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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第21章 京桜看護塾
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レディファースト


 屯所を出た私たちは、まずは所用があると言っていたウィリアムさんと別れた。


 その後、アーネストさんを何処に案内しようか考える。





「アーネストは何処に行きたいんだ?」


 原田サンはおもむろに尋ねた。


「そうですねぇ……京のゲイシャガールが見たいです!!」


 アーネストさんは目を輝かせる。


「芸者……がある?」


 原田サンは首をかしげた。


「ガールは、女の子……えっと、娘さんの事ですよ。きっと、芸者サンや芸妓サンを見たいってことではないですか?」


 私は横から口を挟んだ。


「芸者……ねぇ。見せてやりてぇが、それはちと厳しいな」


「どうしてですか? 皆さんはそれぞれ馴染みの見世があるでしょう?」


「そりゃあそうだが……さすがに外国人は連れては行けねぇよ」


 原田サンは申し訳なさそうに言った。


「そうですか……それは仕方がありませんね」


 アーネストさんの寂しそうな表情に、胸が痛んだ。



「あの……私じゃ駄目ですか? とはいえ、舞も三味線もできませんが……」



「嬢ちゃん! 何言ってんだよ。いくらなんでもそれは……」


「よく言いますよ! 原田サン達は……いつぞやの時は、私を騙して芸妓に仕立てあげましたよね? アーネストサン達は折角、日本にいらしたんです。それに私の塾の手伝いも引き受けて下さりました。そのお礼ですよ」


