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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第21章 京桜看護塾
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すれ違う心


 翌朝


 目を覚ますも、その隣にトシの姿はなかった。


 帰っていない事を不思議に思うも、きっと何か大変な仕事があったのだろうと自分に言い聞かせる。


 とりあえず身支度を整えると、朝餉を摂る為に広間へと向かった。


 広間に着くと、なんと表現したら良いか……とにかく異様な空気を感じた。


 何故だか、広間に居た幹部のみんなが気まずそうな表情を浮かべているのだ。


 もしかしたら、私の気のせいなのかもしれないが……



 尋ねたい気持ちを抑えた私は、黙って朝餉を頂くことにした。





「嬢ちゃん、ちょっと良いか?」


 朝餉を終えるなり、原田サンが私に話しかける。


「何ですか? 私、これから塾の支度を整えなければならないので……あまり時間がないのですが」


「良いから! ちょっとこっちに来い!!」


 普段とは違う雰囲気の原田サンに、私は思わず従った。


 私が連れてこられたのは、塾の教室だった。


「ここなら誰も来ねぇし良いだろう」


 原田サンはそう呟くと、私の目の前に腰を下ろした。


「まぁ、座れよ」


 その言葉に、私も腰を下ろす。


「昨日……さ、嬢ちゃんはアーネストの所に行ってたんだろ?」


「そうですよ? それがどうかしました?」


「そうだよなぁ。いや……それは別に良いんだよ。隊士から外出の報告も受けたしな」


「……そうですか」


 明らかに様子がおかしい原田サンに、私は不自然さを覚えた。


 何か言いたいけれど、言いにくい……そんな態度だ。


 こちらから尋ねたかったが、原田サンが話し出すのを黙って待つことにした。


「あのな、嬢ちゃん。分かってるだろうが……今朝、土方サンが帰って来なかっただろう?」


「そうですね。けど、何かの仕事で立て込んでいるんじゃないんですか?」


「仕事……だと良いんだがな」


「どういう意味ですか?」


 私が不思議そうな顔をしていると、原田サンはますます困ったような表情になる。


「落ち着いて聞けよ。昨日、嬢ちゃんがアーネストの家に行った後なんだがな……」


 原田サンは昨日の出来事を一つ一つ説明してくれた。




 昨日の夕餉前、トシは「仕事がある」とだけ言い残し屯所を出て行ったそうだ。


 そんな中、巡察中の平助クンがたまたまトシを見かけた。


 これだけ聞くならば、あっても何らおかしくはない様な話だ。


 別段、気になる点は無い。


 しかし、平助クンがトシを見かけた場所が良くなかった。



 北野の通りの上七軒。



 それは、有名な歓楽街の一つだ。


 そして……その夜、トシは帰っては来なかった。


 そんな話が、原田サンらに伝わり……今朝のあの異様な雰囲気となって表れていたようだ。




「嬢ちゃん……大丈夫か?」


 原田サンは心配そうに尋ねる。


「何がですか? トシが仕事と言ったのなら、仕事なのでしょう?」


 私は気丈に答える。


「だがなぁ……」


「原田サン、こういう事は前にもありましたよね? 島原に間者を忍ばせていた話。今回もきっとその類ですよ」


 原田サンの言葉を遮るように、私は言った。




 上七軒に居たから何?


 まだ帰って来ないからって何?


 トシが仕事と言うなら、そうに決まってる。


 こんな事は前にもあったじゃない。


 今回はきっと、仕事が立て込んでいるだけ。



 トシが……私を裏切る筈は無い!!



 私は、そう強く信じていた。




「とにかく! 変な勘繰りはやめて下さいね。みんなも、ですよ。さぁ、この話はこれでオシマイ! そろそろ支度があるので、私は行きますよ?」


「…………嬢ちゃん」


 原田サンはまだ何か言いたそうだったが、私は原田サンを一人残し、教室を出て医務室へと向かった。


 永倉サンや原田サンは噂好きだから、きっとそういう話をしてくるのだろう。



 馬鹿馬鹿しい。



 トシを信じきっている私は、先程の話など全く気にはならなかった。


 その後も、いつもの様に塾を開き、慌ただしく一日の隊務を終える。


 ウィリアムさんを迎えに来たアーネストさんからディナーの誘いを受けたが、今日はすべき事があった為、お断りした。


 この日は、葛西サンという男性の塾生と君菊サンの二名が講義に現れなかったので、今夜中に今日の講義内容を紙に写し、明日二人が訪れた際に渡そうと思っていた。


 その作業があるから……というのが、誘いを断った理由だ。






 私たちの夕餉が済んだ頃、トシがようやく屯所に帰って来た。


 すぐに夕餉の支度すると私は言ったが、トシは「外で済ませてきたから要らない」とだけ答えた。


 その後、私はすぐに講義内容を書き写す作業に専念する。


 一通り終わる頃には、既に深夜になっていた。




「やっと終わったのか?」


 片づけを始める私に、トシは話しかける。


「お前……何も聞かねぇんだな」


 トシは呟くように言った


「何もって……何のこと?」


「昨夜の事さ。夕餉過ぎまで戻らなかったのに、お前は何も聞かねえからな」


「だって、仕事だったんでしょう? それに、トシだって疲れているだろうし……」


「……そうか」


 トシは苦笑いを浮かべた。


「それよりね。私、部屋を変えたいの」


「突然どうしたんだ?」


「こうやって遅くまで起きていることが多いでしょう? だから、トシが眠れなくて困るかなぁって」


 私は以前から思っていたことを口にした。


「別に困りゃしねえが……まぁ、お前がそう言うならそれでも良い」


「そっか……じゃあ、そうする……ね」



 てっきり以前の様に、部屋替えなんか不要だなどと言われると思っていた私は、トシのその意外な答えに驚いた。


 やっぱり、遅くまで灯りが灯っていると眠れないのだろう。


 今まで悪いことをしてしまったと、少し反省した。




「お前はやっぱり……強ぇな」



 トシはそう一言呟くと、布団に潜り込んだ。



「別にそんな事は無いよ」



 と否定しようとしたが、何故だか言葉にならなかった。



 トシは一体、何が言いたいのだろうか?



 その意図が全く解らない。



 こうして……微妙な雰囲気のまま、私は眠りについた。










 


 


 



 


 


 

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