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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第21章 京桜看護塾
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ウィリアム邸


 ウィリアムさんの家に着く。


 私は、ウィリアムさんに促されるままに中に入ると、アーネストさんが駆け寄り笑顔で出迎えてくれた。




「サクラ! どうしたのですか? 貴女から訪ねてきてくれるとは、嬉しいですね」


「アーネスト、今戻ったよ。今日はね、サクラさんと話したい事があったからね。来てもらったんだ」


「そうですか……ウィリアム、今ちょうどディナーの支度が整いました。話はその後にしてはどうですか?」


「勿論そのつもりだよ。私は着替えてくるからね。サクラさんを頼んだよ」


 ィリアムさんはそう言うと、自室へと向かった。


「サクラ、こちらへどうぞ」


 アーネストさんは、私を食卓へと案内する。


 その後、テーブルに次々に食事を運ぶと、ウィリアムさんが席につくのを待った。





「待たせたね。さて、食事にしようか」


 ウィリアムさんが席に着くと、二人は何やら祈りを捧げる。


 以前、アメリカにホームステイした際に、ホストファミリーが食事の前に同様の事をしていたなぁと、ふと思い出した。


 イギリスの人も、同じなのかな……


「さて、頂こうか?」


 お祈りが終わると、ウィリアムさんは食事に手をつける。


「あ、頂きます!」


 私もそう言うと、食事を口に運んだ。


「サクラは西洋の食事にも慣れている様ですね?」


 アーネストさんは、私の様子を見て言った。


「そう……ですか?」


「ナイフやフォークを綺麗に使える日本人女性は初めて見ましたよ。男性もあまり上手とは言えませんね。そもそも、侍たちには品がない」



 その言葉に、私は決意を固める。


 後で話すなら、今話してしまっても同じ事だ。


 私は食器をテーブルに置き、小さく深呼吸した。



「ウィリアムさん、アーネストさん。驚かないで聞いて欲しいんです。きっと、信じられない様な事で戸惑うかもしれませんが……」


 私は、二人を交互に見た。


「話してごらんなさい」


 ウィリアムさんの一言に、私は順を追って説明した。


「ウィリアムさんは、私が貸した医学書を見て不思議に思っていましたよね? お二人が仮説した事は、きっと……当たっています」


「そう……か。そうすると、貴女はこの世の人間ではないと?」


「はい。この時代の人間ではありません。およそ150年先の未来、それが私の本来居るべき世界です」



 ウィリアムさんもアーネストさんも、さほど驚いては居ない様だった。


 どちらかというと、想定内……といった表情をしている。



「一冊だけ……ウィリアムさんにお貸ししなかった医学書があるんです。このページを見て頂けますか?」


 私は、ウィリアムさんに看護概論の教科書を手渡した。


「ウィリアムさん……貴方の名前が載っています。この先に起こる戦で、ウィリアムさんは医者の補助をする女性。つまり、看護師を使ったと記されて居ます」


「本当だ! ウィリアムの名が載っていますね。ウィリアムは日本で活躍したのですね」


 アーネストさんは、教科書からウィリアムさんの名前を見付けると、嬉しそうな表情を浮かべた。


「サクラ……。これは、私達の予想通りの話だったね。とはいえ、話を聞くまでは、流石に確信はできなかったが……医学書を借りてから何となくそう感じていたのだよ」


 ウィリアムさんは優しく笑った。


「看護婦を使ういう遣り方はね、私が兼ねてから考えていた事だったんだ。だから、ね……看護婦を養成する塾を開く娘が居ると聞いた時、私は嬉しかった」


「……嬉しかった?」


「そうだよ。この国では、私のような異人はね……活動も制限されてしまうからね。塾を開くなど中々手間がかかるし、トクガワに承認されるのはずっと先になってしまうんだ。だから、私はサクラの塾に全力を尽くしたい」


