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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第21章 京桜看護塾
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二人の忠告


 あの日以来


 私たちは部屋を別れた。


 近藤サンは、何かあったのではと心配していたが、詳しく説明することで何とか納得してもらえた。





 それから数週間。


 日々の隊務の忙しさから、トシと一緒にゆっくりと過ごす事さえままならないでいる。


 その後もトシが夜な夜な出掛ける事が増え続け、そのまま翌日まで帰らない事も多くなっていた。


 それでも私は、トシを責め立てる事も疑う事もしなかった。



 私たちには絆がある。



 そう強く信じているからだ。





 そんなある日の事。


 今日からしばらくの間、トシは屯所を離れる……と原田サンから聞いた。


 仕事がある。


 私にはそう告げられただけで、そのほかは何も聞いてはいなかった。


 思えばこの数週間、トシとはまともに話もしていない……


 不安など無い……といえば嘘になるかもしれないが、仕事は仕事だ。


 それは仕方のない事。



 


「桜ちゃん! ちょっと良い?」


 非番だった私は総司サンに呼び止められる。


 教室の掃除をする手を止めると、総司サンに駆け寄った。


「総司サンも非番ですか? そんなに慌てて……どうしました?」


「良いから! ちょっと来て!!」


 総司サンは私の手を掴むと、屯所から出た。


「えっと……一体どこに行くんですか? 私、何も伺ってはいませんが」


「黙って僕に付いてきて!」


 険しい表情のまま総司サンは素っ気なく呟いた。


 私の手を掴む力が心なしか強まっているような気がした。





 私が連れて来られたのは、葵チャンの甘味屋だった。


 今日はお店は休みのようだが……


「葵! 居る? 桜チャンを連れてきた」


 その言葉に、奥から葵チャンが顔を出す。


「……桜はん」


 葵チャンの表情に、ただならぬものを感じた。


「少しゆっくり話せる所に行こうか」


 総司サンはそう言うと、私と葵チャンに付いてくるように促した。





「ここなら誰にも気兼ねしなくて良いよね。葵の家だと、弟たちが遊んでほしいとねだるからさ」


 明らかに高級そうな料亭の一室に通されると、総司サンは腰を下ろしながら言った。


「気兼ね……って、一体どうしたんですか? 葵チャンまでそんな顔をして。私、何が何だかわかりません!」


 私の言葉に、二人は顔を見合わせる。


「あのね……桜チャン……」


 総司サンは言いにくそうな表情をする。



「桜はん……ええどすか? お気を確かに聞きはりやす」



 言葉を詰まらせる総司サンを察してか、葵チャンが口を開いた。



「副長はんは……お止しやす!」



 葵チャンの意外な言葉に、私は困惑する。



「止めろって言われても……意味が分からないんだけど」


「そのままの意味どすえ。副長はんとは……別れた方がええ」



 どうしてそんな事を、いきなり言われなければならないのだろうか?


 何故、葵チャンはそんな事を言うのだろうか?


 考えても、私には訳が分からなかった。



「総司サンも……葵チャンと同じ意見なのですか?」



 私は総司サンに尋ねた。


 私とトシを別れさせる為に、総司サンはここに私を呼んだのだろうか?



「そうだよ。僕らはそれを言う為に君を連れ出した。土方サンはね、あの人は変わっちゃったんだよ……人の心はどうしても、うつろう物だからね」



 総司サンの言葉を理解しようと努力するが、頭の中を上手く整理できない。


 どうして、そんな事を言うの?


 その思いだけがただ、心の中でこだまする。



「その上で、よく聞いて欲しいんだ」


「な……にを?」



 総司サンは深い溜め息をつく。



「桜チャンは……屯所を離れた方が良い。医学所に行くもアーネストの所に行くも……例の、長州の医者の所に行くも、それは君の自由だよ」


「どうして……どうして、そんな事を言うのですか!? 屯所を離れろという事は……新選組にとって、皆にとって……私が不要になったという事……ですか?」



 トシと別れて新選組を出て行け。



 総司サンの残酷な言葉に、その真意など解る筈も無い私は、総司サンに怒りをぶつけた。



「そもそも、そこで長州が出てくるのは何故ですか? 確かに、晋作たちとは一時の交流はありました……ですが、長州は敵であると心に蓋をして……私はその交流を断ちました! 長州との交流を疑って言っているなら、それは筋違いです」


