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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
番外編
132/181

土方の災難


 俺が屯所を離れてから数日後


 やっとの事で屯所に戻ることができた。


 久しぶりの屯所の空気。


 だが……何かがおかしい。


 それが何なのかは分からねぇが、いつになく重々しい空気を感じる。


 平の隊士たちは揃いも揃って暗い表情を浮かべ、隊務に集中していやがらねぇ。



 みんなまとめて切腹させてやろうか?



 そんな怒りがふつふつと湧いてくる。



 それにしても……



 その理由は何なのか?



 確かめる為にも、幹部のモンを探す。






「おい! 平助!!」


 俺が平助に声を掛けると、平助の奴はビクッと肩を震わせた。


 こいつ……なんかやりやがったのか?


 そう思わせるほどの怯えようだった。


「ひ……土方サン、お帰りなさい! お、思ったより早かったなぁ。で、な……何か用ですか?」


「何かじゃねぇよ! この屯所の空気は何なんだ? 揃いも揃って葬式みてぇな面ぁしやがって」


「そ……それは……」


 平助は言葉を濁した。


「何か知っているならさっさと話しやがれ!」


 俺は構わず平助に詰め寄る。



「土方サン。平助を責めるたぁ、筋違いじゃありやせんかい?」



 総司の声に思わず振り返る。



「な……に!?」


「全部アンタのせいだって言ってるんですよ!! 桜チャン居なくなったのも、屯所の雰囲気がおかしくなったのも……全部、全部アンタのせいなんだよ!」


「総司……お前、何を言ってやがる?」


「今の此処にはアンタの味方なんざ居やしねぇ! 僕だって……刀を抜かないように、こらえるのが精一杯なんですから」



 訳の分からない事を言うだけ言って、総司は平助を連れて立ち去って行った。



「チッ……何なんだ、アイツらは」



 それにしても、総司や平助のあの表情が気になる。



 桜が居なくなった?


 一体、どういう意味だ?



 居なくなったというわりに、探している素振りは見あたらねぇ。



「近藤サンのところに行くとすっか」


 話は近藤サンから聞く方が早いと感じた俺は、迷わず近藤サンの部屋に向かった。





「近藤サン! 入るぜ」


 声を掛け、襖を開けた。


「出てお行きやす!!」


 その声と同時に頭から全身に茶を浴びる。


「っつ!! あっちぃなぁ!! 何なんだよ」


 着物で顔を拭うと、目の前には雛菊が仁王立ちで立っていた。


「その綺麗なお顔を火傷だらけにしはりたくなければなぁ……さっさと出てお行きやす!!」


「何でお前にンな事言われなきゃなんねぇんだよ!!」


 俺は雛菊に食って掛かる。



「止めんか!! 雛菊……気持ちは分かるが、今は抑えていてくれ」



 近藤サンが雛菊を制止した。



「悪かったな、トシ。まぁ、座ってくれ」



 その言葉に俺は腰を下ろした。


 雛菊は何故か俺を怖い顔で睨み続けている。


「近藤サン、一体どうしちまったんだよ? みんな揃いも揃って、おかしくねぇか?」


「それは…………だな」



 近藤サンまで、おかしな表情をしてやがる。


 俺が居ねぇ間に何があったんだ?



「そんなに知りはりたいならなぁ、うちが教えはります! 桜はんが……桜はんが、屯所を出て行きはったんどす」



「はぁ!? 何言ってやがんだ! どうして桜が出ていく」



 雛菊の言葉に、耳を疑った。


 アイツが居ないから……屯所の空気がおかしくなっただと?


 そもそも、何故アイツが出ていったんだ?


 全く分からねぇ……



「全部、あんさんのせいどす。あんさんが……桜はんを捨てはるから……あんな訳の分からない女などと祝言を挙げるなどと血迷いはるから……せやから!」



「はぁ!? 俺がいつ桜を捨てた? 祝言って……何の話だよ」



「あんさん……君菊ゆう女との間に、やや子が出来はったんやろ? せやから、責任取りはって祝言を挙げるんやろ?」



 雛菊はここぞとばかりに、まくしたてる。



「桜はんは……原田はんらの計らいで何も知らずに出て行きはりましたけどなぁ……うちは、一生あんさんを赦しまへんえ」



 雛菊のあまりの剣幕に、俺は混乱しきっていた。


 俺にガキが出来た?


 責任をとって祝言を挙げる?


