇいくはんず、ぜよ!!」



 龍馬サンは握手と言いたかったらしい……



 楽しそうな龍馬サンと困惑している中岡サンを見て、クスクスと笑うおりょうサン。



 三人の姿を見て、私も自然と笑みがこぼれた。















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