「桜……はん」



 泣きじゃくる私を葵チャンは支え、背中をさする。



「そういう事じゃ……ないんだよ!」



 突然、総司サンが声を荒げた。


「君が不要になるなんて……ある筈ない! 僕だって……左之サンやハジメ達だって、みんな桜チャンの事が大好きだよ? ……でも、こればっかりは、仕方が無いんだよ。君が傷つくと分かっていて、見過ごす事なんて出来やしない」


 総司サンは苦しそうな表情を浮かべる。


「……傷つく?」



 私を傷つけないように、屯所から出て行かせようとしている事は解った。


 しかし……


 その理由は、何?


 イマイチ理解ができない。



「私が傷つく理由……それは教えてはもらえないのですか?」



 どうしても納得がいかない私は、核心に迫る質問をぶつけた。



「今は……言えない」


「それでは納得がいきません! 理由も無しに、出て行けなど……理解ができません」


「…………ごめん」



 小さく謝る総司サンを、それ以上責める事はできなかった。




「ですが……塾はどうなりますか? 私が居なくなってしまえば、あの塾は……」


「それは……きっと大丈夫だよ。講師も揃っているし、塾生たちも慣れてきたよね? 葵も居るし、何より桜チャンがここまで作り上げたんだ! ……桜チャンの塾は、僕が必ず守ると約束する」


「……そうですか」



 結局のところ、何故私が屯所を離れなければならないのか?


 その真意は分からぬまま話は終わってしまった。



「僕も……土方サンを何とか説得してみせるから……頑張るから!」



 私が料亭を出ていく間際、総司サンはそう言っていた。





 料亭を出て屯所へと向かうその足取りは、ひどく重いものだった。



 トシを説得する……



 その意味がよく分からない。



 説得しなければならない事があるのだろうか?



 いくら尋ねても理由を教えてはくれなかった。



 総司サンから話があったという事は、他のみんなも知っている事なのだろうか?



 トシも……了解しての事、なのだろうか?



 新選組のみんなとは仲間以上……そう、家族の様な絆があると信じてきた。



 それは私の勘違いだったのだろうか?



 積み上げてきたものが一気に崩れ去る……そんな気分だった。







 その晩


 予想通り、私は近藤サンに呼ばれた。


 そこには、総司サンや原田サンたち……トシ以外の幹部、全員の姿があった。


 皆それぞれ、苦しそうな表情を浮かべている。


 表向きには、長期休暇。


 これが新選組の体裁を守る為……他の隊士に告げられる、私がここを離れる為の理由だった。


 私の身に何が起こっているのか?


 ……いまだに良く理解はできていない。


 ただ私が理解できたことは、新選組を出て行かなければならない。


 そんな辛い現実だけだ。


 ここでも結局、核心に迫るような理由は教えてはもらえなかった。


 食い下がっても無駄だと悟った私も、特に尋ねることはしなかった。


 近藤サンやみんなに簡単に挨拶すると、私は静かに部屋を離れた。





 その後


 私は一人、部屋にて荷物をまとめる。



 悔しさなのか、悲しさなのか……拭っても拭っても涙が止まることは無かった。



 明日からどう生きていこうか?



 そんな事を考える余裕もなかった。


 

 トシにまで捨てられてしまった。



 なんて……みじめな響きなのだろう。



 私たちは何処で違ってしまったのだろうか?



 あれほど幸せな毎日を過ごしていたのに…………



 本人が居ないこの状況では、何かを尋ねる事もできやしない。



 どうして私はトシに、もっと色々と聞かなかったのだろう?



 「お前はやっぱり……強ぇな」



 トシがそう呟いたとき、どうして私は否定しなかったんだろう?



「私…………そんなに強くない……よ」



 届く事のない言葉を、不意に口にした。





 翌朝



 みんなに見送られる中、私は屯所を後にした。



 最後にみんなに笑顔を向けると、その後は決して振り返らなかった。



 この場に、トシが居なくて良かった……



 そう心から思った。




 行く宛も無くただひたすらこの道を真っ直ぐ歩く。



 必要最低限の物しか入っていないのに、いつもより重く感じる荷物。



 トシから貰ったものは全て、屯所に置いてきた。




 これ以上




 自分がみじめになりたくはなかったから…………





 


 


 

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