英国紳士
「どうだ! 中々、良い出来だろう?」
原田サンと永倉サンは満足そうな表情を浮かべて言った。
「左之さん……ちょっとズレてる」
「確かに……些か右上がりになっていますね」
平助クンと斉藤サンは、位置がずれていることを指摘した。
「そうか? 新ぱっつぁん、ちっとずらすからもう一度押さえていてくれ!」
「おうよ! 任せとけ!!」
私たちが何をしているのかって?
そう
明日から始まる学校の看板を掲げていたのだ。
『京桜看護塾』
医務方の隊士は、今日から2年間この塾で医術を学び、晴れて一人前の隊士となる……という方式を採用した。
今から2年間であれば、鳥羽伏見の戦に間に合うからだ。
更に運が良かったと思うのは、近藤サンが容保様に報告を上げたところ、容保様から非常に興味を示して頂けたという点。
今回、容保様は幕府に懸けあい数名の医者を講師として手配して下さっただけでなく、この京桜看護塾という名前も容保様自身がご高察下さり、賜った。
名前の由来は、京の街という事で『京』、そして恐れ多くもそれに私の名前である『桜』を使い、『京桜』と命名されたそうだ。
講師の医者は医学所出身の者で、蘭学や東洋医学・漢方等にそれぞれ精通している優秀な方々……それと、何故か外国人が1名いるとの事だった。
外国人医師が屯所内をうろつくという事には、さすがの近藤サンも難色を示していたのだが……幕府や容保様が絡んでいたので、半ば仕方なく受け入れるというのが実際のところだろう。
ところで……容保様が講師集めに幕府に懸けあうなど、何故、一介の小さな私塾の為にそこまでしてくれたのか?
その理由は
この塾を試験的に運営することで相応の成果がある様ならば、同様の塾を会津藩にも設立したいという意向があったから……だそうだ。
そんな話を聞いた瞬間、ある名前が思い浮かぶ。
新島八重
日本のナイチンゲールと評される女性……とはいえ彼女が 看護師として活躍するのは今からもっと先の話なのだが。
もしも願いが叶うのならば……実際に会ってみたいとも思った。
昼餉後
明日より講師として赴任する医者たちと対面する事となっていた。
医学所より来た医者たちは偶然にも、以前私が医学所にお世話になった際にも居た方たちで、面談という程に堅苦しいものではなく、そのほとんどが雑談だったように感じた。
彼らが屯所を出て行くのと入れ違いに、二人の男性が屯所の門をくぐる。
この時代に飛ばされてから初めて見る、金色の髪をした人間に、私は思わず目を奪われた。
「あ……あの……グ、good afternoon!」
落ち着いて高校までで習った英語を使えば良いというのに……突然現れた外国人に、反射的に慌てる。
「marvellous! しかし、私たちはこの国の言葉が話せます。驚かせてしまい、すみませんね。お嬢さん」
素晴らしいと英語で褒めた次の瞬間、男性は流暢な日本語を話し始めた。
「日本語がお上手なのですね。私には英語力がほとんど無いので、少し安心しました」
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。私はアーネスト・サトウと申します。こちらはウィリアム・ウィリスです。私はウィリアムと同居しつつ、通訳官をしています。ウィリアムは医者です。公使館で医官も務めています。ですから、その流れで徳川からここに来るよう言われたのです」
幕府を徳川と言ってしまうところが海外の人らしいな、などとぼんやり考える。
「えっと、私は桜と申します。今回は協力して下さり、ありがとうございます」
「cherryblossom! 桜の花とは……可愛らしい貴女に良く似合う名前だ」
ウィリアムさんは私の手を取ると膝まずき、甲にそっと口付ける。
それが英国式の挨拶だと頭では理解していても、何だか気恥ずかしかった。
「私たちは昨日、京に来たばかりです。もし宜しければ……私に京を案内して頂きたいのです。とはいえ、ウィリアムは所用のため同行できませんが……」
アーネストさんはそう言うと、私の反応を伺う。
「そうですね……でしたら、外出の許可を頂いて来てもよろしいですか?」
「わかりました。お待ちしております」
その言葉の後、二人に背を向けると同時に私は声を掛けられた。
「おう、嬢ちゃん! 何やってんだ?」
そこには原田サンと永倉サン、それに斉藤サンと平助クンのいつもの4人の姿があった。
「えっとですね……こちらは明日より講師としてお手伝い頂く、医師のウィリアムさんと通訳官のアーネストさんです。お二人は京に着いたばかりだそうで、アーネストさんに京をご案内しようかと……」
私が言い切らない内に、原田サンはアーネストさんに近付く。
「こりゃぁ随分と綺麗な顔した外人サンだなぁ? アンタ、男か?」
「フフ……私はれっきとした男、ですよ。私はアーネスト・サトウと申します」
「サトウ? アンタは日の本の生まれなのか?」
「この国の人間はたいていそう言いますが……私は英国の者。日本は好きですが、私の出自は日本人とは関わりはありません」
「そっか。俺は原田左之助! 左之って呼んでくれ」
「サノ……ですか。よろしくお願いします」
原田サンとアーネストさんは握手する。
「そこに居るのが、新ぱっつぁんとハジメに平助だ」
「ヘースケにハジメ……シンパッツァン?」
「そうそう、中々上手いじゃねぇの! よし、俺らも一緒に京を案内してやるよ」
原田サンは豪快に笑った。
「隊務は宜しいのですか?」
「あのなぁ、嬢ちゃん。こうした接待も隊務の内ってな!!」
私の問いかけに、原田サンはそう答えた。
「俺達は非番だから良いけどさぁ……左之サンは思いっきし隊務中だろ? 後で土方サンに怒られっと思うけど」
「じゃあ、俺は嬢ちゃんの護衛の隊務につくってぇ事で!! それなら土方サンにも、どやされねぇだろう。それに……な、十番組の可愛い部下たちは俺が居なくても、きっと隊務を遂行してくれるさ」
呆れ顔の平助クンをよそに、原田サンは笑いながら言う。
「じゃあ、早速行くとすっか!!」
なかば原田サンに押しきられる形で、私たちは屯所を後にした。