「ありがとう……ございます」


 教科書の中の偉人の有り難い言葉に、私は思わず涙を流した。


「ほら、ほら! 折角のディナーが冷めてしまいますよ? 続きは食後のティータイムでしましょう」


 アーネストさんは私の涙を優しく拭い、背中を擦った。







 夕食後


 ソファーに移動すると、アーネストさんが紅茶を淹れてくれた。


「今日の紅茶は何だか分かりますか?」


 アーネストさんは、楽しそうに尋ねる。


「えっと……アールグレイ! それに……メープル、かなぁ?」


 香りを確認し一口含むと、私はそう答えた。


「素晴らしい! サクラは紅茶が余程お好きなのですね。分かる人に淹れるのは楽しいです! ウィリアムは英国人なのに、紅茶に鈍感過ぎてつまらないです」


 アーネストさんは、深い溜め息をつく。


「そんな事はないよ、アーネスト。私は君の淹れる紅茶ならば何でも美味しいと言っただけだよ」


「それはどうも!」


 二人のやり取りに、つい顔がほころぶ。





「そういえば……。サクラ、先程の話に戻しても良いですか?」


 アーネストさんは笑顔で尋ねる。


「はい。何か気になる事でも?」


「サクラが住む世界が気になります!」


「私の住む世界……ですか。そうですねぇ、今の日本の様に争いは無く、比較的平和ですかねぇ。それに、海外へも気軽に行けますよ!」


「海外……ですか。サクラは何処に行きましたか?」


「えっと。アメリカに数回と、韓国や中国……それに……」


 私は行ったことのある国を羅列する。


「英国は無いのですか?」


「そうなんです……イギリスはまだ無くて」


「そうですか。英国は素敵な国です! いつか、貴女をお連れしたいですね」


 アーネストさんは笑顔を浮かべた。





「次は私の番だ。良いかい? アーネスト」


「どうぞ、ウィリアム」


 ウィリアムさんはタイミングを見計らい、口を開いた。


「私が聞きたいのは医学についてだ」


「医学ですか?」


「サクラさんがどのような教育を受けたのか。まずは、それを伺おう」



 私が受けた教育……上手く説明出来るよう、少しの間だけ考える。



「まず、私が目指して居たのは医者では無いという事。ウィリアムさんの言う看護婦になりたかったという事を踏まえて聞いて下さい」


「医者では無いのに、あれ程の医学を学ぶのかい?」


「私の時代では、医者は更に膨大な知識を詰め込みますからね……それに比べれば、私が学んだ事はほんの表面的な事でしか無いのです」


 私の言葉に、ウィリアムさんは苦笑いを浮かべる。


「私は看護師になるための学校……つまり、看護婦の養成塾のような物に通っていました。そこでは三年間かけて医学や看護について学び、卒業時には国が定める試験を受けるのです。それに合格して初めて私達は、医師の指示のもとでの医療行為ができます」


「そうか……この日本では誰でも医者になれるようだが……サクラの住む世界では、そこまで変わっているんだね。医者はどうなんだい?」


「医者ですか……私も詳しくは分からないのですが、研修医というのもあるので、一人前の医者になるまで……私たち看護師の倍の年月は軽く越えてしまうと思いますよ」


「そうか……それは大変だな。最も、それだけ先の世ともあれば、医学も画期的な進歩を遂げているのだろうね」


 ウィリアムさんは興味深そうに言った。


「はい。この時代において死病と恐れられている病はたいてい、薬が開発されていて治せる様にはなっています。しかし……新たな病や、既存の薬剤に耐性を持つもの等が現れているのも事実で、私の時代でも勿論、不治の病は存在します」


「それは仕方の無い事なのだろうな。医学が進歩しているのと同様に、目には見えない敵も進化していくのだろうね」


「そう……ですね」


 私は小さく頷いた。


「ともなれば、サクラの医学書は信用できる代物……という事、か。本国や日本に居る医者、あるいは研究者たちに、その理論や学説を伝えても良いだろうか?」


「勿論です! 私には薬を作る事はおろか、科学的な事は分かりませんから。これが新薬や医療の発展の糸口となるなら……本望です」



 私はハッキリと言った。



「この時代の皆さんに、未来の知識を与える事は禁忌かもしれない……でも、それで少しでも多くの人が救えるなら、私は構わないと思っています!」



「貴女は欲の無い人だね……」



 ウィリアムさんは笑った。


「これだけの医学書があれば、いくらでも富や名声を生み出すことができるだろうに……」


「そんなものは望んではいません。私は、そもそも異なる時代の人間ですから」


「そう…………ますます気に入ったよ! 私も共に、医学の発展に尽力すると誓おう!」


「ありがとうございます」




 医学所に続き、英国の医師の協力も得る事が出来た。



 少しでも多くの病が、治せる病になるように……



 死に怯えている人達が、明日からは笑って生きられるように……




 その為だけに、私は禁忌を犯す。




 しかし……歴史を変えているのにも関わらず、今のところ、さしたる弊害は無い。




 きっと、これが私の使命だったのだ……




 そう思わずには居られなかった。









「さて、そろそろ夜も更けてきました。屯所まで送りましょう」


 アーネストさんは、私に手を差し出す。


「でも……アーネストさんは刀を持たないですよね? いくら、男性とはいえ丸腰では危険です」


「丸腰ではありませんよ」


 そう言うと、アーネストさんは懐からピストルを見せた。


「これまで……日本では使った事はありませんが、貴女を守るためでしたら喜んで引き金を引きましょう。さぁ、ご納得頂けたなら行きますよ?」


「はい」







 屯所に戻ると門の前で会釈をし、アーネストさんと別れた。


 遅くなってしまったのでトシに怒られるだろうと覚悟し、そうっと部屋の襖を開ける。



「あ……れ?」



 部屋を見渡すも、そこにはトシの姿はなかった。



 巡察?



 いやいや、今の組織体制となってからは巡察など有り得ない。



 何か緊急事態?



 それなら、屯所内がもう少しバタバタしていそうだが……



 何処かに……出掛けた?



 うん、この答えが一番しっくりくる。



 何処に行ったのか気にはなったが、どうせ仕事だろうと思い、先に眠りについた。



 その晩



 トシが屯所に戻ってくる事は無かった。




 それを私が知るのは、翌朝になってからのお話……







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