 意味が分からねぇ……




 君菊。




 そういや、桜の塾に居た女だったな。




「トシ……桜サンを勝手に屯所から出て行かせてしまった事は謝るよ。だがな、このまま彼女が此処に居るなど出来ないだろう?」


「ちょっと待ってくれ! 何故、桜が此処に居られねぇんだよ!?」


 俺は近藤サンに尋ねた。



「当たり前どす! あんさんに裏切られた上に、君菊はんとあんさんが仲良う暮らす姿など見たくは無いに決まってはりますわ! おまけに、やや子まで……せやったら、何も知らずに出て行く方が幸せどす」



 雛菊は、近藤サンの代わりに説明した。



「だから! 俺は知らねぇって言ってんだろ?」



 嫌な空気の中、必死に主張する。



「トシ……お前は、そんなに男らしくない人間だったか?」


「近藤……サン?」


「男として果たすべき責任は、しかと果たさなければならない。例えそれが、不本意であったとしても……な? こんな時代の中で、子供を抱えて女性が一人で生きていく事など、出来はしない。それに……生まれてくる子供には何の罪もないだろう」



 近藤サンの雰囲気に危うく飲み込まれそうになる。



 だが。



 天地神明にかけて……



 俺はやってない!!



 やってないと言うのは、そういう意味じゃなくてだなぁ……まぁ、とにかく!



 祝言も、ガキも……全く身に覚えがない。



 だが……この様子だと、俺の意見など通りそうもない。


 この状況を打開する策は無いものかと、頭を悩ませる。



 そうか!!



「近藤サン、その話……一体誰から聞いたんだ?」


 話の出所を突き止めようと、俺は画策した。


「それは……だな。会津候だ!」


「はぁ!? 何で会津候が出て来んだよ!!」


 突拍子もない近藤サンの言葉に、思わず声が裏返る。



「この文を読んでみろ」



 近藤サンから手渡された文は、明らかに女が書いたと思われるものだった。



「これが、先日……会津藩邸に届けられたそうだ。お前と……祝言を挙げる事を許可してほしいという内容だろう? それで、私が会津候に呼ばれたわけだ」


「ほんに汚らわしい! 桜はんも、こないな男と一緒にならなくて正解どす」


「こら雛菊、止めないか!」


 近藤サンは雛菊をたしなめる。


「それでだな、桜サンを気に入っていた会津候は……たいそうご立腹でな。トシにしっかりと責任を取らせるよう仰せつかった次第だ。それにしても……女性関係で、トシがしくじるとは意外だな」


「しくじっちゃいねぇよ!! 俺がアイツ以外の女に手ぇ出す訳ねぇだろ!?」


俺は真剣な表情で言った。


「ならば、このところ夜に屯所を空けていたのは、どういう理由だ?」


「んなもん、仕事に決まってんだろ?」


「上七軒に行くのが仕事か? 君菊サンの家もあの辺りだそうだが……」




 近藤サンは明らかに俺を疑っている。


 総司に罵られ、雛菊にゃ茶をぶっかけられ……挙げ句に、近藤サンにまで疑われんのかよ!


 そう思うと、余計に腹立たしかった。


 それにしても……上七軒で見られて居たのか。


 ついでに、その女の家も上七軒の辺りだと?