「嬢ちゃんがそう言うなら……仕方ねぇか。新ぱっつぁん! すまねぇが小常あたりに言って着物を一式、借りられねぇか?」


 原田サンは頭をかきながら、永倉サンに尋ねた。


「良しきた! 今聞いてきてやっから、待っててくれ!!」


 永倉サンは気持ちの良い笑顔で答えると、その場を足早に去っていった。




「さて、着物の手配は良いが……何処でやるかが問題だな。屯所じゃ、さすがに無理だしなぁ」




 原田サンは頭を悩ませる。



「私の家……は如何ですか? 徳川から与えられたものですので、屋敷の様に広くはありませんが……このすぐ傍です」



 アーネストさんは永倉サンが向かった、島原の方角を指さして言った。


「そうか、それなら丁度良いな」


 私たちは、永倉サンの戻りを待ってから、アーネストさんの家へと向かうこととなった。




「待たせたな! 用意できたぜ。さて、何処に行くか?」



 着物を手配してくれた永倉サンが合流した後、着付けと髪結いにと原田サンの奥さんを途中で呼びに行き、アーネストさんの家へと向かった。





「ここが私の家です」


 アーネストさんに連れられて来た家は、こじんまりとした質素な佇まいだった。


「サクラ、お手をどうぞ」


 差し出された手を、私は反射的にとる。


 アーネストさんは玄関の扉を開けると、私に先に入るよう促した。


「さすがはイギリスの方……ですね。レディファーストなんて私、初めてです」


「サクラは博識ですね。レディファーストを知る女性が日本に居るとは思いませんでした」


 まるでお伽噺に出てくる王子様のように、スマートに振る舞うアーネストさんに、思わず見とれてしまう。


「れでえ……ふあうすと? 何だそりゃ。英吉利の食い物か?」


 平助クンが首をかしげる。


「それについては、中でゆっくりお話しましょう。女性をこんなところに立たせたままにするのは、私たちの意に反しますからね」


 アーネストさんはにこやかに微笑むと、中へと案内した。






 室内に入った私たちは、揃いも揃って言葉を失った。



 外観は京の街並み通り古風なものだったが、内装は全く異なるものだったからだ。


 久しぶりに見るテーブルや椅子。


 カーペットやソファ。


 浮世絵ではない、油絵の具で描かれた数々の絵画。



 私にとっては馴染み深い物ばかりだが、新選組の皆からしたら初めて見るものばかりだろう。



「サクラ、こちらへどうぞ」



 アーネストさんは、私の為に椅子を引く。


「あ……ありがとうございます」


「そんなに緊張しないで下さい。今、ティーセットを用意しますからね。皆さんも座ってお待ち下さい」


 そう告げると、アーネストさんは部屋を後にした。


「なぁ、さっきの……れでぇ何とかって何だ?」


 平助クンが尋ねる。


「レディファースト……ですか?」


「そうだ、それだ!」


 アーネストさんが戻る間、私は簡単に説明する事にした。


「レディファーストというのは、女性を尊重して優先するという欧米の習慣ですよ。それにしても、イギリス人は本当に紳士的なんですねぇ」


「ふぅん。国が違やぁ文化も違ぇんだな。日の本じゃあ、女は三歩下がってなんぼだろ? アーネストは常に桜を先に先にってしてたからな……あれには驚いたな」


 平助クンは腕を組ながら、しみじみと言った。


「うちも、あんな風に扱われてみたいわぁ」


 マサさんは、先程の私とアーネストさんを思い出すかのように、うっとりとした表情を浮かべる。


「なっ!? ま、まぁ。お前がそう言うのなら……俺は今から英吉利の紳士とやらになってやるがな」


「ほんまに? うち、嬉しいわぁ」


 二人の幸せなそうな雰囲気に、自然と笑みがこぼれた。






「お待たせ致しました」


 映画やアニメで見るようなイギリス風のティータイム。


 マカロンやスコーンなどの様々なお茶菓子と、紅茶。


 本格的なティーセットに、なんだか嬉しくなる。



「サクラの口に合うと良いのですが」



 そう言うと、アーネストさんは紅茶を入れ始める。


 真っ白なティーカップを彩る華やかな紅い色と、甘酸っぱい香。


「頂きます……」


「どうぞ?」


 他の皆にも行き渡った事を確認し、カップにそっと口をつけた。



「これ……桜だ! それと、ローズヒップかな?」



「良く分かりましたね? その通りですよ。ローズヒップティーをベースに、桜の香り付けをしました。気付いて頂けたなら嬉しいです」



 アーネストさんは満足そうな表情を浮かべると、私の隣に座った。



「なぁ……アーネスト。れでぇふぁうすとのやり方を教えちゃくんねぇか?」



 原田サンは真剣な表情で、アーネストさんに頼んだ。


「レディファースト……ですか? 元々は騎士道に由来するもので、この振る舞い方は私達に身に付いた癖のような物です」


「騎士……道?」


「騎士とは……そうですねぇ、この国の侍のようなものでしょうか? 主君に仕え、お守りする。それが騎士です。そういった中で生まれたのがレディファーストだそうです」


「なんだか難しそうだなぁ。で、つまりどう振る舞やぁ良いんだ?」


「そうですねぇ……」


 アーネストさんは考え込む。


「あの! アーネストさんが原田サンに作法を教えている間に、私……着替えてきます」


「お! そうだったな。マサ、着付けと支度を頼む」


 私の言葉に、原田サンはマサさんに声を掛けた。


「サクラ、着物を貸してください。部屋に案内します」


 アーネストさんは、私の手から着物をふわりと取り上げると空いている方の手でドアを開けた。


「ありがとう……ございます」


 なんだか気恥ずかしい気もするが、嬉しさの方が勝り自然と笑みがこぼれる。


「こ……これが英吉利紳士か! よし! 今日は皆で、れでぃふぁうすとを身に付けるぞ?」


 原田サンは私の姿を見て言った。


「左之サン一人でやりゃあ良いじゃんか」


 平助クンは苦笑いする。


「なぁに言ってんだ! これを身につけりゃ、島原でも受けること間違い無しだぞ? 平助は俺と違って相手がいねぇんだ。それに、嬢ちゃんのさっきの顔見ただろう? あんなに嬉しそうな面ぁしちまってなぁ。土方サンが見たら何て言うか……」


「左之サンはいつも一言余計なんだよ!」


 原田サンの言葉に、平助クンは頬を膨らませた。








「お待たせしました」


 マサさんに着付けてもらった私は、先程の部屋に戻る。


「ゲイシャガール! 本当に素敵ですよ、サクラ」


 アーネストさんの喜びように、自然と笑顔になる。


 しかし


 辺りを見渡すと、何だか違和感を覚えた。


 何故か?