 こりゃあ、面倒な事になったな。




「仕事ってぇのは……半分当たりだ」


 これ以上隠しても無駄だと感じた俺は、全てを話す事にした。


「俺ぁ、上七軒の見世で……情報を探ってたんだよ!」


「何故トシがそんな事をする? 山崎に任せれば済むだろう?」


「それは…………」


「……それは?」


 近藤サンの視線に耐えきれず、俺は近藤サンから目を逸らした。


「面白くなかったからだ!!」


「……何がだ?」


「アイツが……桜が、異人の野郎と……やけに親しくしてやがるからだ! 毎晩のように異人の屋敷に行きやがるし……とにかく、それが腹立たしかったんだよ!!」


 俺は俯きながら、吐き捨てた。


「だから、上七軒の見世で過ごす時間が増えた。あの見世は情報を得るのに、丁度良いってぇのもあったしな」


「…………トシ」


「だがな! 俺ぁ一度たりとも女郎に手なんか出しちゃいねぇ。その君菊という女にもだ!! 近藤サン……頼むから信じてくんねぇか?」


 気付けば深々と頭を下げていた。


「もう良い! 頭を上げてくれ。私はトシを信じるよ」


「勇はん! そんなん言うたら、あきまへん。相手の女には、やや子が居てはるんどすえ?」


「それは……そうだが」


 近藤サンは雛菊サンの言葉に一瞬怯む。


「トシが身に覚えがないというなら……そうだと、私は信じる事にするよ。トシとは長い付き合いだ。嘘か真かくらいは見分けられるさ」


 そう言うと、近藤サンは笑顔を見せた。





 誤解は何となく解けた……だろう。


 そんな事より……桜だ。


 アイツには行く宛なんざありゃしねぇ。


 早く探さなけりゃマズイ……


 焦りと苛立ちで、頭が上手く回りゃあしねぇ。




「で、近藤サン……アイツは何処に居るんだ!?」


 俺は近藤サンに尋ねた。


「それが…………」


「どうした、近藤サン。おおかたアーネストの所にでも居るんじゃねぇのか?」


 近藤サンの険しい表情に戸惑う。



「行き先など……知りまへん。桜はんは、あの異人はんの所に行くと言うてはりましたが……異人はんの話によると、行ってさえないそうどすえ」



 雛菊の言葉に、全身の血の気が引くのを感じた。



「……すまん。まさか、行き先が分からなくなるとは思わなくてな……監察方に調べさせて居るのだが」



「……行き先が分からない、だと?」



「もしかしたら、医学所かもしれん。これは今調べさせている故……」



「近藤サン、アンタ何を言ってんだ? 医学所が何処にあると思っている……江戸だぞ!? 女の足で辿り着ける訳がねぇだろうが!」



「ならば……長州の医者の所だろうか」



「チッ……もう良い!! 俺ぁ出掛けてくる」



 近藤サンの態度に限界を感じた俺は、そう言い残し部屋を出た。



「てめぇら……ここで何をやっている!?」



 廊下には、幹部連中が揃いも揃って、聞き耳を立てて居やがった。



「事と次第によっちゃあねぇ……土方サンを斬ろうと思って居たんですよ」


「何だと!? 総司てめぇ!!」


「でも、その必要は無くなっちゃったみたいですねぇ。そんな事より……探すんでしょう? 桜チャンを」



 総司は生意気な奴だ。


 だが……俺の行動をよく分かってやがる。



「当たり前だ! 絶対に探し出せ!!」



「はいはい、土方サンは人使いが荒いんだから……」



 総司は気だるそうに言うと、幹部連中を連れて屯所を出ていった。



 何か手がかりは無いのか?



 そう思い、桜の部屋に行く。



 部屋の中央に綺麗に畳まれた着物の数々、そして簪や小物。


 それらを見た瞬間、俺は思わず息を飲んだ。



「こりゃあ……全部、俺が買ってやったモンじゃねぇか」



 ご丁寧にも、初めて出逢ったあの日……気紛れで買ってやった、あの簪もあった。



「これすらも……置いて行っちまったのか……よ」



 強情なアイツらしいと笑いながらも、目からは涙があふれていた。






 しかし


 捜索の甲斐は無く……結局、アイツは見付からなかった。



 幹部連中や監察方を使ってまで探したのに……アイツの手がかりすら、何一つ見付けられないまま……一日が終わってしまった。



 懸念していた遊郭も一軒一軒しらみ潰しに探したし、京中の医者のところも探した。



 それでも、桜は何処にも居なかった。




 翌日



 翌々日



 何も分からねぇまま日数だけが過ぎて行く……



 いつの間にか、桜の話は屯所内では禁句となり、アイツの事が話題に上がる事もなくなった。




 生きているのか、それとも……





 あれから数日後



 山崎のお蔭で、今回の件が君菊という女の狂言だった事が分かり、俺への疑いは晴れたというのに……



 俺の隣にアイツはもう居ない。



 くだらねぇ嘘で俺を手に入れようとした君菊が悪ぃのか?



 桜を不安にさせた俺が悪ぃのか?




 ……今となっちゃあ、もう分からねぇ。








 この出来事以降




 俺が笑うことは無くなった。



 組織の為だけに生きる。



 そんな生活に戻っただけだ。



 粛清に次ぐ粛清……



 それを何とも思わなくなった俺には、もう……人の心は残っちゃいねぇのだろうか。




 今の俺を見たら、お前は何て言うだろうな?




 桜への想いを心の底に仕舞い込み……




 今日もまた一人、切腹を申し付ける。




 鬼と呼びたきゃ呼べば良い……

















 

 

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