 それは原田サンたちが、そわそわしているように感じたからだ。


「あの……どうしました? 何だか落ち着かない様子ですが」


「彼らはね、サクラが着替えている間、私の講習を受けたのです」


「講……習?」


 私はくびをかしげる。


「皆さん、先程私が教えた事を覚えていますか?」


 アーネストさんの言葉に、席を立ったのは平助クンだった。


「真っ先に行くとは……さっすが、魁先生! お手本を見せてくれぃ」


「あー、もう! 左之サンは茶化すなって!!」


 平助クンは私の前まで来ると、ひざまずき手を差し出す。


 何が何だかよく分からなかったが、私は反射的に手を重ねた。


「う…………うる、う」


「……うる?」


 平助クンは何を言いたいのだろうか?


「ヘースケ! そこはスマートにいきましょう」


「そーだぞ、平助! そんなんじゃあ立派な紳士にはなれねぇぞ?」


「アーネストも新ぱっつぁんもうるせぇなぁ! あーっ!! やっぱ俺には無理だ!! これ以上やったら土方サンに合わす顔がねぇ」


 頬を真っ赤に染め上げた平助クンは、手を引っ込めると、そそくさと席に戻って行った。


 残された私は、ただただ呆然と立ち尽くす。


「今度はハジメがやれよ」


「ん? 俺……か? 俺は良い」


 平助クンが斎藤サンを肘でつつく。


「そうだな……ハジメなら格好がつきそうだな」


「左之サン……よしてくださいよ。俺はそんなガラじゃありませんよ」


「すました顔してんなって! 良し、次はハジメが行け!」


 原田サンと永倉サンにどやされた斎藤サンは、溜め息を一つつくと、席を立った。


「…………一度しかやりませんからね」


 斎藤サンは表情を変えることなく私の前へ来ると、平助クンが先程した様にひざまずく。


「麗しの姫君……さぁ、お手をどうぞ」


 真顔で有り得ない台詞を吐く斎藤サンに、私は戸惑いながらも手を差し出した。


「こちらへどうぞ」


 斎藤サンは椅子をひくと、私に座るように促した。



「素晴らしい! ハジメは英国でも十分やっていけますね」



 アーネストさんは満面の笑みで斎藤サンを褒めた。






 その後



 アーネストさんからイギリス料理やワインなどを振る舞われ、上機嫌な原田サンらと共に楽しい時間を過ごした。



 私達が屯所に戻る頃には日はすっかり沈みきり、大きな月が帰り路を照らしていた。



「いやぁ、今日は本当に楽しかったなぁ!」



 原田サンは頭の後ろで手を組む。



「あの紅い酒も美味かったしなぁ。英吉利の人間も、案外悪い奴ばかりじゃねぇのかもな」



 永倉サンは呟くように言った。



「それにしても、あの料理……また食わせてくれねぇかなぁ?」



 散々食べたと言うのに、平助クンはまだ食事の事を思い浮かべている様だ。



「こういう酒宴も……悪くはないですね」



 斎藤サンは小さく笑う。







 屯所まで戻って来た時、門の前の人影に気付く。



「あっ…………トシ!?」



「げっ!? 土方サン!!」



 私と原田サンは同時に声を上げた。



「左之助ぇ…………お前、隊務を放っぽって何してやがったんだ!?」



 トシの表情から、その怒りは尋常でないと悟る。



「いやぁ……嬢ちゃんの護衛……ってな」



「ほう? ……新八や斉藤も居るのに、か?」



「土方サンの大事な嬢ちゃんだ……ほら、やっぱり護衛は人数が多いほうが良い……かなぁってさ。えっと、わ……悪かった、この通りだ。すまねぇ!!」



「…………左之助ぇ」



「は、はい!?」



「次はねぇからな? 分かったらさっさと帰ぇれ!!」



 トシはそう言うと、私の手を引き屯所に入って行った。



「まったく……お前も、アイツらと一緒ンなって遅くまで遊んでんじゃねぇよ。どこか行くならちゃんと言ってから出掛けろ! 心配…………すんだろうが」



「もしかして……ずっと、門の前で待っていたの?」



「…………さぁな」




 こうして各々の夜は明けていく。



 明日から始まる新生活への、期待と不安を胸に抱きながら……













 








 

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